白髪、老け顔、草食系のロマンスグレーですが、何でしょうか、お嬢さん?~五十路男、執事喫茶で無双始めました~

だぶんぐる

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34話 五十路、頼る。

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「なるほど、ご予約は正午お坊ちゃんが……」
「そうなんです。予約を取らされてるんですかね、真昼お嬢様に」
「緋田さん、思い込みはいけませんよ。フラットに状況を見ましょう」
「は、はい!」

緋田さんに予約について調べてもらうと、毎回お二人で来られていて、予約は正午お坊ちゃんということでした。

確かに、お席の二人を見ると、真昼お嬢様が正午お坊ちゃんに予約をとらせたように見えても仕方ないでしょう。

今も、真昼お嬢様が、正午お坊ちゃんの一挙手一投足に対し厳しく注意してらっしゃいます。私はその様子を見ながらお二人の元へ向かいます。

「失礼します」
「ありがとう。正午見なさい。貴方が憧れたこの人の動き。これが出来ると本当に思ってるの? 何気なくやってるでしょう? ふざけてるわよ」
「た、確かに……」

いえ、ひとつもふざけているつもりはないんですが、何か間違っていたのでしょうか。
正午お坊ちゃんにも同意されてしまいました。

「マナーを一から学びなおした方がいいわ。今のあなたは全然ダメよ」
「う、うん……」

眉間に皺を寄せ睨みつける真昼お嬢様と困ったように笑う正午お坊ちゃん。
これは、いけませんね……。

「では、マナーのお勉強をしましょうか。マナーといえるものがいつ誕生したかご存じですか?」
「貴族社会が始まった頃じゃないの?」
「ぼ、僕も同じです」
「同じ? はあ~」

真昼お嬢様の大きな溜息を見て、正午おぼっちゃんが恥ずかしそうに俯きます。
いけません、それではいけないのです。

「マナーの歴史は長く4000年前、紀元前2500年ごろエジプトの指導書にこうあったそうです『人々と食事をする時には目上の人に従いなさい』『皆が笑う時には、あなたも笑いなさい』『食事の席では決して自己主張することなく、上に立つ人の見方で物事を見なさい』と」
「へえ」
「そ、そうなんですね」

私の調べたところによるとこれが最も古いものでした。
マナーというものがいかに重要で必要とされているかよく分かる話だと思います。

「では、そんな歴史あるマナー。沢山の決まり事やるべきこと、やってはいけないことが生まれてきたことでしょう。ではそんなマナーの中で最もやってはいけないことはなんでしょうか。私は、何もしないこと。もしくは、食事の場などで席につかないことだと考えます」
「まあ、そうね。マナーは思いやり。何もしないのは、思いやりとはいえないわよね」
「何もしない……」

うんうんと頷く真昼お嬢様と、繰り返し呟く正午お坊ちゃん。
では、そろそろ、私の、白銀に与えられたお仕事をしましょうか。

「では、お二人席につきましょうか」
「「は?」」

お二人が流石双子息の合ったシンクロした動きでこちらを向かれます。

「何言ってるの? 席についているでしょ? 目が悪いどころじゃないわよ?」
「ちょっと、真昼。でも、白銀さん、本当にどういう意味ですか?」
「そうですね、少し端折り過ぎてしまいましたね。……では、ちょっとお話を聞かせて下さい。お二人の仲はよろしいのですか?」
「はあ? 良いように見える? 私がこの子にどれだけ苛々してたか見てた?」
「真昼」

私の質問に、真昼お嬢様が不機嫌そうにお答えになります。正午お坊ちゃんが諫めようとしますがその手を振り払います。
なるほど。

「お嬢様質問を質問で返してはいけませんよ。良いのですか悪いのですか」
「……! 悪いのよ! もう、完全に! 悪いの! 最悪に! だから、なんで私を連れてこようとするか意味も分かんない」
「真昼」

歪んだ笑いを浮かべる真昼お嬢様と、泣きそうな正午お坊ちゃん。
いけません。やはり、いけません。

「良くするつもりはないのですか?」
「ないわ! 全くない! 此処にだって、親に頼まれなかったら来やしなかったわ! なんなの、あなた! 執事ってそんなプライベートにまで踏み込んでくるの!? 不愉快だわ!」
「真昼、どこに?」
「うるさい」

