51 / 60
51話 五十路、怒る。
しおりを挟む
九月二日十二時過ぎ。【GARDEN】
「よお、琉偉。若い者呼んで奢ってるらしいじゃねえか。儲かってんのか?」
「あ、明羅先輩……! どっからその話を?」
正面に座る明羅さん、いえ、明羅お坊ちゃんに、横河が話しかけます。
突然現れた先輩、しかも、先ほどの話から聞くと、横河にとっては相当怖い先輩で逆らってはいけない存在である明羅お坊ちゃんが、どなたかの代わりで現れたことに動揺を隠しきれていません。
「俺が先に聞いてんだろ? 先、答えるのが礼儀だろ? どうなんだよ?」
「あ、あの……そうっすね。ぼちぼちっす」
「ぼちぼちで一週間執事喫茶に大量の後輩連れてこれるかよ」
「お水とお料理お持ちしました」
お二人の会話の隙を突いて、お水とお料理をお持ちし、皆さんの前に置いていきます。
「ありがとうございます、白銀さん」
今日もオールバックでビシッと決まった明羅お坊ちゃんが丁寧にお辞儀してくださいます。
「ありがとう、白銀。で、結構でございますよ。明羅お坊ちゃん」
「うへえ、慣れねえ。けど、アイツもお嬢様扱いされて戸惑っていたでしょう?」
「非常に可愛らしかったですよ。本物のお嬢様のようで素敵でした」
「……アイツ、嬉しかっただろうな。そんな恰好させてやれなかったから」
明羅お坊ちゃんがとても優しい眼差しをしながらグラスの水面を見つめてらっしゃいます。
あれ以来、兄妹の仲は相変わらず良いようで何よりです。
「あ、明羅先輩、そのジジイと知り合……」
「おい」
横河が言った言葉に反応し、明羅お坊ちゃんの表情が剣呑なものに変わります。
「俺の恩人に今度『ジジイ』なんて言ってみろ……! 暫く飯食えねえ身体にしてやるよ……!」
「ひ!」
「明羅お坊ちゃん、お気持ちは嬉しいですが……お止めください」
「白銀さ、白銀がそう言うんなら……おい、この人に感謝しろよ」
どうにも明羅お坊ちゃんは執事喫茶の空気よりも、恩義や先輩後輩を重んじるようで、私は苦笑してしまいます。
「明羅先輩、きょ、今日は何の用で?」
「だから、代わりだよ代わり。鈴木の代わり。あと、ついでに二宮の親父の代わり」
「……! 二宮って、この辺仕切ってる……あの、二宮、さん、ですか?」
「そー、二宮の耕造さんだ。まあ、俺もな、足洗う時にあの人の世話になってたから断れなくてな。そしたら、『偶然』お前と会えるってなったからその用事も今日済ませようと思って」
「用事、ですか?」
「……お前、随分この辺でヤンチャしてるらしいじゃねえか?」
横河が小さく震える手で水を飲み干します。
少し乱暴に置かれた空のグラスに水を注いでいると、南さんと目があいます。
目配せをすると、南さんは驚いた表情を浮かべ俯いてしまいました。
しまった。これは一般的に『ウィンク』ですよね。『キモかった』のかもしれません。
そんな私たちのやりとりは関係なく、話は進んでいきます。
「ヤンチャって……ただの、商売ですよ」
「ふ~ん、『ただの商売』、か。……知っての通り、二宮の親父さんは、古いタイプの、まあいわゆる仁義を重んじる人だ。世間様に迷惑かけるのも大嫌いだ。その人がな、俺に言ったんだよ。ちょっと見て来てくれって。んで、下らねえ奴だったら叩き直してやるから教えろって」
「……」
黙って俯いてしまう横河と対照的にニッコリ微笑む明羅お坊ちゃん。
耕さんは、本当に仁義に篤い方で、明羅お坊ちゃんとの時も、ちゃんと私が約束を果たしたら、明羅お坊ちゃんが足を洗えるよう手配してくれました。
そういえば、あの時から、耕さんは、頻繁にカルムに来てくださるようになりましたね。
「だからよ、今日、俺は、『お前がちゃんとしてるか』見てやろうと思って」
「ど、どうやってです?」
「まあ、料理も来てるし食べろよ。『お行儀よく』、な」
「え……?」
何か嫌な予感を感じ取ったのか、横河がテーブルの料理を見つめます。
「二宮の親父はよ、知っての通り、礼儀とかそういうの出来てない奴嫌いなんだよな。だからよ、ちゃーんとお前が、人様に迷惑かけないような人間か、マナー良く出来るのか見てほしいってよ。ここ、通ってる位だから大丈夫だろうけどって」
「で、出来なかったら?」
「みっちり『教育』してくれるってよ」
「……」
「さあ、始めようぜ。楽しい食事の時間をよ……」
獰猛な笑みと言うべきでしょうか、非常にワイルドな感じに明羅お坊ちゃんが笑います。
そこには激しい怒りが込められているように見えました。
