45 / 60
45話 五十路、苛立つ。
しおりを挟む
「この予約の森様というのは?」
「初めてですね。ですが、五人男性でご予約とは珍しいですね」
その日の【GARDEN】は少し静かな始まりでした。
「森様、ご帰宅です。ですが……ちょっと変わった方たちのようで。気を付けてください」
黄河が私と千金楽、黒鶴に話しかけてきます。
そして、緋田と一緒にやってきたのは、
「おーう、ジジイ。いや、白銀だっけか? 久しぶりだなあ」
大きな身体に、見下すような目。以前、南さんに迫った横河さんでした。
隣には、一也さんもいます。カルムはお休みでしょうか。
先日の事があるとはいえお坊ちゃんです。お出迎えいたしましょう。
「お帰りなさいませ、お坊ちゃん」
「おう! 琉偉お坊ちゃんのお帰りだ。おい、今日は俺が主だ。ちゃんと従えよ」
「仕えるのが執事であり、従うかは内容次第です」
「ち。めんどくせえな。主だぞ」
「主だからなんでもやって良いわけではありませんよ。エントランスでお話をちゃんと聞きま」
「あーあーあー、うるせえうるせえ。分かったから席に連れてけ」
琉偉お坊ちゃんは顔を顰め、しっしと手を振り私の話を拒否されました。
そして、南オーナーを見つけると笑って近づいていきます。
「よお、詩織」
「あなた達、なんで……?」
「なんでって? そりゃあ、随分な言い方だな、オーナーさん。俺達も執事に尽くされたくて、なあ?」
琉偉お坊ちゃんが振り返って他のお坊ちゃんに同意を求めています。
お坊ちゃんたちは皆、大きく頷くと琉偉お坊ちゃんは嬉しそうに笑い、
「まあ、そういうわけで今日は楽しませてもらうわ」
南さんを見つめながら、琉偉お坊ちゃんはテーブルへと向かわれました。
南さんは、顔を青ざめさせ、小さく震えているように見えました。
「大丈夫ですか、オーナー」
「え、ええ……でも、どうして?」
「いやがらせ、の可能性はあるでしょうね。以前白銀にこてんぱんにされたことを根に持って。ああ、気にすることはありませんよ。全面的にあちらが悪かったですから」
千金楽がこちらにやってきて、私とオーナーの会話に入ってきます。
「いずれにせよ、まだ本当の所は分かりません。一先ずはいつも通りの対応を」
「千金楽、彼らには私が」
「いいんですか?」
「もし、何かあっても私なら対応できますから」
「……分かりました。では、白銀、お願いしますね」
結論から言うと、千金楽の予想は当たっていました。
明らかに、事前に説明しているルールを理解しないままここに来られ、大声で騒ぐ等嫌がらせに近い行為をし続けていました。
「おい! そこのお嬢様! 俺達お坊ちゃんと一緒におしゃべりしないか?」
「琉偉お坊ちゃん、他のテーブルのお嬢様にちょっかいを掛けてはいけませんよ」
「あん? 別に向こうが良ければいいだろう?」
「では、聞いてまいりますのでお坊ちゃんは礼儀正しく座ってお待ちくださいね」
そして、その声を掛けたお嬢様が、同席を断り、私がその旨を伝えると、
「ああん!?」
「ひ!」
琉偉お坊ちゃんが、お嬢様を睨みつけたので、私は間に入り、琉偉お坊ちゃんに注意させていただきます。
「琉偉お坊ちゃん、他の席のお嬢様を威嚇してはなりません」
「はあ!?」
「琉偉お坊ちゃん?」
「……う、わ、わかったよ」
「次に何かあればすぐに出て行ってもらいます」
「はあ!? 俺達は客だぞ!」
「良いですか。この【GARDEN】は、ルールを守るお嬢様、お坊ちゃんの為の場所です。ルールを守れないのであれば、坊ちゃんの言う『客』、お嬢様お坊ちゃんではない為、お越しいただく必要はありません」
「……わかったよ! ……ち、気分悪い。今日は帰る! おい、行くぞ! 一也!」
その日は、お料理も珈琲にも手を付けずお出かけになられました。
そして、
「よーお、詩織、今日も来てやったぜ」
次の日もその次の日も横河さんはいらっしゃいました。
そして、
「そこのお嬢様! 俺達とお茶どーっすか?」
「お坊ちゃん、他のお嬢様にちょっかいを出すようなら」
「悪い悪い、白銀。そいつはつまみ出すから許してくれ。おい、」
「え? は、はい……」
「いやあ、皆さん、コイツがお騒がせしてすみませんでし、た!」
