限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十一章 如月(二月)

294.二月十四日 朝 尻の座り

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 ここ数日の騒ぎもあって落ち着かない日々が続いている八早月だったが、今日は別の意味でなんだかむずむずしていた。そんな心持が自分だけの事ではないことも含めて、こんなことは初めての体験である。

「まあそりゃさ、村では気にしたことも無かったんだから仕方ないでしょ。
 いくら日本古来のお祭りじゃないって言っても知ってしまったらねえ」

「そうだよ、別に我慢することないじゃないの。週末に行くとか送るとかさ。
 やりようはいくらでもあるし、ハルちゃんみたいに手作りである必要もないってば」

「ちょっと綾ちゃん! そこでアタシを引き合いに出さなくてもいいでしょ!?
 それに手作りって言っても大層なことしてないんだから大げさに言わないで……」

 今日はバレンタインデーということで、どこか浮ついた雰囲気が漂う朝だ。学園へ向かって歩く生徒たちもなんとなく地に足がついていない、そんな印象を感じさせていた。なんと言っても通学中に渡している女子までいるのだから、その特別感に当てられてしまうのは八早月だけではないだろう。

「そうは言っても今からちょこれいとを用意することがまず難しいでしょう?
 お役目の片づけさえなければ私も美晴さんと一緒に作れたかもしれないのに。
 さすがに板倉さんに買っておいてとは言えないわ」

「そりゃそうだよ、こんな日に男性へチョコのお使いを頼むのは酷すぎる。
 私が用意してきた分を分けてあげたいけど義理用の一口チョコだしなあ」

「それも夢路さんが作ったの? 凄い、尊敬するわ!
 まさかちょこれいとが自分で作れるだなんて考えたことも無かったもの」

「まったく八早月ちゃんは大げさだなあ。
 世の中にあるものは全部誰かが作ったんだからチョコだって作れるってば。
 せめて土曜に一緒に作れたら良かったのにねえ」

「土曜日は色々あってゆっくりできなかったのよねえ、まったく美葉音は……
 はあ、今週も忙しくなりそうで気が滅入ってしまうわ」

「美葉音さんってあの金髪の? 高等部の先輩なんだよね。
 ドロシー先生の他にも外国人がいるんだって思ったら違ったんだった。
 その先輩がどうかしたの?」

「まったくバカな話なの、美葉音は別に金髪にしたくなかったらしいのよ。
 立ち寄った美容室で勧められるがままにしてしまって困ってると相談されてね。
 ようは父親の聡明さんにも怒られてお金がないから借りに来たの。
 でもその美容室が最近私たちが調査している怪しい団体の関連施設だったと言うわけ」

 八早月は簡単に経緯を説明したが、確信的な部分へ触れるわけにもいかずなんとも半端な内容しか明かせない。その関連で妖の大量発生等もあるため最近は忙しいのだと濁しておいた。今はまだ詳細を話せないのは数日前と変わりはしない。

 まだ一年にも満たない付き合いではあるが、八早月たちのお役目に理解もあり、また興味も持っている三人は少ない情報量でも察してくれる。八早月が多くを語らないと言うことは、今はまだ話せないことが多いのだと理解してくれるのだ。

 そんな風に頭を悩ませている最中に異国の祭りに興じている場合ではないと考えている八早月ではあるが、男女の間では定番の愛情表現だと知ってしまったからには簡単に忘れることなどできるはずもない。他にできることと言えば、異教の祭事であることを理由に聞き流すくらいは出来そうである。

 結局八早月はなにも決められず、なにもできそうにないまま教室までたどり着いてしまった。ここもやはり何となくいつもと異なる空気感が有るだけではなく、普段よりも生徒の数が多い。どうやら早めに来ている生徒が多いようだ。

「八早月ちゃんたらまだ悩んでるの? 私はとりあえずチョコ配ってくるね。
 でももやもやしたままでいるくらいなら八岐大蛇様にもあげればいいのに。
 そしたらなんとなく許してもらえそうな感じしない?
 大体さ、日本のバレンタインなんてクリスマス以上に宗教的意味合いないよ」

 気楽に無茶なことを言う夢路を愛想笑いで見送りつつ考えこんだ八早月は、なんの案も思いつかないままでホームルームを迎えてしまった。時間になってやってきた担任の松平はなんだか渋い顔である。


「みんな静かにー、今日は浮ついてる者も多いかと思う。
 学校へチョコを持ってくるなとか野暮なことは言わないが授業中はダメだぞ?
 渡すのは休み時間、食べるのは給食の後とかにするよう注意してもらいたい。
 どうせなら余計なことで怒られずに楽しい一日にしたいだろう?」

