心をなくした私と、あやかし荘の住人たち

第7話 新しい一歩

その日の午後、彼女は白澤と一緒に外に出ることになった。
白澤は、あまり人と関わるのが得意そうには見えなかったが、彼はきっと何か理由があって、ここにいるのだろう。それに、何よりも「気分転換に外に出よう」という白澤の提案が、心のどこかで気にかかっていた。

「よし、じゃあ、みんなで散歩だな！」

カナエが元気よく声を上げた。その声に反応するように、アカリが庭からひょいと飛び跳ねて現れた。

「おお、散歩？いいな、行こう行こう！」

「じゃあ、行こうか！」

オオヤが言うと、カナエが前を歩きながら、小さな声で彼女に言った。

「ねぇ、あやかし荘って、結構面白い場所だと思わない？」

「面白いって、どういう意味？」

「だってさ、いろんな種類のあやかしが住んでるんだよ！オオヤは、あんな大きな体なのにビビリで変だけど、すごく面倒見がいいし、白澤はクールでちょっと怖そうだけど、実はすごく優しいんだよ！」

「うーん…そうだね」

彼女は微笑みながら、カナエの言葉に軽く答える。でも、確かにオオヤも白澤も、彼女にとっては不思議な存在だった。オオヤは時に不器用で、おおらかながらもどこか優しさを見せるし、白澤はいつも冷静で無口だけれど、心の奥に優しさを感じるような気がしていた。

「だって、みんなそれぞれ不思議だし、面白いよね。みんなが集まるとさ、なんか楽しいことが起きる感じがする！」

カナエは楽しそうに言った。

「そうだね」

彼女は少し照れくさそうにうなずいた。なんだか、カナエの明るさが、彼女の心を少し軽くしてくれるような気がした。

外に出ると、さわやかな風が吹いていた。歩いているうちに、あやかし荘の近くの小道に差し掛かると、あたりにはたくさんの木々が生い茂り、小さな川が静かに流れていた。

「ここ、すごく静かだね」

彼女は足を止めて、周囲を見渡す。

「静かすぎて、なんか…自分の思いがぐるぐるしちゃいそう」

「そのぐるぐるも、たまにはいいんだよ」

白澤が静かに答えた。

「心の中にあるものが、きちんと出てくると、少し楽になるだろう」

その言葉に、彼女は何も答えなかったけれど、心の中で少しだけその意味を考えた。出てくると、楽になる……。

それから、道を歩きながら、どこか懐かしい風景に彼女は目を細めた。今はまだ、すべてを受け入れることができないけれど、この景色を見ていると、少しずつ心が落ち着いていく気がした。

「ねぇ、あの場所に行こうよ！」

突然、カナエが元気よく指さした先に、古びた神社が見えていた。その神社は、どう見ても今まであまり人が訪れていないような、静かな場所だった。

「え、ここ？」

「うん！　お参りしよう！」

カナエの勢いに引き込まれて、みんなでその神社に向かうことになった。神社の境内に足を踏み入れると、風が吹き、木々が揺れて、どこか神聖な空気が漂っていた。

「ここ、よく来るの？」

彼女はオオヤに尋ねると、オオヤは少し照れくさそうに答えた。

「実は、ここにはちょっとした秘密があるんだ。ここを守っているあやかしがいるんだよ」

「守っているあやかし？」

オオヤがにやりと笑った。

「うん、そのうち会えるかもな」

その時、境内の隅から、何か小さな音が聞こえてきた。耳を澄ませると、何かが軽やかに走り回っているような音。

「おっ、来たな」

オオヤが言った。
その音の正体は、どうやら小さな妖狐だった。その狐は、まるで遊ぶかのように神社の境内を駆け回り、目の前でひょいと跳ねた。

「おお、来たか。久しぶりだな、サクヤ」

オオヤが言うと、その狐は耳をぴんと立てて、オオヤに駆け寄った。

「サクヤって、名前？」

「そうだ。こいつも、あやかし荘の住人の一つだな」

サクヤは狐の姿で、まるで遊んでいるかのようにみんなの周りを走り回った。その姿を見て、彼女はふっと笑みをこぼした。こうして、少しずつ…私はこの場所に溶け込んでいくのかな。

その時、カナエが嬉しそうに言った。

「ほら、あやかし荘のみんながいるから、きっと大丈夫だよ！」

彼女は、その言葉に心の中で答えた。うん、少しずつでも、ここでの生活を受け入れていこう。
そして、彼女は笑顔を浮かべて言った。

「じゃあ、今日はみんなで遊んでいこうか」

その言葉に、あやかし荘の住人たちはみんな笑顔を見せた。今までの暗い日々とは違う、ほんのり温かい時間が、彼女の心に広がっていった。