「ぐげっ!」
「きゃあ!」
奇声を上げたお坊ちゃんを横河さんが殴り飛ばします。お嬢様達から悲鳴が上がります。
「反省しろ。出てけ」
「……うす! 失礼します!」
眉間に皺を寄せ鼻血を流しながら奇声を上げたお坊ちゃんが去って行きます。
「お坊ちゃん、暴力は」
「なあに、ちゃんと身体に分からせてやらないとな。ここまでやったからアイツ許してやってくれよ」
お連れ様が今度は迷惑行為をし、出ていくという事を何度か繰り返し、
「お連れ様にしっかりルールを守るようお伝えください。出なければ、今後はお越し頂けなく……」
「うるせえな。わかったよ。帰る」
別の日。横河さんと別の組で、ですが、似た雰囲気の若者達が来ては、奇声を上げ、騒いでは追い出されるという事が繰り返され、横河さんはそれを笑いながら見ていました。
そうして、初めて横河さんが来てから五回。その頃には執事たちの苛立ちはピークに達していたように思います。
「なんなんですか! アイツら!」
激昂しているのは緋田さんです。
交代後の【GARDEN】スタッフルームで、他のスタッフの皆さんに話しかけています。
「毎日毎日、嫌がらせに来て暇なんすか!?」
「緋田、落ち着け」
「落ち着けないっすよ! 皆さんも見たでしょう!? お嬢様達が本気で困っていましたよ! なんとかならないんですか!?」
「警察に話してはいるが、ちゃんと取り合ってもらえるかどうかだな。最悪注意で終わってほとぼりがさめたらまた来るってこともありえるだろうし、若いのをしっぽ切りし続ける可能性もあるな」
千金楽さんが机を指で叩きながらぼそりと自分の予測を話します。
「営業妨害で訴えても、時間がかかるだろうな。というか、その辺りも見越していそうだ」
黒鶴もいつもよりも眼鏡を頻繁に直していて、苛々しているようでした。
「目的は、何か。それを知るのが大事じゃないか?」
緑川さんが口元に手を当てながらぼそりと呟きます。大分消耗しているようです。
目的、となると……
「私を追い出す事、かもしれません。以前、あのリーダーのような彼を投げてしまってまして」
「あれは正当防衛だ。まあ、【GARDEN】そして、白銀を困らせるってのは目的かもな。ただ、じゃあ、白銀がいなくなれば解決かっていうとそうじゃない気はするし、そんなことはさせねえけどな」
千金楽がそう言うと、皆さんが頷いてくれます。有難い。だからこそ、
「あの」
珍しく蒼樹さんが声をあげます。例の事件以降、何も言わずすぐに帰ることが多かったのですが。
「僕、実は、何人か知ってる奴がいて。その、あのグループヤバいですよ。あの、横河ってヤツの親が凄い金持ちな上に、なんか議員かなんかで、権力もあるっぽいです。だから、逆らわない方が」
「っていうか、逆に弱点じゃね? そんなヤツの息子があんなことしてて」
千金楽さんが机を指でたたくのをやめないまま蒼樹さんの方を向き、問いかけます。
「い、いや、あそこの親は、そういうのに敏感でもみ消すのがうまいみたいで。横河もそれが分かってるから割と好き勝手やってるらしく……とにかく、大人しく従ってるふりしてやり過ごすのが一番だと思います」
蒼樹は深々と頭を下げると、帰り支度をいそいそと始めました。
「なんだよ、アイツ……他人事みたいに……!」
緋田さんが、蒼樹さんの背中を睨みながら吐き出すように言います。
「……さて、どうしたものか」
千金楽さんの机を指で叩く音が静かなスタッフルームに響きます。
全員の怒りを代弁したようなその音。
私は、一度大きく深呼吸をして提案します。
「一先ず、蒼樹さんの言う通りではありませんが、もう少しだけ大人しくしていませんか?」
「……白銀、お前、マジでそれ言ってる?」
「はい」
千金楽さんの視線が私に突き刺さります。
ですが、今出来ることはないように私は思うのです。
「今、出来るのは、他のお嬢様お坊ちゃんの顔を曇らせないようしっかりお仕えすることかと」
「白銀さん! ……そうじゃないでしょ! あなたなら……! いや、違う。俺が……」
「あのグループを白銀に任せてしまっている以上、俺達が今、言えることはないか。けど、緋田。私もお前と同じ気持ちだ」
