17 / 29
無茶の代償
しおりを挟む「山崎さん」
いつの間にか車のエンジンを切ってしまっていたらしい。むっとする暑さの中で目を覚ますと、車窓に貼り付いた南野が執拗に窓ガラスをノックしていた。
時計はすでに――六時半を指している。
やべ、十分過ぎてる。
欠伸を噛みながらエンジンをかけて、窓を開けた。途端に冷たい空気が流れ込んでくる。
「悪い、見張りの交代の時間、過ぎてたな。柳はどこにいる?」
「――――」
この三日間、いくら注意しても休もうとしない南野の目元にはうっすらとクマが浮かんでいる。無表情の部下はほとんど真上から俺を見下ろして、目を背けながら額の辺りを掻いた。
「どうしてあなたがここに居るんです?」
「あ? ……どうしてって、柳と水野さんが尾行の手が足りないって言うから、応援に来たんだろうが。ちょうど帰るところだった――」
「今日は病院でしょう」
病院?
慌てて手帳を確かめれば、確かに、予約が入れてある。
忘れてた。
南野は大仰にため息をつく。
「……なにやってんですか。主任のあなたが俺に私事の面倒まで見ろっていうんじゃないでしょうね? この現場だって、確かに人手は必要ですけど、何もあなたじゃなきゃいけないってことはないんですよ。他にバイトでも誰でも居るでしょう」
そういえばこいつは今日、事務所で信用調査の報告書を仕上げているはずだった。わざわざ事務所からここに来たのか?
俺は車のドアを開けて窓を閉めると、寝乱れた髪を適当に撫でつけた。渋谷とは言っても駅から離れているので人通りも少ない。どこからともなく、人のざわめきと車のエンジン音は聞こえてくるが。
「……お前だから言うけどな、南野」
「なんです」
「見張りくらいからやらねーと、俺の勘、鈍ってんだよ。ここなら水野さんもいるしちょうどいいんじゃねーかなって。いきなり主任に戻ったって、うまくやれないような気がしてな」
「……あなた、バカだろう」
絶対にコイツは口が悪すぎる。
思わず睨み付ければ、南野は懐からスマートフォンを取り出し、事務所に連絡を取った。俺達が居る渋谷に人を回すよう手配して電話を下ろす。いきなり俺の腕を掴み、車中から引きずり出した。
ドアを閉める。
なんて乱暴な野郎だ、俺が紙なら風圧で吹っ飛ぶぞ。
だが睨み付けても南野は顔色一つ変えやしねぇ。
普通だったら、と吐き捨てる。
「仕事よりもまず身体でしょうが。頭なんですよ? それも打っただけじゃない、骨まで折ってんですよ? 退院したって健常体じゃないんです。安静にしてなきゃならないのはバカだってわかることでしょうが」
「だがな、少しずつ仕事もしなきゃ」
「あぁ、すみませんでしたね。わからないからあなたはバカ以下なんでしたっけね。そうでしたよね」
この、くそったれめ。
俺はいつまでてめぇの毒舌に耐えなきゃならねぇんだ!
「!」
恐らく蹴りを予測できなかったのだろう、俺が踏み込んで腹部に膝を叩き込むと、南野は反射的に膝をあげて辛うじて防御した。ぶち当たった膝のしびれが脳まで突き上げる。一応つながりはしたものの、衝撃に弱い骨折部分に直接響いた。吐き気はなかったが頭が割れるように痛んで、俺はその場にしゃがみ込んだ。
「山崎さん!?」
「……うわ、痛てぇ」
「な、何してるんですか! そんな身体で無茶を――」
「触わんな!」
背中を抱こうとした手を振り払った。
「俺は壊れもんじゃねぇんだぞ!ッ 心配なら心配って言え、バカ! あんな言葉で素直に帰る気になるわけがねぇだろう!!」
「――山崎、さん」
あぁ、叫ぶと酸欠みたいな目眩がする。車に背中を押しつけ、頭を抱えながらじっと堪えてた。――畜生め。このところは調子がよくて頭痛もほとんど無くなってたのに。
「……病院に行きますか?」
喋るのにも、気力が必要だった。
「いらねぇーよ。……家に帰れば平気だ」
「ですが、その調子では家にも帰れないでしょう。車の振動も悪いかも知れません。しばらくここで収まるまで待ったらどうですか」
南野が本気で心配しているのは声の調子でわかった。あたたかい手が肩を支える。俺はなんだか毒気を抜かれて、後部席のドアを開けて中に入り込むと、鞄や着替えなどを押しのけて座席の上で丸くなった。あぁ、……痛てぇ。頭が割れるんならいっそのこと割れちまってくれ――。
「柳にはオレが伝えてきます。今は休んでください。すぐに戻りますから、待っていてくださいよ」
南野は自分の上着を脱いで俺の肩にかけると、人の上着を探ってスマートフォンを探し出した。俺の手に握らせる。
「携帯を持っていきます。ひどくなったら連絡を下さい」
「……南、野」
「なんですか?」
何を聞こうとしたのか、忘れちまった。
ぎこちなく手を振った。
「悪い」
数秒、南野は突っ立ったまま、俺を見下ろしていたようだった。渋谷の雑踏が車中に響く。太ももの辺りに何かが触れたような気がしたが、目を上げたときにはもう、彼はきびすを返しながらドアを閉めるところだった。
俺は自分のスマートフォンをきつく握りしめる。
――俺は壊れもんじゃねぇんだぞ!ッ 心配なら心配って言え、バカ! あんな言葉で素直に帰る気になるわけがねぇだろう!!
……もしかしなくとも俺、奴に甘えてんのかも知れねぇな。
あの年下のバカ野郎に?
仕事と個人感情の区別も付かないような野郎に?
くそ。
「サイテーだ……」
何が最低って、一番は俺に決まってるが。
0
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とスタッフ達とBL営業をして腐女子や腐男子たまに普通のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
タトゥーの甘い檻
マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代)
どのお話も単体でお楽しみいただけます。
「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」
真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。
それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。
「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。
アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。
ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。
愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。
「……お前のわがままには、最後まで付き合う」
針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。
執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる