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第七章 神無月(十月)
152.十月十三日 夕刻 後ろ髪
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結局八早月は新庄の相手をすることなく追い返すことに成功した。彼が圧倒的な実力差を感じ取って引き上げてくれたのだ。しかしそれと引き換えに弟子入りをした気になり、鍛錬方法をメモしてから帰って行った。
そう、立派な侍になると言う高潔な志を高らかに宣言してから……
「美晴さん夢路さん、それで厨二病と言うのはどういった病なのですか?
放っておいても平気ならいいのだけれど、命にかかわることはないのでしょ?」
「あー、平気平気、素養のある人はなるべくしてなるものだからね。
ここにも山本夢路って言う似たようなのがいるでしょ?」
「夢路さんもその厨二病と言う病に侵されているのですか!?
まさか持病を持っていたとは…… 普段元気なのでわからなかったわ」
「ちょっとハルってば、あんま八早月ちゃんをからかうのやめなよ。
それに私は厨二病なんかじゃないってば!」
「ゴメンゴメン、ようは夢見がち空想に憑りつかれがちって感じかな。
俺の中に眠るもう一人の俺が囁くのさ、とか、俺の邪眼がーとかね。
そういうなにか特別な力とか境遇が自分にはあるって思いこみたい年頃なのよ。
本当に持ってる八早月ちゃんや綾ちゃんには理解しがたいかもだけどね」
「そうそう、私の場合は自分になにかあると思うことはないけどさ。
色々妄想するのが好きだからハルが似たモノだって言うわけ」
「な、なるほど、よくわからないけど私も小さい頃はそんなのあったよ。
魔法少女になりたいなんて言うのと同じでしょ?」
「魔法少女とは夢路さんにお借りしたマンガのことですね。
私も似たようなことを思ったことがあるので何となくわかります。
いえ、今でも思い続けているのですよ、私もいつか―― もがもが」
『八早月様、それ以上は人前で言わないで下さい。
いいですね? お願いします』
「あー、わかった、いつかは真宵さんみたいになりたいって考えてるんでしょ。
それはまあもっともかなって思うよ。
言われる真宵さんは恥ずかしいのかもしれないけどね」
せっかく八早月の発言を止めたと言うのに、綾乃にあっさり看破されてしまった真宵は、頬を染めながらそそくさと姿を消してしまった。それを見ながら「真宵さんカワイー」等と冷やかすのは蛇になっている美晴たちである。もうこの姿になることにすっかり慣れた様子だった。
そうこうしているうちに夜はすっかりと更けて行き、町内放送では童謡のカラスが流れはじめた。おしゃべりに夢中になっている間にどうやら十七時になったらしい。
『綾乃! 少し早いけど夕飯出来たわよ。
八早月さん、二十一時にはお迎えが来るのよね?
早めに食事を済ませた方がゆっくり過ごせるでしょ』
「はーい、すぐ降りるね。今日のご飯はなんにしたの?
ちゃんと洋食にしてくれた?」
『今晩はハンバーグにしたわよ。それとコーンスープもね。
沢山作ったからお菓子食べ過ぎてお腹すいてないなんて言わないでよ?』
八早月にとっては人生二度目のハンバーグである。綾乃の母が作る料理は普段家では出てこないものばかりなので物珍しく楽しく味わえている。さらに八早月がパン好きだと聞いていたからとわざわざ家で焼いてくれると言うもてなしぶりなのだ。
綾乃曰く、随分前に購入したホームベーカリーなるパンを焼く機械は随分と使われていなかったのだが、八早月のパン好きを伝えたら喜んで引っ張り出して来たのだと言う。だが綾乃は、自分が頼んでもちっとも作ってくれなかったのにと不満を漏らしていた。
こうして少し早い夕食を楽しんでまたもや食べ過ぎで苦しいともがく四人は、そんななんでもない光景すら面白く感じ、意味もなく笑い転げるのだった。それを見ながら微笑んでいる真宵と藻はまるで姉か母のようである。
やがてシンデレラの魔法が解けるよりも早く二十一時がやって来た。どうやら早めに来て待機していたであろう板倉より予定時刻丁度にメッセージが入る。ああ、これが後ろ髪を引かれる想いなのだろうと実体験出来たことを喜ぶべきか悲しむべきか、八早月はそんなことを考えながら寒鳴邸を独り後にするのだった。
◇◇◇
そして帰り道――
「お嬢、時間丁度で申し訳ありませんね。
きっと遅れてくることを望んでいたとは思いますが融通が利かねえもんで」
「何を言っているの板倉さん。いつも正確で助かっていますよ。
私もきちんと切り替えていますからご心配なく、帰って明日に備えなくてはね。
そう言えば板倉さんはトリュフというキノコを知っていますか?
