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第五章 葉月(八月)
110.八月二十四日 午前 神蛇小祠
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目の前に現れたそれは、八早月だけでなく綾乃にも零愛にも見えている。見えていないのは美晴だけだ。つまりこのままではまた秘密ごとを増やすことになる。
「またこの展開なのね……
ねえ藻さん、美晴さんが見聞きできるよう一次的に力を与られますか?
このままではまた仲間外れにしてしまいそうで申し訳ないですからね」
『かしこまりました、完全には見えないでしょうが雰囲気はわかるでしょう。
それでも言葉はしっかり聞こえるかと存じます』
「ありがとう、ではよろしくお願いしますね。
美晴さん、何が何だかわからないと思いますが、混乱しないで下さいね。
今すぐ見えるようにして差し上げますから」
そう言っているうちに藻が神通力を用いて美晴へ力を授けたらしく、棒立ちのまま目を見開いていた。どうやら副作用で体の自由があまり聞かない様子である。
「な、なにが起こってるの? アタシ今動けないんだけど?
八早月ちゃんがなにかしたの? アレ何!? 蛇が乗ってるの?」
「美晴さん、落ち着いて、秘密を増やさないようにしたのだけど怖いかしら。
驚かせてしまったならごめんなさい、でも害はないから安心してね」
体の自由と引き換えに見聞きする力を授かった美晴は当然戸惑っているが、八早月の掛けた言葉で多少は気持ちが軽くなったようだ。だが次は一次的に与えられた藻の力によって見えている、祠の上に乗った白い蛇に驚く番がやって来ていた。
「こら娘御よ、驚きすぎじゃ。
本来であればおんしのような下賤にわらわの姿なぞ見せぬのじゃ」
「だったらなんで私たちを呼ぶような真似をしたのですか?
ええと、水竜様でよろしいのかしら? それとも白蛇様とか?」
「はい、われらは古くは白蛇と呼ばれる一対の夫婦蛇でございました。
ですがこの辺りでは船の事故が多くそれを鎮める願いが絶えなかったのです。
人々は祠を立て手近にいた我々を水竜の遣いだと言って崇めましたが効果なし、それはそうでしょう、我々はただ白いだけの蛇だったのですから」
「ま、そりゃ当たり前だよね、でも今は神様なんでしょ?
ここまでの話じゃさっぱりそんな気配はないけどさ」
「む、生意気な小娘じゃ、いいからそのカラスをしっかり見張るのじゃ!
ええ、話の続きでございますが、しびれを切らした民たちは贄とするために旦那様を捕らえてしまったのですじゃ」
「そんなのあんまりだよ、なんて身勝手な……
もしかしてそれで祟ったから祀られたとか?」
綾乃の言うことはもっともだろう。恐らくは千年やそこら経過している出来事であろうから、最初の祠と今残っている者が同じであるはずもない。勝手に願って勝手に落胆するのも、そのあと逆恨みするのも人が良く行う手口である。
そう考えたのは八早月だけではなく、零愛も似たような思考に陥っていた。特に彼女は巫家系であると同時に漁師の家系でもある。大昔の出来事とは言え、漁師たちが海の平穏を願うあまり身勝手な殺害を行ったのだとしたら申し訳ないと感じたからだ。
「いえね、祟ってはおりませぬが、その行為に本物の水竜様がお怒りになり……
幾人かの民と共に我が旦那さまも喰ってしまわれたのじゃ。
さらには怒りにまかせて嵐を起こし、周囲の船も沈めてしまいましたのじゃ。
最後にはこの山をも喰らい、今ではこんな小さな小島になってしまったのじゃ」
「と言うことは元はこの小島は山だったということか。
そんな伝承初めて聞いたなぁ、知ってみるとなかなか面白いもんだ」
「お黙んなさい! 面白くなんてないのじゃ!