眉間に皺を寄せ俯いた緋田さんの肩をぽんと黒鶴が叩き、こちらを見つめてきます。
「冷めた。今日は帰る」
緑川さんはそう言うと片づけをさっさと終わらせて帰っていきます。
それに続くように、黒鶴さん、緋田さんも。
残ったのは、私と千金楽さん、そして、居心地悪そうに出るタイミングをはかっているような蒼樹さんでした。
「白銀、何か俺に言う事ないか?」
「今は、特にありません」
「そっか。じゃあ、帰るわ」
「はい」
千金楽さんもそれだけの短い会話を交わすと去って行こうとします。
ですが、出る直前にこちらを振り返り、
「俺は、お前の事を信頼してるつもりだったんだけどな……」
千金楽はそう言うと乱暴にドアを閉め、去って行きました。
「……」
「あの……白銀、さん」
帰り支度を済ませた蒼樹さんが話しかけてきます。
「どうされました? 蒼樹さん?」
「あ、いえ……あの、おつかれさまでした」
「はい、お疲れ様でした」
蒼樹さんはそう言うと、静かに帰って行きました。
「ふぅー―――――――」
天井に向かって大きく息を吐きます。
「さて、どうしましょう」
私は、一人、スタッフルームで言葉を零し、頭を悩ませます。
静かなスタッフルームで一人。
じわじわとせり上がってくる毒のような蝕まれていく感覚、不快感、苛立ちを感じながら帰り支度をし、私は【GARDEN】を後にしました。
「初めてですね。ですが、五人男性でご予約とは珍しいですね」
その日の【GARDEN】は少し静かな始まりでした。
「森様、ご帰宅です。ですが……ちょっと変わった方たちのようで。気を付けてください」
黄河が私と千金楽、黒鶴に話しかけてきます。
そして、緋田と一緒にやってきたのは、
「おーう、ジジイ。いや、白銀だっけか? 久しぶりだなあ」
大きな身体に、見下すような目。以前、南さんに迫った横河さんでした。
隣には、一也さんもいます。カルムはお休みでしょうか。
先日の事があるとはいえお坊ちゃんです。お出迎えいたしましょう。
「お帰りなさいませ、お坊ちゃん」
「おう! 琉偉お坊ちゃんのお帰りだ。おい、今日は俺が主だ。ちゃんと従えよ」
「仕えるのが執事であり、従うかは内容次第です」
「ち。めんどくせえな。主だぞ」
「主だからなんでもやって良いわけではありませんよ。エントランスでお話をちゃんと聞きま」
「あーあーあー、うるせえうるせえ。分かったから席に連れてけ」
琉偉お坊ちゃんは顔を顰め、しっしと手を振り私の話を拒否されました。
そして、南オーナーを見つけると笑って近づいていきます。
「よお、詩織」
「あなた達、なんで……?」
「なんでって? そりゃあ、随分な言い方だな、オーナーさん。俺達も執事に尽くされたくて、なあ?」
琉偉お坊ちゃんが振り返って他のお坊ちゃんに同意を求めています。
お坊ちゃんたちは皆、大きく頷くと琉偉お坊ちゃんは嬉しそうに笑い、
「まあ、そういうわけで今日は楽しませてもらうわ」
南さんを見つめながら、琉偉お坊ちゃんはテーブルへと向かわれました。
南さんは、顔を青ざめさせ、小さく震えているように見えました。
「大丈夫ですか、オーナー」
「え、ええ……でも、どうして?」
「いやがらせ、の可能性はあるでしょうね。以前白銀にこてんぱんにされたことを根に持って。ああ、気にすることはありませんよ。全面的にあちらが悪かったですから」
千金楽がこちらにやってきて、私とオーナーの会話に入ってきます。
「いずれにせよ、まだ本当の所は分かりません。一先ずはいつも通りの対応を」
「千金楽、彼らには私が」
「いいんですか?」
「もし、何かあっても私なら対応できますから」
「……分かりました。では、白銀、お願いしますね」
結論から言うと、千金楽の予想は当たっていました。
明らかに、事前に説明しているルールを理解しないままここに来られ、大声で騒ぐ等嫌がらせに近い行為をし続けていました。
「おい! そこのお嬢様! 俺達お坊ちゃんと一緒におしゃべりしないか?」
「琉偉お坊ちゃん、他のテーブルのお嬢様にちょっかいを掛けてはいけませんよ」
「あん? 別に向こうが良ければいいだろう?」
「では、聞いてまいりますのでお坊ちゃんは礼儀正しく座ってお待ちくださいね」