真昼お嬢様は、鞄を持ってホールを出られます。

「真昼……」
「大丈夫ですよ、恐らくお手洗いでしょう。桃原が付いていますので」

その言葉にほっとした様子を見せる正午お坊ちゃんでしたが、俯いたまま何もしゃべらなくなりました。

無言の時間が流れます。

ここで話しかけるのが本来の執事の仕事でしょう。
ですが、私の仕事は違います。

「白銀……」

沈黙を破り、正午お坊ちゃんが口を開きます。

そして、その後お二人のお話を簡単にではありますが話して下さいました。
最後に正午お坊ちゃんが言った言葉が耳に残ります。

「僕は、真昼に仲良くして欲しいだけなのに」

そして、震える唇から必死に言葉を紡ぎます。

「白銀、この前、言いたかったこと、なんですが……」
「はい」
「真昼を、僕のお姉ちゃんを助けてください……!」

正午お坊ちゃんの縋るような目を見て、私は、

「お断りします」
「……え?」

お断りさせていただきました。
はて? 赤さんが向こうで目を白黒させています。

「な、なぜですか……?」
「坊ちゃん、白銀は怒っています」
「え? 何故?」
「……」

私は口を噤み、坊ちゃんをじいっと見つめます。
坊ちゃんは急に何かに気付いたように、そして、恥ずかしそうに顔を隠します。

「あ……僕、ぜ、全部人任せだった……」

その通り。

頼れるのは良い事です。世の中には頼るということが出来ずにいる人がいくらでもいるのですから。
ですが、それだけではいけません。そして、もう一歩進んでいただかなければいけません。

「良いですか。お坊ちゃんが望む事は何でしょうか?」
「僕が、望む事……それは……」
「ご自身でお考え下さい」

でなければ、恐らく

「……真昼が、笑顔になること」
「笑顔というのは? 今日此処で笑顔になればそれで良いのですか」
「い、いえ、ずっとずっとです」
「私は、真昼お嬢様専属の執事にはなれません」
「……」
「正午お坊ちゃん。正午お坊ちゃんは分かっているはずです。でも、それを躊躇っている。はっきり申し上げます。それは、甘えです」
「……!」
「先ほどの話を覚えてらっしゃいますか? 私の考える最もやってはいけないマナー違反は」
「席につかないこと」
「お付きなさい。席に。テーブルに向かうのです。もう一度聞きます。お坊ちゃんの望む事はなんですか?」
「……ぼ、僕が……。僕が真昼を本当の笑顔にすることです」

私は、その正午お坊ちゃんの出した答えに笑顔で応えます。

そう。私達執事の仕事は、お仕えする方たちの代わりに仕事をするわけでなく、お仕えする人が仕事を成し遂げることを影ながら助ける。直接お手伝いすることや健康面や精神面でのフォローを行う事だと私は思うのです。

「正午お坊ちゃん。その言葉に嘘はありませんね」
「はい!」
「かしこまりました。では、参りましょう。真昼お嬢様の笑顔の為に」

私が、正午お坊ちゃんの手を取り立ち上がろうとすると、千金楽さん達執事の皆さんが並んでこちらを見ていらっしゃいます。

「白銀……そこまでやるんですね? それは貴方にも覚悟は必要ですよ。ある意味、執事の権限を越えることになるんですよ?」

千金楽さんが真剣な目で私を見据えます。
本気の目、本気を問う目。であれば、私も本気を見せねばなりません。

「ええ、覚悟はあります。いえ、いつだって私は全てを懸けてお嬢様、お坊ちゃんを幸せにしたいと考えています」
「そうですか。であれば、お好きにやりなさい」
「え?」

千金楽さんが悪戯っぽく笑います。

「白銀がそこまで言うのです。教育係の私は、私が育てた執事を信じるだけです」
「私達も、同じ仲間を信じるだけです。いえ、私が白銀に任せたのですから。私の目が正しかったと証明してくださいね。そして、この場は私達にお任せ下さいな」

藍水さんが皆さんを見て、そして、私の目を見て頷きます。

「ぜ、全力を尽くしますので、白銀もよろしくお願いしますね!」
「執事たち、いざ、しつじん(出陣)」

緋田さん、緑川さんが私の背中を押してくれます。

「はいはい、貴方達。手と足も動かしなさい。白銀の分を我々で補うのであれば一人1.5倍は働かないと」

お嬢様達のお相手をしていた赤さんがこちらに来て仰います。
いや、その計算だと私が皆さんの四倍近く仕事をしていることになりますよ? ねえ?

うんうんと何故か頷いている皆さん、仲が良くて何よりです。

しかし、私は本当に幸せ者です。こんな素敵な仲間がいるんですからね。

「暫く任せます。必ずお嬢様に幸せを」

「では、皆さん、誠心誠意お嬢様お坊ちゃんにお仕えしましょう」
「「「「「「はい」」」」」」

藍水さんの号令で、私は正午お坊ちゃんを連れて奥へと、皆さんはホールに散っていきます。
さあ、みんなで始めましょう。素敵な時間をお届けする為に。
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