ある探偵の独り言

イケウタ

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無茶の代償

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「山崎さん」 
 いつの間にか車のエンジンを切ってしまっていたらしい。むっとする暑さの中で目を覚ますと、車窓に貼り付いた南野が執拗に窓ガラスをノックしていた。 
 時計はすでに――六時半を指している。 
 やべ、十分過ぎてる。 
 欠伸を噛みながらエンジンをかけて、窓を開けた。途端に冷たい空気が流れ込んでくる。
「悪い、見張りの交代の時間、過ぎてたな。柳はどこにいる?」 
「――――」 
 この三日間、いくら注意しても休もうとしない南野の目元にはうっすらとクマが浮かんでいる。無表情の部下はほとんど真上から俺を見下ろして、目を背けながら額の辺りを掻いた。 
「どうしてあなたがここに居るんです?」 
「あ? ……どうしてって、柳と水野さんが尾行の手が足りないって言うから、応援に来たんだろうが。ちょうど帰るところだった――」 
「今日は病院でしょう」 
 病院? 
 慌てて手帳を確かめれば、確かに、予約が入れてある。 
 忘れてた。 
 南野は大仰にため息をつく。
「……なにやってんですか。主任のあなたが俺に私事の面倒まで見ろっていうんじゃないでしょうね? この現場だって、確かに人手は必要ですけど、何もあなたじゃなきゃいけないってことはないんですよ。他にバイトでも誰でも居るでしょう」 
 そういえばこいつは今日、事務所で信用調査の報告書を仕上げているはずだった。わざわざ事務所からここに来たのか? 
 俺は車のドアを開けて窓を閉めると、寝乱れた髪を適当に撫でつけた。渋谷とは言っても駅から離れているので人通りも少ない。どこからともなく、人のざわめきと車のエンジン音は聞こえてくるが。 
「……お前だから言うけどな、南野」 
「なんです」 
「見張りくらいからやらねーと、俺の勘、鈍ってんだよ。ここなら水野さんもいるしちょうどいいんじゃねーかなって。いきなり主任に戻ったって、うまくやれないような気がしてな」 
「……あなた、バカだろう」 
 絶対にコイツは口が悪すぎる。 
 思わず睨み付ければ、南野は懐からスマートフォンを取り出し、事務所に連絡を取った。俺達が居る渋谷に人を回すよう手配して電話を下ろす。いきなり俺の腕を掴み、車中から引きずり出した。 
 ドアを閉める。 
 なんて乱暴な野郎だ、俺が紙なら風圧で吹っ飛ぶぞ。 
 だが睨み付けても南野は顔色一つ変えやしねぇ。 
 普通だったら、と吐き捨てる。 
「仕事よりもまず身体でしょうが。頭なんですよ? それも打っただけじゃない、骨まで折ってんですよ? 退院したって健常体じゃないんです。安静にしてなきゃならないのはバカだってわかることでしょうが」 
「だがな、少しずつ仕事もしなきゃ」 
「あぁ、すみませんでしたね。わからないからあなたはバカ以下なんでしたっけね。そうでしたよね」 
 この、くそったれめ。 
 俺はいつまでてめぇの毒舌に耐えなきゃならねぇんだ! 
「!」 
 恐らく蹴りを予測できなかったのだろう、俺が踏み込んで腹部に膝を叩き込むと、南野は反射的に膝をあげて辛うじて防御した。ぶち当たった膝のしびれが脳まで突き上げる。一応つながりはしたものの、衝撃に弱い骨折部分に直接響いた。吐き気はなかったが頭が割れるように痛んで、俺はその場にしゃがみ込んだ。 
「山崎さん!?」 
「……うわ、痛てぇ」 
「な、何してるんですか! そんな身体で無茶を――」 
「触わんな!」 
 背中を抱こうとした手を振り払った。 
「俺は壊れもんじゃねぇんだぞ!ッ 心配なら心配って言え、バカ! あんな言葉で素直に帰る気になるわけがねぇだろう!!」 
「――山崎、さん」 
 あぁ、叫ぶと酸欠みたいな目眩がする。車に背中を押しつけ、頭を抱えながらじっと堪えてた。――畜生め。このところは調子がよくて頭痛もほとんど無くなってたのに。 
「……病院に行きますか?」 
 喋るのにも、気力が必要だった。 
「いらねぇーよ。……家に帰れば平気だ」 
「ですが、その調子では家にも帰れないでしょう。車の振動も悪いかも知れません。しばらくここで収まるまで待ったらどうですか」 
 南野が本気で心配しているのは声の調子でわかった。あたたかい手が肩を支える。俺はなんだか毒気を抜かれて、後部席のドアを開けて中に入り込むと、鞄や着替えなどを押しのけて座席の上で丸くなった。あぁ、……痛てぇ。頭が割れるんならいっそのこと割れちまってくれ――。 
「柳にはオレが伝えてきます。今は休んでください。すぐに戻りますから、待っていてくださいよ」 
 南野は自分の上着を脱いで俺の肩にかけると、人の上着を探ってスマートフォンを探し出した。俺の手に握らせる。 
「携帯を持っていきます。ひどくなったら連絡を下さい」 
「……南、野」 
「なんですか?」 
 何を聞こうとしたのか、忘れちまった。 
 ぎこちなく手を振った。 
「悪い」 
 数秒、南野は突っ立ったまま、俺を見下ろしていたようだった。渋谷の雑踏が車中に響く。太ももの辺りに何かが触れたような気がしたが、目を上げたときにはもう、彼はきびすを返しながらドアを閉めるところだった。 
 俺は自分のスマートフォンをきつく握りしめる。 

 ――俺は壊れもんじゃねぇんだぞ!ッ 心配なら心配って言え、バカ! あんな言葉で素直に帰る気になるわけがねぇだろう!! 

 ……もしかしなくとも俺、奴に甘えてんのかも知れねぇな。 
 あの年下のバカ野郎に? 
 仕事と個人感情の区別も付かないような野郎に? 
 くそ。 
「サイテーだ……」 
 何が最低って、一番は俺に決まってるが。 

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