そして、その声を掛けたお嬢様が、同席を断り、私がその旨を伝えると、
「ああん!?」
「ひ!」
琉偉お坊ちゃんが、お嬢様を睨みつけたので、私は間に入り、琉偉お坊ちゃんに注意させていただきます。
「琉偉お坊ちゃん、他の席のお嬢様を威嚇してはなりません」
「はあ!?」
「琉偉お坊ちゃん?」
「……う、わ、わかったよ」
「次に何かあればすぐに出て行ってもらいます」
「はあ!? 俺達は客だぞ!」
「良いですか。この【GARDEN】は、ルールを守るお嬢様、お坊ちゃんの為の場所です。ルールを守れないのであれば、坊ちゃんの言う『客』、お嬢様お坊ちゃんではない為、お越しいただく必要はありません」
「……わかったよ! ……ち、気分悪い。今日は帰る! おい、行くぞ! 一也!」
その日は、お料理も珈琲にも手を付けずお出かけになられました。
そして、
「よーお、詩織、今日も来てやったぜ」
次の日もその次の日も横河さんはいらっしゃいました。
そして、
「そこのお嬢様! 俺達とお茶どーっすか?」
「お坊ちゃん、他のお嬢様にちょっかいを出すようなら」
「悪い悪い、白銀。そいつはつまみ出すから許してくれ。おい、」
「え? は、はい……」
「いやあ、皆さん、コイツがお騒がせしてすみませんでし、た!」
「ぐげっ!」
「きゃあ!」
奇声を上げたお坊ちゃんを横河さんが殴り飛ばします。お嬢様達から悲鳴が上がります。
「反省しろ。出てけ」
「……うす! 失礼します!」
眉間に皺を寄せ鼻血を流しながら奇声を上げたお坊ちゃんが去って行きます。
「お坊ちゃん、暴力は」
「なあに、ちゃんと身体に分からせてやらないとな。ここまでやったからアイツ許してやってくれよ」
お連れ様が今度は迷惑行為をし、出ていくという事を何度か繰り返し、
「お連れ様にしっかりルールを守るようお伝えください。出なければ、今後はお越し頂けなく……」
「うるせえな。わかったよ。帰る」
別の日。横河さんと別の組で、ですが、似た雰囲気の若者達が来ては、奇声を上げ、騒いでは追い出されるという事が繰り返され、横河さんはそれを笑いながら見ていました。
そうして、初めて横河さんが来てから五回。その頃には執事たちの苛立ちはピークに達していたように思います。
「なんなんですか! アイツら!」
激昂しているのは緋田さんです。
交代後の【GARDEN】スタッフルームで、他のスタッフの皆さんに話しかけています。
「毎日毎日、嫌がらせに来て暇なんすか!?」
「緋田、落ち着け」
「落ち着けないっすよ! 皆さんも見たでしょう!? お嬢様達が本気で困っていましたよ! なんとかならないんですか!?」
「警察に話してはいるが、ちゃんと取り合ってもらえるかどうかだな。最悪注意で終わってほとぼりがさめたらまた来るってこともありえるだろうし、若いのをしっぽ切りし続ける可能性もあるな」
千金楽さんが机を指で叩きながらぼそりと自分の予測を話します。
「営業妨害で訴えても、時間がかかるだろうな。というか、その辺りも見越していそうだ」
黒鶴もいつもよりも眼鏡を頻繁に直していて、苛々しているようでした。
「目的は、何か。それを知るのが大事じゃないか?」
緑川さんが口元に手を当てながらぼそりと呟きます。大分消耗しているようです。
目的、となると……
「私を追い出す事、かもしれません。以前、あのリーダーのような彼を投げてしまってまして」
「あれは正当防衛だ。まあ、【GARDEN】そして、白銀を困らせるってのは目的かもな。ただ、じゃあ、白銀がいなくなれば解決かっていうとそうじゃない気はするし、そんなことはさせねえけどな」
千金楽がそう言うと、皆さんが頷いてくれます。有難い。だからこそ、
「あの」
珍しく蒼樹さんが声をあげます。例の事件以降、何も言わずすぐに帰ることが多かったのですが。
「僕、実は、何人か知ってる奴がいて。その、あのグループヤバいですよ。あの、横河ってヤツの親が凄い金持ちな上に、なんか議員かなんかで、権力もあるっぽいです。だから、逆らわない方が」
「っていうか、逆に弱点じゃね? そんなヤツの息子があんなことしてて」
千金楽さんが机を指でたたくのをやめないまま蒼樹さんの方を向き、問いかけます。
