戦国征武劇 ~天正弾丸舞闘~

阿澄森羅

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第四章

第21話 「たわけたことを」

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 一人で戻って来た有田ありたは、ユキの前に屈み込むと床に手をつき、深々と頭を下げた。

「あの後、緋張ひばりの家は取り潰しとなったそうで……誠に申し訳なく」
「ハッ、お蔭様でな」

 冷笑と共にぶつけられる皮肉に、有田は文字通り床に額を擦り付けて謝罪の意を表す。
 有田の前にユキが腰を下ろしたので、静馬しずまもその隣に座った。
 二人の後ろの壁に弥衛門やえもんもたれかかり、不機嫌そうな表情を崩さずにいる。
 頭を下げたままの有田に、ユキは普段とは別人のような低く重い声で問う。

「主をしいして行方をくらまし、盗賊として町や村を荒らしておった男とも思えぬ殊勝さじゃな。僧形で荒れ寺に隠れ住んで子供らを集めるなど、一体何を企んでおる?」
「いえ、拙者は何も企んでなど――」
「ならば、突然に仏性ぶっしょうに開眼したとでも言うか。誰がそんな与太話を信じるのじゃ」

 ユキに断言され、顔を上げた有田は唇を強く噛み締める。
 しかし静馬にしても、有田の話を信じようという気には到底ならない。

「信じて貰えぬでしょうが、拙者はもう以前の拙者とは――」
「変わっておらぬ。名を変えようが形を変えようが生き様を変えようが、変わらぬものは変わらぬ。主君を殺して逐電ちくでんし、盗賊として無法の限りを尽くしてきた腐れ外道、それがうぬじゃ」
「お、お言葉ですが姫様……刑部ぎょうぶ様を弑したのは、真行寺右近しんぎょうじうこんめにございまして」
「そんなことはわかっておる! じゃが、それを知りながら止めなかったろう?」

 止まらないユキの舌鋒ぜっぽうに、有田の剃り上げた頭に汗の玉が浮く。

「それにな、前非は十二分に悔いたから、全てをなかったことにしろなど――そのような都合の良い話がまかり通ると思っておるのか? 阿呆なのか?」
「ぐっ……」

 言葉に詰まった有田は、うつむいて己の両膝を掴む。

「ではここで、汝らに故郷を焼かれ家族を殺され、その仇を討たんと探索方となった男に訊いてみよう。これなる有田平次郎は心を入れ替え仏道に帰依きえし、以前の畜生めいた生き様とは無縁になったそうじゃ。それ故に、全てを水に流して許してやるか?」
「たわけたことを」
「……だ、そうじゃ」

 静馬の間髪を入れぬ即答に、膝を掴んだ有田の両手は力みを増す。

「しかしな、汝の話によって妾と静馬の気も変わるかも知れぬ。試しに改心に至るまでの道筋を語ってみせい」

 ハッ、として顔を上げた有田は、少し身を乗り出すようにして話し始めた。

「始まりは……一年ほど前にございます。緋張家を出奔しゅっぽんして以来、上役であった右近に従うままに過ごしていた拙者は、村々に脅しをかけては財物や女子供を掠め取り、従わねば根絶やしにする、盗賊団の暮らしにんでおりました」
「では、足抜けすれば良かったろうに」

 忌々しげに言う静馬をめつけ、有田は答える。

一矢万矢いっしばんしは、そう簡単に出たり入ったりできる集団ではない。従わぬ者を例外なく処断する右近の掟は、下手な大名の家中法度かちゅうはっとより余程厳しかったのだ」
「なのに、汝はそこを逃げ出したのか?」

 ユキの問いに対し、有田は伏目がちに語る。

「逃げたと言うより、戻れなくなったのでございます。拙者が稼業かぎょうに身が入らなくなっているのを察してか、右近が『たまには派手に遊べ』といとまと銭をくれました。その前月に、小田原以来の仲間であった山室帯刀やまむろたてわき……彼の者が突然姿を消したのも、或いは響いていたかも知れませぬ」

 山室が一味を抜けた理由も気になる静馬だったが、口を挟まず有田の話を聞く。

「派手に遊んでこいと言われても、京やその周辺では人目を引きます。故に拙者は供は連れず、宛てもなく西方へと旅に出ました。なれど、どうしても鬱屈が晴れてくれず、逗留先の旅籠でも酒ばかり飲んでおりました」

