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出会篇
出逢い
しおりを挟む傅は、金が底をつく音に慣れていた。
財布の中身を指で確かめる癖は、十八の頃から変わらない。
募集をかけたのは、衝動だった。
どうせまた、醜い欲のぶつけ合いの繰り返し。
そう思っていた
玄関に立っていた男――鷹宮幸雄は、想像よりずっと静かな男だった。
くたびれたスーツに、姿勢だけは崩れていない不思議な男だった。目の奥には、長年の不眠が沈んでいる。
「……入りますか」
傅が言うと、男は小さく頷いた。
部屋に入っても、鷹宮はすぐには触れなかった。
視線を彷徨わせ、まるで居場所を測るように椅子に腰を下ろす。
傅は違和感を覚えた。
欲を急がない客は、逆に厄介なことが多い。
「条件、先に言います」
いつもの台詞を口にしかけて、傅は言葉を止めた。
鷹宮の手が、膝の上で固く組まれているのが見えたからだ。
「……今日は」
自分でも驚くほど、声が鈍った。
「やめときませんか」
鷹宮は一瞬、息を詰めた。
それから、傅を見上げる。
「……頼む」
低く、掠れた声だった。
「今日は……誰かに、触れてほしい」
傅の胸に、嫌なざわめきが走る。
それは仕事の領域を越える言葉だった。
断るべきだ。
そう思ったはずなのに、体が動かなかった。
「……分かりました」
準備を始めた傅は、途中で気づく。
鷹宮が、主導権を取ろうとしないことに。
「……そっち、なんですか」
問いかけに、鷹宮は目を伏せ、ゆっくりと頷いた。
傅は一瞬、言葉を失った。
抱く側。
それは彼にとって、久しぶりすぎる役割だった。
胸の奥が、妙にざわつく。
仕事なのに、手順が頭から抜け落ちていく。
久しぶりの行為にひどく緊張しているようだった。
鷹宮は何も言わず、ただ傅の気配を待っていた。
拒まれる覚悟も、受け入れる覚悟も、どちらも同じ顔で。
「……力、抜いてください」
傅の声は、自分でも驚くほど静かだった。
その夜、傅は初めて思った。
――この男は、金で片付けてはいけない気がする。
一方、鷹宮もまた、心の奥で同じ違和感を抱えていた。
欲を満たすために来たはずなのに、
ここでは「役割」を求められていない。
それは、彼が人生で一度も与えられなかった感覚だった。
夜が終わる頃、
二人はほとんど言葉を交わさなかった。
だが、別れ際。
「……また、来てもいいですか」
鷹宮の問いに、傅は少しだけ迷ってから答えた。
「……気が向いたら」
その曖昧な返事が、二人の関係を“仕事”から逸脱させる第一歩になることを、
このときはまだ、どちらも知らなかった。
続く
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