 冴えない独身教師の松平にしては気の利いたことを言ったと思われたのか、クラス中から歓声が沸きあがった。それを受けてか夢路が周囲を見回し、義理チョコの入った箱を松平へ差し出そうか悩んでいる素振りである。

 だがこう言うことはさっと勢いでやってしまわないと上手く行かないもの、案の定タイミングを逸して自席へと座ってしまった。後ろの席から眺めていた美晴はその様子を見て八早月へ向かって苦笑いだ。

 その代わりにと言うわけではないが、クラス委員長の井口真帆がすくっと立ち上がり教壇に名簿を置いたばかりの担任へ小さな包みを差し出した。すぐそばでそれを見ている夢路は明らかに悔しそうな様子である。

「おお委員長、もしかして義理チョコくれるのか? ありがとう。
 毎年ゼロばかりだからな、ありがたくいただいておくよ」

「先生? わざわざ恥ずかしいことを暴露しなくてもいいんですよ?
 こういう時はいっぱい貰えているうちの一つって言っておくものです」

 成績優秀で面倒見も良いと夢路とよく似たタイプの真帆は、唯一の違いと言ってもいい社交的な面を見せつけている。いや別に見せつけているわけではないが、夢路にとっては微妙にライバル視せずにはいられない相手なのだ。

 このまま引き下がって入られないと考えたのか、夢路も負けじと箱を差し出し松平に一つ取らせる。しかしどうもこう言うのが苦手なのか無言であるため、教室には微妙な空気が漂っていた。そこへ助け舟を出したのはもちろん――

「もう先生、山本さんもくれるって言うんだからお礼くらい言って下さいよ。
 いつまでも独身なのはそう言うところですよ? 気の利く男性がモテるんですからね?」

「こりゃ手痛いところを突かれてしまったな…… 山本もくれるなんて嬉しいよ。
 ではありがたく頂戴します、友チョコって言うんだよな? 先生知ってるぞ?」

「でもまさか友チョコ交換なんてしてなかったでしょ?
 今でもやっぱり女の子の行事だもん」
「そうだよ、男子からくれても嬉しいけど男子同士はちょっとねえ」

 教室内がにわかに騒がしくなってきたが、それを聴きながら苦虫を噛み潰したような顔をしているのが八早月である。せっかく心を落ち着けてきたと言うのにまた蒸し返された思いだと言うのは、すぐそばにいる美晴にもひしひしと伝わってくる。

「そんなに気になるなら帰りに買いに行ったらいいんじゃない?
 渡す気にならなかったら食べちゃえばいいんだしさ。
 それに別に宗教的なイベントというより記念日的なものらしいね。
 チョコレートも別に関係ないみたい、ほらここに書いてあるよ」

「なるほどね、つまり発祥国では宗教的な意味合いを持つ祝日と言うだけなのね。
 しかも日本では独自の発展をしてとあるわね、愛の告白ですって!
 では私には全く関係の無いことと言うわけだわ、ふう、肩の荷が下りたわ。
 さすが美晴さん、こう言ったことに詳しくて助かるわ、ありがとう」


◇◇◇


「――――とまあそんなことがあって一日中むずむずしてたのよ。
 でも考えてみれば飛雄さんだって神職だもの、ばれんたいんは無縁でしょう?
 それともちょこれいとが欲しかったかしら?」

『いや、今までそんなの縁がなかったし姉ちゃんも誰かにあげたことないと思う。
 もちろんクリスマスパーティーもやったことも出たこともねえさ』

「はあ、今日は一日そのことが頭から離れなくて参ったわ。
 でもちょこれいと自体はおいしいから帰りに買ってきてしまったのよね。
 美晴さん曰く、自己ちょことか自分ちょこと言って一般的だそうよ」

『一般的って言われてもオレは買って食べようとは思わんな。
 この時期だとどうしても寂しい奴だって目で見られちまうからさ』

「ちょっと待って? 今までちょこれいとを貰ったことないのかしら?
 それはそれで嬉しくないわ、私の許嫁は魅力的ではないと同意ではなくて?。
 飛雄さんはそれでいいのかしら? いいえ、許されるはずないわ!」

『ちょっと八早月、そう興奮するなよ。
 縁がないっていっても生涯ゼロってわけじゃない。
 小中くらいまでは貰ってたけど今はお返しはしないって言い切ってるからな。
 段々と減って行って今ではゼロってわけ、だからモテない男子扱いはやめてくれ』

「もう! 今度はそうやって私を不安にさせるのですか?
 私と言う許嫁がいるのですから女子にいい寄られる必要などありません!」

 飛雄は突如理不尽なことを言いだす最愛の女性の怒りに戸惑いながらも、その言葉が自分を想ってのことだとわかり易過ぎて、喜びを押し殺すのに苦労していた。
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