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第三章
13 命のバトン
俺が一歩ずつ近づいていくと、民族衣装を着た女性たちが振り返り、道を譲ってくれた。
優しいハーブをたく人、汗をぬぐう人、祈りを捧げる人、多くの里の人がオリビアの出産に立ち会っていた。
天井からは素朴な色合いの布が垂れており、オリビアはそのひもを掴んで、眉間にシワを寄せ唸っていた。
オリビアの足もとは布で隠され、年老いた女性が中を覗いたり、手を入れて確認したりしていた。
両側には族長よりも大きな男性、そしてオリビアの叔母であるライラさんが顔を真っ白にして、オリビアに声をかけていた。
俺はなすすべがなく、ただ立ち尽くした。
その時、頭側にいた里の人が腰をあげて、こちらに来た。
そして、持っていたハンカチのようなものを俺に差し出した。
素朴な生成りの生地に赤い刺繍がされたハンカチだった。
俺がちゅうちょしていると、その女性は俺の手をとってそのハンカチを握らせてくれた。
「オリビア大丈夫か? 苦しいよな! 大丈夫だ! みんながついている! 長老は何人もの里の子を取り上げてきた達人だ!安心しろ!」
ライラさんがそうオリビアに声をかけた。
「うー……うー……」
とオリビアは身の置き場がないのか、体を左右に動かす。そして、時折天井からさがっている布を強く握りしめた。
「オリビアちゃん、しっかり! 俺がついてるよ!」
オリビアのそばに座っている男性がそう、オリビアに声をかけた。
ダン!と、俺は背中を押された。
先ほどの里の女性だった。
そして、オリビアの頭の方を指さした。
俺にあそこに行けというのか……?
俺は里の女性を見た。
彼女は微笑んで、頷いた。
手に握られたハンカチの冷たさが心地よかった。
俺は口を結んで、オリビアの頭側に向かった。
ライラさんと男性が一瞬、俺を見た。
その瞳に温度はなかった。
そして、またオリビアに視線を戻していった。
里の女性が座っていたところには、木の大きなボウルのようなものに水が入っていた。
持っていたハンカチをその水に浸し、冷たくなったところできつく絞った。
オリビアの額は汗で光っていた。
それは、その額の汗をハンカチでそっとぬぐった。
その時、彼女の視線が動いた。
そして、私を見上げた。
その瞳は大きく見開かれた。
しかし、次の瞬間その瞳はぎゅっとつぶられ、俺を見ることはなかった。
「う~~! う~~!」
「オリビア、どうした! 大丈夫か!?」
ライラさんが身を乗り出し、オリビアの手を握った。
「痛いよぉ……。苦しいよぉ……」
オリビアはかすれた声でそう言った。
俺は持っているハンカチをぐっと握り込んだ。
何もしてやれない自分に腹を立てた。
「ん~、オリビア、ちゃんと息は吸うんだよ~。おなかの子も苦しくなるからね。大きく吸って吐きな~」
足もとの女性がのんびりとそう言った。
「はい、吸って~」
オリビアが胸を広げて息を吸い、大きく吐いた。
なんどかその呼吸を繰りかえす。
俺も一緒になって、大きく息を吸って吐いた。
「うっ! いたい~! また、痛いのがきた~!」
「大丈夫、ちゃんとできてるよ~。うん、入り口が完全に開いたよ。さぁ、赤ちゃん出てくるよ~」
「ううう~!! うううううう~!!」
「頭が見えてきた、もう少しだ! 誰かお湯持ってきて~」
「はううううううう~!! ううううううううううう~!!!」
オリビアが悲鳴にも似た声を上げて、ひもを引っ張り、苦痛に顔をゆがめた。
「オリビア、頭が出たよ!あとは力を抜いて! 息をゆっくり吐いて~」
「ふ~ふ~ふ~……」
オリビアが必死に息を吐いた。
「オリビア、そうそう、上手だよ~」
年配の女性はそう優しく声をかけ、足もとの布の中で忙しそうに手を動かしている。
そして、色の白い赤子が姿を現した。
「生まれたよ~、オリビア! よーく頑張ったな」
――そして、次の瞬間。
「ふんぎゃあ、ふんぎゃあ」と小さくても芯のある声で、初めての声を聞かせてくれた。
オリビアは力なく微笑んだ。
そのはかなくも、強さのあるまなざしに俺は息をのんだ。
「オリビア、頑張ったな! 男の子だ!」
ライラさんが瞳を潤ませてそう言った。
そばにいた男性も鼻をすすり、「オリビアちゃん、おめでとう」と声をかけていた。
俺は、ただただ赤子とオリビアを見た。
しかし、視界はどんどんゆがみとうとう見えなくなった。
あふれ出るものを堪えることができず、声を漏らして泣いた。
私は無力だった。
彼女の助けになることなど、何一つできなかった。
オリビアはこんな異国の地で自分を守り、子どもを守ってくれた。
そして、産んでくれた。
――その時、足にぬくもりを感じた。
白くて華奢な手が見えた。
「……手を、握ってくれませんか?」
優しく消え入りそうな声だった。
力なく茶色い瞳は笑った。
俺はすぐさま、オリビアの横に行き彼女の手を両手で握った。
彼女は俺の顔を見て、ふっと笑った。
「マティアス様、ボロボロじゃないですか」と。
力の入らない手で、私の手を握り返してくれた。
その手のぬくもりに、胸の奥が熱くなった。
そして、彼女の手に額をつけて、「ありがとう、オリビア」と何度も言った。
――守られてきたのは、
俺の方だった……。
優しいハーブをたく人、汗をぬぐう人、祈りを捧げる人、多くの里の人がオリビアの出産に立ち会っていた。
天井からは素朴な色合いの布が垂れており、オリビアはそのひもを掴んで、眉間にシワを寄せ唸っていた。
オリビアの足もとは布で隠され、年老いた女性が中を覗いたり、手を入れて確認したりしていた。
両側には族長よりも大きな男性、そしてオリビアの叔母であるライラさんが顔を真っ白にして、オリビアに声をかけていた。
俺はなすすべがなく、ただ立ち尽くした。
その時、頭側にいた里の人が腰をあげて、こちらに来た。
そして、持っていたハンカチのようなものを俺に差し出した。
素朴な生成りの生地に赤い刺繍がされたハンカチだった。
俺がちゅうちょしていると、その女性は俺の手をとってそのハンカチを握らせてくれた。
「オリビア大丈夫か? 苦しいよな! 大丈夫だ! みんながついている! 長老は何人もの里の子を取り上げてきた達人だ!安心しろ!」
ライラさんがそうオリビアに声をかけた。
「うー……うー……」
とオリビアは身の置き場がないのか、体を左右に動かす。そして、時折天井からさがっている布を強く握りしめた。
「オリビアちゃん、しっかり! 俺がついてるよ!」
オリビアのそばに座っている男性がそう、オリビアに声をかけた。
ダン!と、俺は背中を押された。
先ほどの里の女性だった。
そして、オリビアの頭の方を指さした。
俺にあそこに行けというのか……?
