ある探偵の独り言

イケウタ

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説明する言葉がない

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「お前、退院してからずいぶんと腑抜けてるな。謹慎は応えたか?」
 所長の眼力はだませない。
 俺が弱々しく苦笑すると、所長はそれまで浮かべていた笑みを引っ込めた。
「まぁ、いいんだ。柳の件はお前だけの責任じゃない――主任としてお前に責任を取ってもらったが、お前はちゃんとやってる、やってきた。業務に支障は何もないし不満は何も出てない。お前が腑抜けてんのは南野の監視についてだ。何があったのか知らないが、奴の紐を、お前はいつから手放しているんだ?」
「――――」
 そうか。
 夜の十時に直々に呼び出される理由といったらそれくらいしか思いつけなかったが、どうやら案の定、だったようだ。
 三日間の謹慎が明けて一日目――今日の午後五時半、俺が帰る直前、南野は目元に濃い疲労を刷いて煙草をくわえながら書類を見ていた。一度も俺を見ることもなく「さようなら」なんて言いやがった。
 あの時から、嫌な予感はしていたんだ。
 ――以前なら間違いなく、南野を連れて強引に帰っただろうに。
 俺は奴を危険にさらしたのか?
「……所長、南野は大丈夫なんですか?」
「あぁ。幸いなことにな。相手は腕の骨折だ。どうやら奴をつけ回していた男と揉めて、通行人が警察を呼んだから大事になっただけらしい。相手も堅気じゃなさそうだからな、警察が介入ってことにはならんだろう」
「今は病院ですか?」
「幸いと言ったのが聞こえなかったか?」
 聞こえていた。だから黙った。



 所長は指先をデスクの上で踊らせて、拳を作る。最低の仕草。これが始まると間違いなく誰かが処分を受ける。いつもは誰を処分するのかと冷や冷やするが、……今回は簡単だった。
 俺か。
「奴はな、お前に来るなと言ってる」
「――――」
「お前、何やってる。南野の面倒見るつったのはお前だぞ? そのお前が嫌われてどうするんだ」
「……すみません」
「謝って済む問題か、バカ。南野を探偵の道に引き入れたのはお前だろうが。奴には他の道もあった――だがな、南野はお前の誘いに応じて、もっと端的に言えばお前を信じてうちの事務所に来たんだぞ。お前が南野を見てやらないで誰が見るんだ。――奴は、家族に縁、切られてるんだろう」
 南野にはお前しか居ないんだと言われているのがわかって、俺はうつむくことしかできなかった。
 言い訳はない。
 ――言えるはずもなかった。
 所長は俺の顔を穴が開くほど凝視したあと、おもむろに椅子へと寄りかかって、指先で額を叩いた。ぎしりと高級そうな椅子を軋ませながら細く息を吐く。
 流れていく時間の一秒一秒が突き刺すように痛かった。
「なぁ、山崎。お前と南野の間に、普通じゃあり得ないような何かがあるのはわかってる。南野のお前に対する執着は半端じゃないからな。あの、……依頼人の腕を折った時はどうなるかと思ったが、お前の事件の前まではほどほどに安定してたじゃないか。一体、何があったって言うんだ? なんで奴はあんなに自暴自棄になってる?」
「…………」
「どうした、俺にも言えないことか」
 言ってしまえたら、きっと楽になる。全部が解決しなくとも楽になる気がする。だが俺には、自分の取るに足らない自尊心を傷つけてまで、今までのことをぶちまけることは出来そうになかった。
 ――いや、違う。
 改めて奴のと関係を説明する言葉が、どこにも見あたらないのだ。
 互いにいい年をして金もあるのに、まるで手近ですませるのが楽とばかりにセックスして、記憶ははっきりしていないが、俺は理由を聞くこともなく南野に抱かれてやってような気がする。
 それも時には俺からキスまでしてやって、バカ正直に股なんて開いてやって。
 もちろんそこにあるのは愛なんかじゃない。時には近いものを抱きはしたが、俺はどう足掻いても奴を恋愛対象として見られなかった。奴は俺にとって守るべきものだ。社会的な負い目のある子供で、人を殺したことを後悔しながら、素直に出すことも出来ないバカ野郎だった――それだけ、本当にそれだけのはずだった。
 なんで奴は俺を抱いたんだ?
 なんで俺は奴に抱かれてたんだ?
 それも一度だけじゃなく、何度も何度も、時には恋人同士みたいにじゃれ合いながらセックスして、満ち足りたような顔をして。
 もしかしたら奴は理由を言ったかも知れない。俺はそれを忘れているだけなんだろうか? それとも、俺が奴に何かを言ったのか? 抱き合うような理由が生まれるような何かを?
 だとしたらどうして南野はそれを言わないんだ? 一言いえばいいだけじゃないか。あなたと俺は付き合っている、とでも何とでも。その一言さえあれば、今この瞬間、俺はお前と違う付き合いが出来ていたかも知れないのに。
 それもなくて、記憶の中でよくわからないままに抱かれて、……その果てに八つ当たりされたって、俺にはどうしようも出来ないさ、南野。
 お前は俺をどうしたいんだ……?
 お前は俺の何なんだ。
 南野。


「山崎!」
 吠えるような大声で名前を呼ばれて、俺は思考の泥沼から這い上がった。弾かれたように顔を上げれば所長は苦虫を噛み潰したような顔で細巻きを噛んでいる。
 もと刑事の男は吸い口の潰れたそれを、乱暴に灰皿へと押しつけた。
「もうダメなのか、お前らは」
「…………」
「山崎、お前はもう、奴とやれないのか?」
「――俺は」
 俺は。
 噛んだ唇が、痛い。
 今までのツケが全て回ってきたのがわかった。
 ――奴との、すべてが。
 なんであんなことをされてまで南野との縁を切れないのか、それは心のどこかでずっと気にかかっていたことだった。だけど、今までの俺にはたぶん理由らしい理由など要らなかった気がする。
 あえて理由付けする必要なんか無いほど、俺は奴をわかってやれていたのかも知れない。今のこの胸に、記憶にないだけで、奴がそんなことをする理由をおぼろげながらに知っていたのかも知れない――。
 畜生。
 何が違うってんだ?
 俺は顔を伏せて唇をかみ続けた。
 ホントに何が違うんだよ? 記憶を無くす前の俺と、今の俺と。何が違っているんだ? 南野。俺の意志など関係なく抱き続けたお前と、俺が記憶を無くしただけで避け続けるお前と。
「……山崎」
 困惑を浮かべて、呼ぶ声に顔を上げた。
 表情を取り繕う余裕もない。
 震える指先を背中で手を組むことで隠した。
「所長、……俺は、南野ときちんと話し合います。奴にその気がなくとも話し合わなきゃならない気がします」
 しばらく黙り込んで、所長は俺の顔を刑事の目で観察していた。
 自分がどんな顔をしているのか俺にはよくわからなかった。ひどく情けないだろう、ということを除いて。
「――わかった」
 長い長い沈黙の果てに所長はあごをひく。
 そして、南野は自宅にいると、言った。
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