夜明けを待つ鳥

世夜美沢よよ子

文字の大きさ
2 / 7
出会篇

しおりを挟む
朝が来る前の時間帯が、いちばん信用できない。
夜でも朝でもない、どちらにも属していない時間。
その曖昧さが、頭の中を掻き回す。

財布を開く。
中身を数える。
指で札の端を揃え、向きを揃え、もう一度数える。

足りている。
今日を越える生きていける分は、ある。

それでも確認をやめられない。

十八幼いの頃から、ずっとそうだ。
金があるかどうかは、生きていていいかどうかと直結している。

昨日の夜のことを思い出す。
思い出さないようにしているのに、勝手に浮かんでくる。

鷹宮幸雄たかみやゆきお
静かな男だった。
値段を聞く前に、こちらの顔色を窺うような目をしていた。

ああいう客は、
経験的に、分かっている。

それでも、断れなかった。

親の顔が、ふと脳裏をよぎる。
期待、期待、期待。
それに応えられなかった自分。

「育ててやった」
「投資した」

そう言われ続けてきた。
なら返せるものは何かと考えた時、
最初に浮かんだのが、金だった。

成果じゃない。
肩書きでもない。
ただの、数値。

これだけ稼いだ。
これだけ生きた。
それだけで、存在を主張できる気がした。

体を売ると、金が手に入る。
同時に、妙な高揚がある。

生きている。
今、確かに生きている。

欲しがられ、消費され、
その代わりにを受け取る。

それがになったのは、いつからだろう。

胸が詰まり始める。
息が浅くなる。
発作の兆し。

数を数えろ。
一、二、三……。

指先に意識を集中する。
札の感触を思い出す。
あの、乾いた紙の重さ。

――金があれば大丈夫だ。

そう思い込もうとする。

でも、昨日の夜は違った。
鷹宮は、金を払う側のくせに、
まるでこちらに値段を委ねるみたいだった。

それが、怖かった。

金で完結しない関係は、
何を差し出せばいいのか分からない。

呼吸が乱れ、視界が狭くなる。
布団に潜り込み、体を丸める。

俺は、金を得ることでしか、
「自分で何かを返した」と思えない。

くさりに。
世界に。
そして、自分自身に。

なのに、
金だけじゃ足りない瞬間が来てしまった。

発作が引いていく。
代わりに、疲労が残る。

朝焼けが、カーテンの隙間から差し込む。
財布を閉じる。

……また、会ったら。
金じゃない何かを、求められたら。

その時、俺は何を差し出すんだろう。

夜明けを待つ鳥は、
まだ金の重さでしか、自分を測れない。

つづく
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

ケ・セラ・セラ

世夜美沢よよ子
BL
雨上がりの空に、虹が架かった日。 若い兵士・高木伍長は、ひとりの上官に恋をした。 吉田傳中尉。 無駄を削ぎ落とした所作と、感情を表に出さない静かな男。 戦時という極限の中で、彼は「判断する側」として生きていた。 高木の恋は、告白ではなく「共有」から始まる。 空の色、夜の会話、意味を持たないはずの言葉。 ——なるようになる。 それは、慰めでも希望でもない、ただ受け入れるための言葉だった。 二人の距離は、近づくことも遠ざかることもなく、 規律と沈黙の中で、確かに存在していく。 やがて下される、ひとつの決定。 それが誰の人生を、どこへ運ぶのか。 選ぶ者と、選ばれる者。 伝えられなかった言葉と、届いてしまった声。 これは、 戦場で結ばれることのなかった恋の物語であり、 それでも消えずに残り続けた感情の記録である。 虹は、理由を持たない。 けれど、人はそこに意味を見出してしまう。 ——その日、恋は始まり、 そして、終わりの方角へと歩き出した。

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

イケメン大学生にナンパされているようですが、どうやらただのナンパ男ではないようです

市川
BL
会社帰り、突然声をかけてきたイケメン大学生。断ろうにもうまくいかず……

またのご利用をお待ちしています。

あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。 緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?! ・マッサージ師×客 ・年下敬語攻め ・男前土木作業員受け ・ノリ軽め ※年齢順イメージ 九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮 【登場人物】 ▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻 ・マッサージ店の店長 ・爽やかイケメン ・優しくて低めのセクシーボイス ・良識はある人 ▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受 ・土木作業員 ・敏感体質 ・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ ・性格も見た目も男前 【登場人物(第二弾の人たち)】 ▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻 ・マッサージ店の施術者のひとり。 ・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。 ・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。 ・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。 ▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受 ・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』 ・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。 ・理性が強め。隠れコミュ障。 ・無自覚ドM。乱れるときは乱れる 作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。 徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。 よろしくお願いいたします。

処理中です...