どうやら手土産の中に入っていたらしいのですが、そんなハイカラなものが八畑山に生えているのでしょうかね?」
「ああ、確かに似たようなもんが食卓へ出ることがありますね。
外国では高級食材ですが、きっと日本で採れる近親種何だろうと思いますよ?。
人間だってカラスだって日本にも外国にもいるんですからキノコも変わらんでしょう」
「なるほど、確かに板倉さんの言う通り、さすが頭の回転が早いわね。
ホント独り身ではもったいないわ、お見合いくらいしてみたらいかが?」
「またその話ですか、気にかけていただけるのはありがたいことですがね。
私には今の生活が性に合ってるんですよ。
独り身の気楽ってやつは歳を取ると捨てがたいものになっちまう」
「そんなものなのかしらね、私にはまだよくわからないわ。
でもその気になったらいつでも言ってちょうだいよ?
もちろん今の家から出たとしても運転手を続けてもらうために近くに建てますけどね」
「いやいや、ば様二人との生活も悪くねえですよ?
あんまり飲みすぎないよう見張るって役目もありやすからね」
「ま、房枝さんったらまだお酒やめてなかったのね。
以前お医者様に注意されたのにまったく聞く耳持たないのだから困るわ。
板倉さんも健康には注意して下さいね、あと博打も程々に」
「は、はい、そりゃもう肝に命じときます」
思わぬところから自分へ飛び火したと首をすくめた板倉は、今日さんざん負けて来たなんてとても言えないと思いながら真っ暗な道へと車を走らせた。
そう、立派な侍になると言う高潔な志を高らかに宣言してから……
「美晴さん夢路さん、それで厨二病と言うのはどういった病なのですか?
放っておいても平気ならいいのだけれど、命にかかわることはないのでしょ?」
「あー、平気平気、素養のある人はなるべくしてなるものだからね。
ここにも山本夢路って言う似たようなのがいるでしょ?」
「夢路さんもその厨二病と言う病に侵されているのですか!?
まさか持病を持っていたとは…… 普段元気なのでわからなかったわ」
「ちょっとハルってば、あんま八早月ちゃんをからかうのやめなよ。
それに私は厨二病なんかじゃないってば!」
「ゴメンゴメン、ようは夢見がち空想に憑りつかれがちって感じかな。
俺の中に眠るもう一人の俺が囁くのさ、とか、俺の邪眼がーとかね。
そういうなにか特別な力とか境遇が自分にはあるって思いこみたい年頃なのよ。
本当に持ってる八早月ちゃんや綾ちゃんには理解しがたいかもだけどね」
「そうそう、私の場合は自分になにかあると思うことはないけどさ。
色々妄想するのが好きだからハルが似たモノだって言うわけ」
「な、なるほど、よくわからないけど私も小さい頃はそんなのあったよ。
魔法少女になりたいなんて言うのと同じでしょ?」
「魔法少女とは夢路さんにお借りしたマンガのことですね。
私も似たようなことを思ったことがあるので何となくわかります。
いえ、今でも思い続けているのですよ、私もいつか―― もがもが」
『八早月様、それ以上は人前で言わないで下さい。
いいですね? お願いします』
「あー、わかった、いつかは真宵さんみたいになりたいって考えてるんでしょ。
それはまあもっともかなって思うよ。
言われる真宵さんは恥ずかしいのかもしれないけどね」
せっかく八早月の発言を止めたと言うのに、綾乃にあっさり看破されてしまった真宵は、頬を染めながらそそくさと姿を消してしまった。それを見ながら「真宵さんカワイー」等と冷やかすのは蛇になっている美晴たちである。もうこの姿になることにすっかり慣れた様子だった。
そうこうしているうちに夜はすっかりと更けて行き、町内放送では童謡のカラスが流れはじめた。おしゃべりに夢中になっている間にどうやら十七時になったらしい。
『綾乃! 少し早いけど夕飯出来たわよ。
八早月さん、二十一時にはお迎えが来るのよね?