旦那さまを失ったわらわは水竜様へその嘆きをぶつけたのですじゃ。
それを哀れに思ってくれたのでしょう、水竜様はこの地に旦那さまを留め、わらわと永遠に繋いて下されたのじゃ」
「まあ、なんてステキなお話でしょう。
でもなぜその結末からもう一度祠が作られたのかがわからないわね。
海の民からは恨まれたままでしょう?」
「そこはよくわかりませぬが、山が崩れ潮流が変わったのが理由のようですじゃ。
今まで散々悩まされてきた潮目が変わったことで船が沈まなくなったと。
わらわには航路を変えたからにしか見えなんだ、でも民たちは満足の様子。
結局数年の後、この祠が作られて旦那さまもわらわもともに祀られたのじゃ」
どうやらその時にできたのがこの『神蛇小祠』なのだろう。大分風化してしまっているが、祠の目の前の大石に祠の名が刻まれている。ご神体はおそらく山と共に海底へ沈んでいったオスの白蛇だろう。
「なんか最後はすっごく微妙な感じに終わったな。
まあでも漁師たちが酷いことして悪かったよ、ごめんなさい」
「いんや、一連の民たちは大陸との貿易を行っていた商人ですじゃ。
ですからこの島の周囲にはきっと当時の交易品が財宝として眠ってるのじゃ。
ま、潜って獲りに行った者たちは水竜様の怒りで流されてしまうのじゃが。
欲深い奴らにかける情は無い、じゃまあみろなの蛇」
経緯はともかく、最終的には長年祀られたことで神格化したようである。それにしてもこの白蛇はなにをつかさどる神なのだろうか。それに八早月たちの前に現れた理由は結局不明のままだった。
「それで白蛇様はなにをつかさどる神格なのですか?
やはり神使を従えて地域を護っていたのでしょうか。
そのために私たちを呼んだのであればご希望にお応え出来そうにありません。
我々はすでに神職として働いておりますゆえ」
「いえいえとんでもございませんなのじゃ。
わらわはもうこの場所に飽いてしまったのじゃ。
ですからどうかわらわも生き神様のお供へ加えてくださいなの蛇!」
その視線は誰がどう見ても八早月を見つめており、それにつられてこの場にいる全員が八早月の顔をじっとのぞきこむのだった。
「またこの展開なのね……
ねえ藻さん、美晴さんが見聞きできるよう一次的に力を与られますか?
このままではまた仲間外れにしてしまいそうで申し訳ないですからね」
『かしこまりました、完全には見えないでしょうが雰囲気はわかるでしょう。
それでも言葉はしっかり聞こえるかと存じます』
「ありがとう、ではよろしくお願いしますね。
美晴さん、何が何だかわからないと思いますが、混乱しないで下さいね。
今すぐ見えるようにして差し上げますから」
そう言っているうちに藻が神通力を用いて美晴へ力を授けたらしく、棒立ちのまま目を見開いていた。どうやら副作用で体の自由があまり聞かない様子である。
「な、なにが起こってるの? アタシ今動けないんだけど?
八早月ちゃんがなにかしたの? アレ何!? 蛇が乗ってるの?」
「美晴さん、落ち着いて、秘密を増やさないようにしたのだけど怖いかしら。
驚かせてしまったならごめんなさい、でも害はないから安心してね」
体の自由と引き換えに見聞きする力を授かった美晴は当然戸惑っているが、八早月の掛けた言葉で多少は気持ちが軽くなったようだ。だが次は一次的に与えられた藻の力によって見えている、祠の上に乗った白い蛇に驚く番がやって来ていた。
「こら娘御よ、驚きすぎじゃ。
本来であればおんしのような下賤にわらわの姿なぞ見せぬのじゃ」
「だったらなんで私たちを呼ぶような真似をしたのですか?
ええと、水竜様でよろしいのかしら? それとも白蛇様とか?」
「はい、われらは古くは白蛇と呼ばれる一対の夫婦蛇でございました。
ですがこの辺りでは船の事故が多くそれを鎮める願いが絶えなかったのです。
人々は祠を立て手近にいた我々を水竜の遣いだと言って崇めましたが効果なし、それはそうでしょう、我々はただ白いだけの蛇だったのですから」
「ま、そりゃ当たり前だよね、でも今は神様なんでしょ?