俺は里の女性を見た。
彼女は微笑んで、頷いた。
手に握られたハンカチの冷たさが心地よかった。
俺は口を結んで、オリビアの頭側に向かった。
ライラさんと男性が一瞬、俺を見た。
その瞳に温度はなかった。
そして、またオリビアに視線を戻していった。
里の女性が座っていたところには、木の大きなボウルのようなものに水が入っていた。
持っていたハンカチをその水に浸し、冷たくなったところできつく絞った。
オリビアの額は汗で光っていた。
それは、その額の汗をハンカチでそっとぬぐった。
その時、彼女の視線が動いた。
そして、私を見上げた。
その瞳は大きく見開かれた。
しかし、次の瞬間その瞳はぎゅっとつぶられ、俺を見ることはなかった。
「う~~! う~~!」
「オリビア、どうした! 大丈夫か!?」
ライラさんが身を乗り出し、オリビアの手を握った。
「痛いよぉ……。苦しいよぉ……」
オリビアはかすれた声でそう言った。
俺は持っているハンカチをぐっと握り込んだ。
何もしてやれない自分に腹を立てた。
「ん~、オリビア、ちゃんと息は吸うんだよ~。おなかの子も苦しくなるからね。大きく吸って吐きな~」
足もとの女性がのんびりとそう言った。
「はい、吸って~」
オリビアが胸を広げて息を吸い、大きく吐いた。
なんどかその呼吸を繰りかえす。
俺も一緒になって、大きく息を吸って吐いた。
「うっ! いたい~! また、痛いのがきた~!」
「大丈夫、ちゃんとできてるよ~。うん、入り口が完全に開いたよ。さぁ、赤ちゃん出てくるよ~」
「ううう~!! うううううう~!!」
「頭が見えてきた、もう少しだ! 誰かお湯持ってきて~」
「はううううううう~!! ううううううううううう~!!!」
オリビアが悲鳴にも似た声を上げて、ひもを引っ張り、苦痛に顔をゆがめた。
「オリビア、頭が出たよ!あとは力を抜いて! 息をゆっくり吐いて~」
「ふ~ふ~ふ~……」
オリビアが必死に息を吐いた。
「オリビア、そうそう、上手だよ~」
年配の女性はそう優しく声をかけ、足もとの布の中で忙しそうに手を動かしている。
そして、色の白い赤子が姿を現した。
「生まれたよ~、オリビア! よーく頑張ったな」
――そして、次の瞬間。
「ふんぎゃあ、ふんぎゃあ」と小さくても芯のある声で、初めての声を聞かせてくれた。
オリビアは力なく微笑んだ。
そのはかなくも、強さのあるまなざしに俺は息をのんだ。
「オリビア、頑張ったな! 男の子だ!」
ライラさんが瞳を潤ませてそう言った。
そばにいた男性も鼻をすすり、「オリビアちゃん、おめでとう」と声をかけていた。
俺は、ただただ赤子とオリビアを見た。
しかし、視界はどんどんゆがみとうとう見えなくなった。
あふれ出るものを堪えることができず、声を漏らして泣いた。
私は無力だった。
彼女の助けになることなど、何一つできなかった。
オリビアはこんな異国の地で自分を守り、子どもを守ってくれた。
そして、産んでくれた。
――その時、足にぬくもりを感じた。
白くて華奢な手が見えた。
「……手を、握ってくれませんか?」
優しく消え入りそうな声だった。
力なく茶色い瞳は笑った。
俺はすぐさま、オリビアの横に行き彼女の手を両手で握った。
彼女は俺の顔を見て、ふっと笑った。
「マティアス様、ボロボロじゃないですか」と。
力の入らない手で、私の手を握り返してくれた。
その手のぬくもりに、胸の奥が熱くなった。
そして、彼女の手に額をつけて、「ありがとう、オリビア」と何度も言った。
――守られてきたのは、
俺の方だった……。
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