早めに食事を済ませた方がゆっくり過ごせるでしょ』
「はーい、すぐ降りるね。今日のご飯はなんにしたの?
ちゃんと洋食にしてくれた?」
『今晩はハンバーグにしたわよ。それとコーンスープもね。
沢山作ったからお菓子食べ過ぎてお腹すいてないなんて言わないでよ?』
八早月にとっては人生二度目のハンバーグである。綾乃の母が作る料理は普段家では出てこないものばかりなので物珍しく楽しく味わえている。さらに八早月がパン好きだと聞いていたからとわざわざ家で焼いてくれると言うもてなしぶりなのだ。
綾乃曰く、随分前に購入したホームベーカリーなるパンを焼く機械は随分と使われていなかったのだが、八早月のパン好きを伝えたら喜んで引っ張り出して来たのだと言う。だが綾乃は、自分が頼んでもちっとも作ってくれなかったのにと不満を漏らしていた。
こうして少し早い夕食を楽しんでまたもや食べ過ぎで苦しいともがく四人は、そんななんでもない光景すら面白く感じ、意味もなく笑い転げるのだった。それを見ながら微笑んでいる真宵と藻はまるで姉か母のようである。
やがてシンデレラの魔法が解けるよりも早く二十一時がやって来た。どうやら早めに来て待機していたであろう板倉より予定時刻丁度にメッセージが入る。ああ、これが後ろ髪を引かれる想いなのだろうと実体験出来たことを喜ぶべきか悲しむべきか、八早月はそんなことを考えながら寒鳴邸を独り後にするのだった。
◇◇◇
そして帰り道――
「お嬢、時間丁度で申し訳ありませんね。
きっと遅れてくることを望んでいたとは思いますが融通が利かねえもんで」
「何を言っているの板倉さん。いつも正確で助かっていますよ。
私もきちんと切り替えていますからご心配なく、帰って明日に備えなくてはね。
そう言えば板倉さんはトリュフというキノコを知っていますか?
どうやら手土産の中に入っていたらしいのですが、そんなハイカラなものが八畑山に生えているのでしょうかね?」
「ああ、確かに似たようなもんが食卓へ出ることがありますね。
外国では高級食材ですが、きっと日本で採れる近親種何だろうと思いますよ?。
人間だってカラスだって日本にも外国にもいるんですからキノコも変わらんでしょう」
「なるほど、確かに板倉さんの言う通り、さすが頭の回転が早いわね。
ホント独り身ではもったいないわ、お見合いくらいしてみたらいかが?」
「またその話ですか、気にかけていただけるのはありがたいことですがね。
私には今の生活が性に合ってるんですよ。
独り身の気楽ってやつは歳を取ると捨てがたいものになっちまう」
「そんなものなのかしらね、私にはまだよくわからないわ。
でもその気になったらいつでも言ってちょうだいよ?
もちろん今の家から出たとしても運転手を続けてもらうために近くに建てますけどね」
「いやいや、ば様二人との生活も悪くねえですよ?
あんまり飲みすぎないよう見張るって役目もありやすからね」
「ま、房枝さんったらまだお酒やめてなかったのね。
以前お医者様に注意されたのにまったく聞く耳持たないのだから困るわ。
板倉さんも健康には注意して下さいね、あと博打も程々に」
「は、はい、そりゃもう肝に命じときます」
思わぬところから自分へ飛び火したと首をすくめた板倉は、今日さんざん負けて来たなんてとても言えないと思いながら真っ暗な道へと車を走らせた。
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