「い、いや、あそこの親は、そういうのに敏感でもみ消すのがうまいみたいで。横河もそれが分かってるから割と好き勝手やってるらしく……とにかく、大人しく従ってるふりしてやり過ごすのが一番だと思います」
蒼樹は深々と頭を下げると、帰り支度をいそいそと始めました。
「なんだよ、アイツ……他人事みたいに……!」
緋田さんが、蒼樹さんの背中を睨みながら吐き出すように言います。
「……さて、どうしたものか」
千金楽さんの机を指で叩く音が静かなスタッフルームに響きます。
全員の怒りを代弁したようなその音。
私は、一度大きく深呼吸をして提案します。
「一先ず、蒼樹さんの言う通りではありませんが、もう少しだけ大人しくしていませんか?」
「……白銀、お前、マジでそれ言ってる?」
「はい」
千金楽さんの視線が私に突き刺さります。
ですが、今出来ることはないように私は思うのです。
「今、出来るのは、他のお嬢様お坊ちゃんの顔を曇らせないようしっかりお仕えすることかと」
「白銀さん! ……そうじゃないでしょ! あなたなら……! いや、違う。俺が……」
「あのグループを白銀に任せてしまっている以上、俺達が今、言えることはないか。けど、緋田。私もお前と同じ気持ちだ」
眉間に皺を寄せ俯いた緋田さんの肩をぽんと黒鶴が叩き、こちらを見つめてきます。
「冷めた。今日は帰る」
緑川さんはそう言うと片づけをさっさと終わらせて帰っていきます。
それに続くように、黒鶴さん、緋田さんも。
残ったのは、私と千金楽さん、そして、居心地悪そうに出るタイミングをはかっているような蒼樹さんでした。
「白銀、何か俺に言う事ないか?」
「今は、特にありません」
「そっか。じゃあ、帰るわ」
「はい」
千金楽さんもそれだけの短い会話を交わすと去って行こうとします。
ですが、出る直前にこちらを振り返り、
「俺は、お前の事を信頼してるつもりだったんだけどな……」
千金楽はそう言うと乱暴にドアを閉め、去って行きました。
「……」
「あの……白銀、さん」
帰り支度を済ませた蒼樹さんが話しかけてきます。
「どうされました? 蒼樹さん?」
「あ、いえ……あの、おつかれさまでした」
「はい、お疲れ様でした」
蒼樹さんはそう言うと、静かに帰って行きました。
「ふぅー―――――――」
天井に向かって大きく息を吐きます。
「さて、どうしましょう」
私は、一人、スタッフルームで言葉を零し、頭を悩ませます。
静かなスタッフルームで一人。
じわじわとせり上がってくる毒のような蝕まれていく感覚、不快感、苛立ちを感じながら帰り支度をし、私は【GARDEN】を後にしました。
10
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))
あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。
学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。
だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。
窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。
そんなときある夜会で騎士と出会った。
その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。
そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。
表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。
結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。
※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)
★おまけ投稿中★
※小説家になろう様でも掲載しております。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる