夜明けを待つ鳥

世夜美沢よよ子

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出会篇

鷹宮幸雄と言う男

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鷹宮幸雄は、長いあいだ「」を生きてきた。
少なくとも、そう振る舞ってきた。

親の望む進路。
親の望む結婚。
親の望む「安定」。

それらを拒まなかったのは、従順だったからではない。
反発するほどの情熱すら、削がれていたからだ。

妻は、よくできた人だった。
世間体を保ち、場を荒らさず、彼の欠落を言葉にしなかった。
その沈黙が、彼を否定しているようで、同時に守ってもいた。
彼女となら自分を隠していてもずっと共にいられる気がした。

「あなたは、何も欲しがらない人ね」

その一言が、ずっと胸に刺さっている。


ただ、それを口にする術を知らなかった。

傅と初めて向かい合った夜、
鷹宮は奇妙な安堵を覚えた。

値段がある関係。
役割が明確な接触。

それなのに、傅の指先が触れた瞬間、
彼の中で長年押し殺してきた感覚が、静かに目を覚ました。

求めているのは身体なのに、
触れられているのは心のほうだった。

否定されない。
測られない。
「こうあるべき」という視線がない。

傅の体温は、仕事として差し出されているはずなのに、
そこには確かな“受け入れ感情”があった。

背に回された腕。
呼吸が重なる距離。
触れ合うたび、鷹宮は自分がここに存在していると実感した。

欲していい。
感じていい。
それだけで、が満たされていく。

終わったあと、
傅が何も言わずに視線を逸らした瞬間、
鷹宮は言いようのない喜びを覚えた。

踏み込まれなかったことへの安堵。
同時に、踏み込めなかった自分への悔しさ。

家に帰れば、
整えられた生活と、穏やかな否定が待っている。

だが、あの夜だけは違った。

誰かの期待ではなく、
役割でもなく、
ただ“欲される存在”として扱われた。

それが、こんなにも救いになるとは思わなかった。

鷹宮はまだ、反発の仕方を知らない。
愛し方も、乞い方も分からない。

それでも――
あの静かな夜を思い出すたび、
自分がまだ、壊れていないと信じられる。

つづく
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