限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十一章 如月(二月)

287.二月九日 日中 美容室への潜入

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 思わぬところから取っ掛りができて喜んだ聡明だったが、娘を美容室へ連れて行き代金も出す羽目になり悔しい表情を見せていた。もちろん美葉音はホクホク顔で美容室へと入って行ったのだが、その笑顔にはもう一つ理由があった。

◇◇◇

「いいか美葉音、特に何も意識しなくていいから普通にしているんだぞ?
 美容室と言うところはやたら喋る印象があるが滅多な事を言ってはいかん」

「はーい、ウチでも役に立つことあるなんて思ってもなかったから嬉しいよ。
 これ上手く言ったら特別にお小遣い貰えるでしょ? ウチは浪人しないしさ」

「ああ、わかってるから大人しく行って大人しく帰ってこい。
 変に探りなんて入れる必要ないから本当に余計な話をしないでくれよ?
 店内で勧誘をしている様子があるかないかだけでいいんだ」

「この間はそんな様子なかったけどなあ、とりあえず楓ちゃんもいるしね。
 何かあったらすぐ気付いてくれると思うよ?」

「その能天気さが余計に不安にさせているんだよ、まったく……」

◇◇◇

 そんな経緯で送り出した美葉音と付添いの楓が余計なことをべらべら話さないよう願いながら、聡明自身は車で待機している。この美容室が本当にあのおかしな結社と関係があるのかはまだ裏が取れていないが、週明けに登記等を確認しに行けばいい。

 だがこの『美容室バトン』と言う名称と、円の中に複雑な曲線で描かれた魔方陣なる紋様を店のトレードマークにしていることを鑑みれば、明らかに関連施設であることを示唆している。これももちろん印刷物であり、美葉音が持ち帰ってきた会員証と割引券自体には呪術の気配なぞなにも無いことは確認済みだった。

 それだけに大きな心配はいらないと考えつつも、得体の知れない組織に関連する施設へ我が娘と姪を送り出した聡明は、考えていた以上に胃が痛いものだと感じているところである。

 その胃の痛さを増幅するように、通話状態にした美葉音のスマホが拾った笑い声が聞こえてくる。何を話しているのかさっぱりわからず、美葉音を含む複数の女性が笑う甲高い声のみが時折と言うよりは頻繁に聞こえてくるだけだ。

 店内に従業員がどれくらいいるのかはわからないが、聡明に感じられる気配は二人分のみ、もちろん楓と美葉音である。妖を見るだけの力は授からなかったが、それでも一般人とは明らかに異なる神通力を持つ美葉音、ただ何かが出来るわけではない。

 特殊な力を持つ者がいないとなると、この美容室はそれほど重要な施設でも宗教的な拠点でもないのだろう。だが油断は禁物である。キーマの密告によればバトン結社で幹部と言われている者の人数はそれほど多くなく、結社自体はごく少数で管理運営されているようだ。

 すなわち神通力のような特別な能力を持つ者がいなかろうと、枝葉の施設は成り立つとも考えられる。先日まで久野にあった魔術グッズショップなる怪しげな店舗も、周辺住民からは占い師の店くらいに思われており、中高生が良く出入りしていたとも聞く。

 その辺りを取っ掛りにして信者を増やしていたのだろう。夏に久野中で八早月が出くわした騒動で使われた呪術具も、出何処はそのショップで間違いない。使用者は高校生とのことなので価格も手ごろだと推察できる。

 聡明がそんなことを考えながら待機している間も、店内からの笑い声はひっきりなしに聞こえてくる。一体何がそんなに楽しいのかわからないが、暗く塞ぎこんでいるよりはよほどマシなのかもしれない。

 今はこうして美葉音と仲良く遊べるよう回復した楓も、五月に行われた職贄しょくにえの儀で無様を晒した当時は長らく落ち込んでいた。だが筆頭の八早月にしごかれるうちに吹っ切れたらしく、再び双宗家へ遊びに来るようになり安心したものだ。

 なんの収穫もないうちに早くも一時間以上が経過したころ笑い声がようやく収まった。会話からするとようやく毛染めが終わり髪を流しに行くようである。いくら田舎の中年男性と言えど今時美容室の仕組みくらいは知っており、床屋とは違い別の席で洗い流すことは承知している。

 そんな聡明は、笑い声の次は流水の音がさぞうるさかろうと覚悟を決めた。しかし予想に反し次に聞こえた来たのは別の音、いや、声だった。


『それじゃはねちゃん、バッグ預かっておくね。
 シャワーの間あっちのアロマグッズ見てるからさ』

『うんー、楓ちゃんもなにかしてもらったらよかったね。
 付き合ってもらっちゃって退屈しちゃったでしょ? ごめんねえ』

『全然オッケーだよ、これでようやく先生からの小言が収まるんだしさ。
 こないだやめなさせなかったウチにも責任あると思ってるから気にしないで』

 それから楓が店内を歩く音が聞こえ、数歩進んでから足を止めたようだ。アロマグッズを置いてあるなんて美容室と言ってもさすが瑞間、金井町にあるかみさんの行きつけとは違うな、と至極もっともなことを考えていた。

 そこへ楓の声が聞こえてくる。


『このお香立てカッコいいですね、お店のマークとはまた違う?
 ちなみにこれは何のマークなんですか?』

『これは魔方陣を模したものでヨーロッパに伝わる魔術的な紋様ですよ。
 描かれている紋様の違いで効能が違うんです、試してみませんか?
 これは集中力を高めるもの、こっちがリラックスして眠る時に効くんです』

『へえ、なんだかおまじないみたいですね、でも覚えられそうにないです。
 美容師だけでも大変そうなのにこう言ったグッズも覚えるなんてスゴイ!』

『私なんてまだまだヒヨッコですよ。
 実はこう言う魔術的なものの愛好会があるんですけどね。
 週一回くらいは勉強会を開いてくれてて詳しく教えてもらえるんですよ』

『なんか凄いですね、魔術なんておとぎ話みたいで面白そうかも。
 本当にこの紋様だけで特別な効果が得られるものなんですか?』

『もちろんアロマの香りがあってこそで、相乗効果が期待できるってことです。
 でも愛好界の主宰は本当の魔術師なんですよ、多分ですけどね』

 これを聞いていた聡明はもう少しで奇声を発してしまうところだった。大声を出したら楓が持っている美葉音のスマホから声が漏れ出てしまう。それだけは避けなければならないのだが、一瞬忘れてしまうほど驚き、そして手ごたえを感じて拳を握りしめた。
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