19 / 29
三本の電話
しおりを挟む楢崎探偵事務所に勤めて記念すべき十回目の謹慎、もう慣れちまって、やるべきことも決まってる。
三日間ということなので、帰宅がてらスーパーに寄り、部屋にこもれるだけの食材を買い集めた。今回は誰の差し入れも期待できない。酒を買い漁りたい誘惑と二十分ほど戦って、アルコール類は何も買わず、家に戻る。
斉藤からスマートフォンに連絡があったのは、一日目の夜だった。
俺はだらしなくソファに横になっていた。
「……斉藤か?」
『主任、聞いたわ。柳君にも困ったものねぇ。それで山崎主任、これで何度目の謹慎なのかしら?』
「十回目だよ。誰も祝ってくれねぇだろうけどな」
思わず鼻で笑うと、斉藤は合わせたように少しだけ笑って、すぐに声を潜めた。
『水野さんとか三宅ちゃんとか、堀内さんも南野さんも、みんな心配してたわ。大槻君は、まぁ、いつもと変わらなかったけど。みんなの代表で電話しているの。お願いだから自暴自棄にならないで、ちゃんとここに戻ってきてね。……悪いけど、渡辺さんの下でだけは、働きたくないから』
「嫌われたもんだな、渡辺も」
『お願いよ、主任、話を逸らさないで。……ちゃんと戻ってきてくれるわよね?』
心細そうな声だった。思わずソファの上で身を起こしてみたが、すぐには答えられず、唇を噛む。
『すぐに答えてなんて言わないけど、ちゃんと戻ってきてね、主任』
強引さはまさしく斉藤のものだったが、声は今まで聞いたことがないほど優しく、女っぽかった。おい斉藤、いつもこんな調子だったら、俺、お前に惚れてたかも知れないのにな……。
胸が詰まって、熱くなった目頭を指先で押した。
固めたはずの決心がもろくも崩れていく。俺は胸の辺りのシャツを握りしめ、たっぷり五分ほど沈黙してから、二度の咳払いで湿り気を振り払った。
「あぁ、謹慎十回を超えた情けない主任だが、必ず戻るよ。渡辺から斉藤えり子に殴られたせいで逆恨みなんてされたくねぇしな。……三日間、よろしく頼むな。みんなに礼をいっといてくれ」
『えぇ、伝えておくわ。それじゃ三日後に会いましょうね』
二本目の電話はなんとも奇妙だった。
『あー、山崎か?』
宗田さんが俺のスマートフォン番号を知っているとは、予想外だった。
謹慎二日目の昼。
ちょうどインスタントラーメンを作っている最中だった。
「……えぇ、その、宗田さんですか?」
『もちろん私だ。柳からお前が辞めるんじゃないかってさんざ、バーで愚痴を聞かされたんだ。辞めるとは言わないな? 楢崎がそんなことを言ってたがもちろん嘘に決まっている。私は信じているぞ、山崎。お前は私を失望なんかさせないだろう』
この人は、ホントに……もう。
斉藤の時とは一転して、俺は思わず笑い出してしまった。
「あなたを失望させたらなんか仕返しされそうですね。えぇ、辞めません。柳には安心しろって伝えてください。どうもすみませんでした」
『それでこそ山崎だ、さすがだよ。柳には間違いなく伝えておく。ただまぁ、渡辺を殴る気になったら呼んでくれ。立ち会ってお前の弁護をしてやるよ』
「えぇ、じゃぁそれもついでにお願いしておきましょう。宗田さん、期待してますよ」
『任せておきたまえ。ではな』
渡辺、ね。
鋭い人だとにやにやしていたら煮すぎてラーメンがのびた。半どほど食べてみたが、それ以上は食べられず、勿体ないが捨てた。――宗田さんが関わるとどうも俺のツキは徹底的に無くなるらしい。
三本目の電話は三日目の深夜だ。
俺はもう寝ていて、スマートフォンを探すのに手間取り、手に取った時には切れていた。
着信表示に『南野』の二文字。
かけ直そうと番号を表示させたが、発信のボタンを押せず、俺はしばらくスマートフォンを睨み付けていた。暗がりの中でスマートフォンの光は眩しくて見ているうちに涙が出てくる。指先で拭い、枕にうずうずと顔を埋めた。
――俺はたぶん、奴に過分な何かを押しつけているんだろう。それはわかっていた。補佐としても、仕事場の同僚としても、いつも取るべき一線を越えて接してしまう。
恩人だからと恩を着せる気もない、縛る気もない。ただ奴のことになると、俺はいつも度を超えてしまうのだ。庇うのも叱るのも情が入ってしまって、過剰になる。
そう、きちんと言葉にするなら、……俺は奴が可愛いのだ。血のつながりはまったくないが、まるで自分の弟のように、ついついかまい過ぎてしまう。こんなことになるまで距離を取ろうと思ったことすら無いかも知れない。
南野が嫌がる素振りを見せなかったことも要因だが、俺と奴の関わりが中学生と大学生から始まっていることも大きいのだろう。当時の関係を未だに引き摺っていて、断ち切れないでいる。
以前の俺たちにはそれがほどよい距離だったのかも知れないが、今の俺には、どうも荷が重い……。
出られなかった深夜の電話。
お前は俺を引き留めようとしてくれたんだろうか? そうならいいと、どこかで願っている俺がいた。だがどこかで逆であって欲しいと考える俺がいる。相反する想いを抱えながらぼんやりと夜の闇を睨み付けた。
なんだか左手首が熱いような気がして、右手で握りしめ、身体を丸める。
その晩はそのまま、眠ってしまった。
――後々、電話を掛け返すべきだったと悔いるが、あとの祭り。
俺の知らない間に事態は勝手に動き始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とスタッフ達とBL営業をして腐女子や腐男子たまに普通のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
タトゥーの甘い檻
マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代)
どのお話も単体でお楽しみいただけます。
「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」
真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。
それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。
「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。
アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。
ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。
愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。
「……お前のわがままには、最後まで付き合う」
針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。
執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる