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第1章

第29話、なれの果て

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 あとを追って飛び込んできた真琴が、下降しているトンネル内を駆けるようにして滑ってくる。
 そうしてあっという間に先を滑る俺たちに追いつくと、俺の腕を掴み上体を引っ張り起こしてくれた。

 俺は体勢を立て直すと、真琴と一緒になり勢いを殺すために空いた手と足を広げる。
 しかし勢いは少しずつ弱まってきてはいるが、依然としてスピードは早い。
 そして三人一緒になって曲がりくねったトンネルを滑り落ちていると、突然トンネルが無くなった!?

 勢いよく空中へ投げ出されたため、全身を襲う浮遊感。

 自由落下を始めた!
 下は小さな部屋?
 高低差が少ない分すぐに地面が迫っている!
 真琴はこう見えても普通の人と同じ強度!
 俺が為すべき事!
 二人を無事に!
 俺が、二人を守る!

 頭の中に様々な考えが生まれ出る中、身体が動いていた。
 上半身を捻ることにより二人の頭まで手を伸ばすと、そこから無理やり俺の胸元に引き寄せ抱きしめる。

「ユウト! 」

 真琴の抗議が含まれた悲痛な叫び。

 このままいくと俺の背中から地面へと落ちるけど、俺が二人のクッションになる!
 真琴とルルカを力の限り抱きしめる。

『どすっ』

 身体の芯を貫く衝撃が、背中から広がり全身の隅々まで行き届き頭を強く揺さぶる。
 強制的に吐き出される空気の塊。
 しかしその痛みは、次の瞬間には感じなくなっていた。

「二人とも怪我はない? 」

「私は大丈夫です! 」

 ルルカの返事を受けて真琴に視線を動かすと、逆に心配そうに見られていた。

「キミは無茶をするね、……ま、今に始まったことではないけど」

「ごめん、でも成功して良かったよ」

 俺は地面に激突をする直前、回復魔法のベ・イヴベェを唱えていた。
 そして俺の身体と下着との間に発生させた白濁の液体により、衝撃を軽減しようとした。
 が結果このショック吸収は殆ど効果を示さなかったわけなんだけど、もう一つの狙いは効果的で、俺は怪我をすると同時に回復される事になった。

 本当はここまでしなくてもさほどの怪我はしてなかったかもしれないけど、俺が何もしなかったばっかりに、真琴が頑張り痛みを感じていたかもしれなかったのなら、俺がやった意味は十分にあったと思う。

 しかし俺が出した回復の水、自分に使ってみて思ったんだけど、なんか一瞬で痛みが消えたわけだし、かなりパワフルなエネルギーがあるような気がしてならない。

 わざわざ検証なんてのはやらないけどね。

 しかし落とし穴があるだなんて。
 ルルカのお姉さんが新人冒険者だったから知らなかったのか?
 いや、ルルカ自身が冒険者ギルドに出入りしている以上、例えお姉さんが知らなくてもルルカの耳に直接入っていてもおかしくない。

「落とし穴の落下点に即死級のトラップがないって事は、ここは隠し部屋、もしくは隠し通路と考えるべきかもだね」

 真琴が顎に手を当て思案げにいった。

「隠し通路? 宝の部屋とかに続くってやつ? 」

「うん、でもそうなるとダンジョンマスターの旨味が減るだけなんだよね」

 なるほど、このダンジョンって奴はダンジョンマスターが管理しているんだった。
 そうなると、全てはダンジョンマスターに利益が出るように作られているはず。

 仮にこの隠し通路が宝の部屋に続く道だった場合、どういう利益が出るのか?

 宝を得た冒険者はお宝の独占を狙って、宝箱が復元する頃合いを見計らって何度も訪れるかもしれない。
 その冒険者もお酒が入り気分が高揚すれば、もしかしたらぽろっと隠し部屋の事を話す事があるかも。
 そして噂が噂を呼び、多くの冒険者が財宝を求めて殺到する。人が多ければ命を落とす人も相対的に増えるだろう。そうなればダンジョンマスターに取って美味しい話になるかもしれない。

 でもそれなら、こんな回りくどいやり方をしなくてもっと分かりやすいところに宝箱を設置すれば済む話。
 実際ルルカのお姉さんはこの隠し通路の事はノートに記述していないっぽいし。

 ただ単に新人冒険者だったからこの情報を知らなかったのか?
 いや、この手の話は実力がまだ低い冒険者でも、噂程度では知っていてもおかしくないだろう。
 ではなぜ誰も知らないのか?

 ……もしかして誰も生きて帰っていないから、なのか?

 そう思ったからなのか、この部屋の空気、なにか違和感を感じるというか不気味な感じがする。
 そこで改めて部屋をじっくりと見る。

 部屋の中には何も置かれておらず殺風景なんだけど、壁の上部には俺たちが滑って来たような穴が何箇所もある。
 そして目の前の壁には、五つの木の扉があった。

 明らかに分岐点である。
 選んだ扉によって到達する場所が異なってくるやつだ。
 しかし俺たちがする事は決まっている。
 ルルカのダウジングだ。

「ルルカ、ダウジングをお願いしていい? 」

「あっ、はい、わかりました! 」

 その時だった。
 一番右側の木の扉が、キィィイッと乾いた音を立て、こちら側に向かい独りでに開いたのだ。

 しかしそこには誰もおらず、またその扉の先はまったくの明かりがない漆黒の闇であった。

「なっ、びっくりするじゃないか!
 ボクはこういう展開って好きじゃないんだよね」

 そして遅れて聞こえてくる、呻き声。
 その恨めしそうな声は一つだけではなかった。
 次第に多くなってくるその声に混じり、なにかを引きずる金属音まで聞こえ始めた。

 なにかやばそうなモンスターが、ゆっくりだけどたくさん迫ってきてる!

 ここは戦うべきなのか?
 いや、真琴に頼んだら来た穴から戻れるかも?
 真琴に視線をやると、その場で固まり口をあわあわさせていた。

「真琴、なにか来てるよ! 」

「どど、どうしよう! 」

 えっ、真琴は狼狽えている?
 とその時、残りの扉がキィィ、キィィと音を立てて次々と開きだす。
 そして全ての扉から、正面の扉と同じように呻き声が聞こえ始める。

 これは不味い、非常に不味い状態である。
 真琴がパニクッている以上、俺が考えなければ!

 扉を閉めて押さえつけるか?
 でも三人だと全ての扉を閉めることが出来ない。

 そこで最初に開いた右側の扉から、ねっとりとした闇から抜け出すようにしてその者が姿を露わにする。

 人、怪我した人なのか?

 右手に持ったモーニングスターと真逆に曲がった左足を引きづりながら、空いた左手をこちらへ伸ばすその人は、肌が土気色でうわ言のように呻き声を上げながらこちらへと進んできていた。

 そうだ、ソウルリストを確認するんだ!
 怪我人だった場合を考えて回復魔法ベ・イヴベェ の詠唱をしながら目を細める。

 すると伝わってきたのは、『ニコルソンのなれの果て』。

 なんだ、なれの果てって?
 どういう意味なんだ?

 逡巡していると、ニコルソンがだらりと垂らしていた左腕に力を込めモーニングスターを頭上高くに持ち上げると、足を引きずりながらもこちらへ向かい早歩きを始めた!
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