限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第五章 葉月(八月)

112.八月二十五日 昼 後ろ髪

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 それは早朝鍛錬を終えて部屋へと戻った直後のこと、板倉から八早月へ予期せぬ連絡が入り、これから母の手繰たぐりと下女の房枝、玉枝を連れてこちらへ向かうとの連絡だった。八早月は驚き火急の要件かと思ったが、続いて送られてきた母からのメッセージには『おいしいものが食べたいから』と記されていた。

 今はただでさえ問題を抱えていると言うのに、まさか大所帯で迎えが来るとはまるで辱めのようだと八早月は頭を抱える。それを見て心配そうに見守る真宵だったが、こればかりは解決する手立てが限られる。もちろん一番簡単なのは白蛇を斬り捨てることではあるのだが……

『生き神様? 具合が悪そうで心配ですじゃ。
 わらわになにか出来ることはございませぬか?』

『気持ちだけは確かにありがたいのだけど、頭を悩ましているのはあなたですよ?
 いいからもう島へお帰りになったらいかがでしょう、旦那さまもお待ちでしょう』

『いえいえ、旦那様はもう長いこと現れておりませんのじゃ。
 水竜様がおっしゃるにはもう地域に溶け込み一体となったそうですじゃ。
 ですからわらわは本当に退屈な日々を過ごしておったのじゃ。
 後生ですから生き神様の神使にしてたもれ、このとおりじゃ』

 雰囲気からは土下座しているようにも感じられるが、蛇の姿ではどんな態度なのかが全く分からない。もしかしてこのままずっとついてくるつもりなのだろうか。

『白蛇様? あなたもあの祠に祀られているのですよね?
 それならこの近隣からは離れられないのではないでしょうか?
 私は本日遠くへ帰らなければならないのです』

『まさか月へお帰りになるとおっしゃるのですか?
 ずいぶん昔に月へ上った姫がおわしたと聞きましたが、生き神様も月のお方!?』

『いいえ、わたしやかぐや姫ではありません。
 ただここからは大分離れたところに住んでいると言うだけですよ』

『でもいつもご一緒に京産まれのお狐様がいらっしゃるのじゃ。
 それならわらわも連れて行っていただけるはずなのじゃ』

 まさか白蛇がみくずの素性を知っているとは思ってもみなかった八早月は、この後どう断ろうか頭を悩ませることになる。だがちっともいい案が浮かばないうちに次の悩みが到着してしまったようだ。

『ポッポー』<メッセージを受信しました>
『あらあら、海で楽しそうに遊んでいるのね。
 しばらくここで眺めているからゆっくりどうぞ』

 道路のほうを見ると櫛田家の車が止まっており、窓から手繰が手を振っているのが見えた。時間を見ると昼を少し回ったくらいである。板倉がいくら運転がうまいと言っても、年寄りまで乗せての長距離はいつもより大変だっただろう。

 結局浅瀬でパチャパチャと遊んでいたくらいで今日も泳ぎはしなかったが、海自体は十分に堪能できた山の少女たちは、名残惜しいがそろそろ帰り支度を始めることにした。

「お迎えありがとうございます。
 板倉さん、長々とお疲れさまでした、今アイスを出しますからね」

「こりゃどうも、おっ、お嬢ご存知ですか?
 このアイスは棒に当たりが出たらもう一本貰えるんですぜ?」

「そんな! そんなことをしたらアイスを無料で提供することになるのですよ?
 まさか本当なのですか? お店がつぶれてしまうかもしれません」

「まあ滅多に当たりはしませんがね、ではいただきます」

 八早月は駐車場の中にある冷凍庫からミルクキャンディーを一本取って板倉へ渡していた。隣にはチョコミントがあってどちらにするか一瞬考えたのだが、たしかこっちは飛雄の分だと言っていた。

「帰り道なのですが、小川町と言うところを通りますか?
 学園行事の際には通ったのですが、もし面倒でなければ浪西高校と言うところへ寄っていただきたいのです」

「小川町は通り道ですね、承知しました。
 浪西高校の場所とルートを調べておきます」

 八早月のお礼に照れながら、アイスキャンディーを一気に食べきってから車へと戻って行った。そんなことをしているうちに他のみんなは身体を流し、着替えまで終えていて、済んでいないのは八早月だけである。

「さあさあ急いでよ、せっかくお母さんたちも来たんだから早く行こう。
 もちろんおじじいちゃんの店にさ」

 玉枝に手伝ってもらい八早月も着替えを済ませ、手繰や婆や二人は板倉の運転で、少女たちは大音量で騒ぎながら歩いて例の店へと向かう。店内を見回して戸惑っていた初めての面々も、出てきた料理の破壊力に圧倒されながら満腹になるまで美味なる海鮮を腹へと押し込んでいった。

「すっごく楽しかったよ、ぜひまた来てよね、連絡もするからさ。
 それと八早月ママ、こんなにたくさんの山菜と野菜をありがとうございます!
 川の魚も食べる機会がないんで嬉しいです!」

「あらあら、零愛ちゃんもいつでもいらっしゃいね。
 できれば遭難しない季節がいいでしょうけど」

「怖いこと言わないで下さいよー
 それじゃ八早月、ハル、夢、綾、またな!
 遊び行くからさ、待っててくれよー」

 ああ、こう言う気持ちを後ろ髪引かれる想いというのだろうな、と八早月は切なさの混じった充実感を感じていた。
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