ある探偵の独り言

イケウタ

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三本の電話

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 楢崎探偵事務所に勤めて記念すべき十回目の謹慎、もう慣れちまって、やるべきことも決まってる。
 三日間ということなので、帰宅がてらスーパーに寄り、部屋にこもれるだけの食材を買い集めた。今回は誰の差し入れも期待できない。酒を買い漁りたい誘惑と二十分ほど戦って、アルコール類は何も買わず、家に戻る。
 斉藤からスマートフォンに連絡があったのは、一日目の夜だった。
 俺はだらしなくソファに横になっていた。
「……斉藤か?」
『主任、聞いたわ。柳君にも困ったものねぇ。それで山崎主任、これで何度目の謹慎なのかしら?』
「十回目だよ。誰も祝ってくれねぇだろうけどな」
 思わず鼻で笑うと、斉藤は合わせたように少しだけ笑って、すぐに声を潜めた。
『水野さんとか三宅ちゃんとか、堀内さんも南野さんも、みんな心配してたわ。大槻君は、まぁ、いつもと変わらなかったけど。みんなの代表で電話しているの。お願いだから自暴自棄にならないで、ちゃんとここに戻ってきてね。……悪いけど、渡辺さんの下でだけは、働きたくないから』
「嫌われたもんだな、渡辺も」
『お願いよ、主任、話を逸らさないで。……ちゃんと戻ってきてくれるわよね?』
 心細そうな声だった。思わずソファの上で身を起こしてみたが、すぐには答えられず、唇を噛む。
『すぐに答えてなんて言わないけど、ちゃんと戻ってきてね、主任』
 強引さはまさしく斉藤のものだったが、声は今まで聞いたことがないほど優しく、女っぽかった。おい斉藤、いつもこんな調子だったら、俺、お前に惚れてたかも知れないのにな……。
 胸が詰まって、熱くなった目頭を指先で押した。
 固めたはずの決心がもろくも崩れていく。俺は胸の辺りのシャツを握りしめ、たっぷり五分ほど沈黙してから、二度の咳払いで湿り気を振り払った。
「あぁ、謹慎十回を超えた情けない主任だが、必ず戻るよ。渡辺から斉藤えり子に殴られたせいで逆恨みなんてされたくねぇしな。……三日間、よろしく頼むな。みんなに礼をいっといてくれ」
『えぇ、伝えておくわ。それじゃ三日後に会いましょうね』
 二本目の電話はなんとも奇妙だった。
『あー、山崎か?』
 宗田さんが俺のスマートフォン番号を知っているとは、予想外だった。
 謹慎二日目の昼。
 ちょうどインスタントラーメンを作っている最中だった。
「……えぇ、その、宗田さんですか?」
『もちろん私だ。柳からお前が辞めるんじゃないかってさんざ、バーで愚痴を聞かされたんだ。辞めるとは言わないな? 楢崎がそんなことを言ってたがもちろん嘘に決まっている。私は信じているぞ、山崎。お前は私を失望なんかさせないだろう』
 この人は、ホントに……もう。
 斉藤の時とは一転して、俺は思わず笑い出してしまった。
「あなたを失望させたらなんか仕返しされそうですね。えぇ、辞めません。柳には安心しろって伝えてください。どうもすみませんでした」
『それでこそ山崎だ、さすがだよ。柳には間違いなく伝えておく。ただまぁ、渡辺を殴る気になったら呼んでくれ。立ち会ってお前の弁護をしてやるよ』
「えぇ、じゃぁそれもついでにお願いしておきましょう。宗田さん、期待してますよ」
『任せておきたまえ。ではな』
 渡辺、ね。
 鋭い人だとにやにやしていたら煮すぎてラーメンがのびた。半どほど食べてみたが、それ以上は食べられず、勿体ないが捨てた。――宗田さんが関わるとどうも俺のツキは徹底的に無くなるらしい。
 三本目の電話は三日目の深夜だ。
 俺はもう寝ていて、スマートフォンを探すのに手間取り、手に取った時には切れていた。
 着信表示に『南野』の二文字。
 かけ直そうと番号を表示させたが、発信のボタンを押せず、俺はしばらくスマートフォンを睨み付けていた。暗がりの中でスマートフォンの光は眩しくて見ているうちに涙が出てくる。指先で拭い、枕にうずうずと顔を埋めた。
 ――俺はたぶん、奴に過分な何かを押しつけているんだろう。それはわかっていた。補佐としても、仕事場の同僚としても、いつも取るべき一線を越えて接してしまう。
 恩人だからと恩を着せる気もない、縛る気もない。ただ奴のことになると、俺はいつも度を超えてしまうのだ。庇うのも叱るのも情が入ってしまって、過剰になる。
 そう、きちんと言葉にするなら、……俺は奴が可愛いのだ。血のつながりはまったくないが、まるで自分の弟のように、ついついかまい過ぎてしまう。こんなことになるまで距離を取ろうと思ったことすら無いかも知れない。
 南野が嫌がる素振りを見せなかったことも要因だが、俺と奴の関わりが中学生と大学生から始まっていることも大きいのだろう。当時の関係を未だに引き摺っていて、断ち切れないでいる。
 以前の俺たちにはそれがほどよい距離だったのかも知れないが、今の俺には、どうも荷が重い……。
 出られなかった深夜の電話。
 お前は俺を引き留めようとしてくれたんだろうか? そうならいいと、どこかで願っている俺がいた。だがどこかで逆であって欲しいと考える俺がいる。相反する想いを抱えながらぼんやりと夜の闇を睨み付けた。
 なんだか左手首が熱いような気がして、右手で握りしめ、身体を丸める。
 その晩はそのまま、眠ってしまった。

 ――後々、電話を掛け返すべきだったと悔いるが、あとの祭り。
 俺の知らない間に事態は勝手に動き始めていた。

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