 何を思い出しているのか、有田の表情がぐにゃりとゆがんだ。



「……その日は朝から雨で、いつも以上に気分が沈んで杯を重ねていました。食事も摂らずに飲み続けていたのを心配してか、宿の女将おかみが酒を止めようとしたのですが……拙者はそれに逆上して騒ぎを起こし、間に入った下男を殴り殺してしまいました」

 酔って抑えの効かなくなった有田が暴れれば、それは死人の一人や二人出るだろうな、とその巨体を眺めながら静馬は思う。

「そこから思うがままに暴れ回り、正気に返った拙者が見たのは……旅籠の女将や番頭、それに年端も行かぬ丁稚でっちや女中らのむくろでした……以前に子供を斬ったことがないとは言いませぬが、それも右近に従ってのこと。いくら酔っていたとはいえ、女も子供も見境なく、腹立ち紛れに鏖殺おうさつしてしまった、己のことが心底から恐ろしくなりました……」

 有田は一言一言を吐き出すようにしながら、悲痛さを湛えた目をユキと静馬に向ける。
 もしこれが演技なのだとすれば、大した役者ぶりだ。
 もう一つ信じきれない静馬は疑念を込めた視線を送り、ユキもまた複雑な表情を崩さずに有田に確認する。

「では汝は、幼子を殺めた罪の意識から、仏の道に入ったというのじゃな」
「結局はそうなのですが、この時はまず逃げ出さなくてはと思い、旅籠から出た後で町外れの寺へと忍び込んで袈裟けさを盗み出し、僧形に扮し隠れ家まで戻りました。しかし戻っても誰もおらず、情報を得ようと京に出たところで、自分が旅籠の殺人で賞金首になったと知り、そのまま当てもなく逃亡したのです」

 どう受け止めたものかな、と思いながら静馬はユキの様子を窺う。
 黙って有田の告白を聞いているが、眉の形からして恐らく疑いを晴らしていない。

「一人で旅を続け、己の犯した罪と向き合う内に、罪滅ぼしをせずにいられなくなりました。そして、何をすべきかを考えた末に、死に瀕した命をなるべく救おうと思い至り、孤児や捨て子を集めて育て始めたのでございます」
「……偽善っぽいね」

 一頻ひとしきり語り終え、沙汰さたを待つような面持ちだった有田に、ずっと聞き役に回っていた弥衛門が遠慮のない感想をぶつけた。

「そうかも知れんが、いつわりだろうとまことだろうと、有田の行動によって救われている子供がおる、というのも確かじゃ」

 認めたくなさを滲ませながらも、ユキが意見を述べた。
 有田の言葉に嘘がないとして、どうするべきか静馬は逡巡しゅんじゅんする。
 何があろうと、仇の四人は討ち果たす――そう誓って今日まで生きてきた。 
 だがユキの言うように、この寺にいる子供たちは有田に拾われていなければ、野垂れ死ぬか死んだ方がマシな目に遭っていただろう。

 そして、自分らがここで有田を討てば、子供らを庇護ひごする存在を奪い取ることになってしまう。
 だからといって、村人を撫で斬りにした有田の罪は消えぬし、赦せるものでもない。
 そんなことを考えていると、不機嫌な猫のように唸るユキの前で巨体をちぢこまらせていた有田が、急にガバッと身を伏せた。

「お頼み――お頼み申す! 姫様、玄陽堂殿! 拙者を処断したいお気持ちは、重ね重ねも承知の上で、見逃していただけませぬかっ! この通り、この通りにございますっ! 子供らのためにっ、何卒なにとぞっ!」

 床に額を何度もぶつけ、有田は涙声で懇願こんがんしてくる。
 結論を出せない静馬は、上下する坊主頭を眺めるばかりで何も言えない。
 その有田の動作が十回ほど繰り返されたところで、小さく唸っていたユキがその声を止めて告げる。

「じゃがな、平次郎よ。汝の首には賞金が懸けられ、手配書も出回っておる。もし妾たちが見逃したにせよ、今の生活をそうそう続けられはせぬぞ」

 確かにその通りだな、と静馬は気付かされる。
 さて、これにどう答えるか――次に出てくる言葉を待っていると、土下座の姿勢で静止していた有田がフッと身を起こす。
 そして右手を振り上げると、固めた拳でもって床板を殴りつけた。
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