ここまでの話じゃさっぱりそんな気配はないけどさ」
「む、生意気な小娘じゃ、いいからそのカラスをしっかり見張るのじゃ!
ええ、話の続きでございますが、しびれを切らした民たちは贄とするために旦那様を捕らえてしまったのですじゃ」
「そんなのあんまりだよ、なんて身勝手な……
もしかしてそれで祟ったから祀られたとか?」
綾乃の言うことはもっともだろう。恐らくは千年やそこら経過している出来事であろうから、最初の祠と今残っている者が同じであるはずもない。勝手に願って勝手に落胆するのも、そのあと逆恨みするのも人が良く行う手口である。
そう考えたのは八早月だけではなく、零愛も似たような思考に陥っていた。特に彼女は巫家系であると同時に漁師の家系でもある。大昔の出来事とは言え、漁師たちが海の平穏を願うあまり身勝手な殺害を行ったのだとしたら申し訳ないと感じたからだ。
「いえね、祟ってはおりませぬが、その行為に本物の水竜様がお怒りになり……
幾人かの民と共に我が旦那さまも喰ってしまわれたのじゃ。
さらには怒りにまかせて嵐を起こし、周囲の船も沈めてしまいましたのじゃ。
最後にはこの山をも喰らい、今ではこんな小さな小島になってしまったのじゃ」
「と言うことは元はこの小島は山だったということか。
そんな伝承初めて聞いたなぁ、知ってみるとなかなか面白いもんだ」
「お黙んなさい! 面白くなんてないのじゃ!
旦那さまを失ったわらわは水竜様へその嘆きをぶつけたのですじゃ。
それを哀れに思ってくれたのでしょう、水竜様はこの地に旦那さまを留め、わらわと永遠に繋いて下されたのじゃ」
「まあ、なんてステキなお話でしょう。
でもなぜその結末からもう一度祠が作られたのかがわからないわね。
海の民からは恨まれたままでしょう?」
「そこはよくわかりませぬが、山が崩れ潮流が変わったのが理由のようですじゃ。
今まで散々悩まされてきた潮目が変わったことで船が沈まなくなったと。
わらわには航路を変えたからにしか見えなんだ、でも民たちは満足の様子。
結局数年の後、この祠が作られて旦那さまもわらわもともに祀られたのじゃ」
どうやらその時にできたのがこの『神蛇小祠』なのだろう。大分風化してしまっているが、祠の目の前の大石に祠の名が刻まれている。ご神体はおそらく山と共に海底へ沈んでいったオスの白蛇だろう。
「なんか最後はすっごく微妙な感じに終わったな。
まあでも漁師たちが酷いことして悪かったよ、ごめんなさい」
「いんや、一連の民たちは大陸との貿易を行っていた商人ですじゃ。
ですからこの島の周囲にはきっと当時の交易品が財宝として眠ってるのじゃ。
ま、潜って獲りに行った者たちは水竜様の怒りで流されてしまうのじゃが。
欲深い奴らにかける情は無い、じゃまあみろなの蛇」
経緯はともかく、最終的には長年祀られたことで神格化したようである。それにしてもこの白蛇はなにをつかさどる神なのだろうか。それに八早月たちの前に現れた理由は結局不明のままだった。
「それで白蛇様はなにをつかさどる神格なのですか?
やはり神使を従えて地域を護っていたのでしょうか。
そのために私たちを呼んだのであればご希望にお応え出来そうにありません。
我々はすでに神職として働いておりますゆえ」
「いえいえとんでもございませんなのじゃ。
わらわはもうこの場所に飽いてしまったのじゃ。
ですからどうかわらわも生き神様のお供へ加えてくださいなの蛇!」
その視線は誰がどう見ても八早月を見つめており、それにつられてこの場にいる全員が八早月の顔をじっとのぞきこむのだった。
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