周りの執事達も同じような目で琉偉お坊ちゃんを見ています。
きっと、私もそうなのでしょう。
琉偉お坊ちゃんはやりすぎました。
大切なものを踏みにじり過ぎた。
どんな方であれ、やってはいけない事をしてしまえば、罰を受けるべきです。
多くの方の協力を得て、場は出来上がりました。
鬼と呼ばれても悪魔と呼ばれても、見損なわれても一向に構いません。
私は、この場所を守るだけです。
「さあ、琉偉お坊ちゃん。楽しいお食事の時間となるよう、この白銀、お手伝いさせていただきます」
お食事の前に、私も祈りましょう。少しでも琉偉お坊ちゃんが『反省』されますようにと。
「よお、琉偉。若い者呼んで奢ってるらしいじゃねえか。儲かってんのか?」
「あ、明羅先輩……! どっからその話を?」
正面に座る明羅さん、いえ、明羅お坊ちゃんに、横河が話しかけます。
突然現れた先輩、しかも、先ほどの話から聞くと、横河にとっては相当怖い先輩で逆らってはいけない存在である明羅お坊ちゃんが、どなたかの代わりで現れたことに動揺を隠しきれていません。
「俺が先に聞いてんだろ? 先、答えるのが礼儀だろ? どうなんだよ?」
「あ、あの……そうっすね。ぼちぼちっす」
「ぼちぼちで一週間執事喫茶に大量の後輩連れてこれるかよ」
「お水とお料理お持ちしました」
お二人の会話の隙を突いて、お水とお料理をお持ちし、皆さんの前に置いていきます。
「ありがとうございます、白銀さん」
今日もオールバックでビシッと決まった明羅お坊ちゃんが丁寧にお辞儀してくださいます。
「ありがとう、白銀。で、結構でございますよ。明羅お坊ちゃん」
「うへえ、慣れねえ。けど、アイツもお嬢様扱いされて戸惑っていたでしょう?」
「非常に可愛らしかったですよ。本物のお嬢様のようで素敵でした」
「……アイツ、嬉しかっただろうな。そんな恰好させてやれなかったから」
明羅お坊ちゃんがとても優しい眼差しをしながらグラスの水面を見つめてらっしゃいます。
あれ以来、兄妹の仲は相変わらず良いようで何よりです。
「あ、明羅先輩、そのジジイと知り合……」
「おい」
横河が言った言葉に反応し、明羅お坊ちゃんの表情が剣呑なものに変わります。
「俺の恩人に今度『ジジイ』なんて言ってみろ……! 暫く飯食えねえ身体にしてやるよ……!」
「ひ!」
「明羅お坊ちゃん、お気持ちは嬉しいですが……お止めください」
「白銀さ、白銀がそう言うんなら……おい、この人に感謝しろよ」
どうにも明羅お坊ちゃんは執事喫茶の空気よりも、恩義や先輩後輩を重んじるようで、私は苦笑してしまいます。
「明羅先輩、きょ、今日は何の用で?」
「だから、代わりだよ代わり。鈴木の代わり。あと、ついでに二宮の親父の代わり」
「……! 二宮って、この辺仕切ってる……あの、二宮、さん、ですか?」
「そー、二宮の耕造さんだ。まあ、俺もな、足洗う時にあの人の世話になってたから断れなくてな。そしたら、『偶然』お前と会えるってなったからその用事も今日済ませようと思って」
「用事、ですか?」
「……お前、随分この辺でヤンチャしてるらしいじゃねえか?」
横河が小さく震える手で水を飲み干します。
少し乱暴に置かれた空のグラスに水を注いでいると、南さんと目があいます。
目配せをすると、南さんは驚いた表情を浮かべ俯いてしまいました。
しまった。これは一般的に『ウィンク』ですよね。『キモかった』のかもしれません。
そんな私たちのやりとりは関係なく、話は進んでいきます。
「ヤンチャって……ただの、商売ですよ」
「ふ~ん、『ただの商売』、か。……知っての通り、二宮の親父さんは、古いタイプの、まあいわゆる仁義を重んじる人だ。世間様に迷惑かけるのも大嫌いだ。その人がな、俺に言ったんだよ。ちょっと見て来てくれって。んで、下らねえ奴だったら叩き直してやるから教えろって」
「……」
黙って俯いてしまう横河と対照的にニッコリ微笑む明羅お坊ちゃん。
耕さんは、本当に仁義に篤い方で、明羅お坊ちゃんとの時も、ちゃんと私が約束を果たしたら、明羅お坊ちゃんが足を洗えるよう手配してくれました。
そういえば、あの時から、耕さんは、頻繁にカルムに来てくださるようになりましたね。
「だからよ、今日、俺は、『お前がちゃんとしてるか』見てやろうと思って」
「ど、どうやってです?」
「まあ、料理も来てるし食べろよ。『お行儀よく』、な」
「え……?」
何か嫌な予感を感じ取ったのか、横河がテーブルの料理を見つめます。
「二宮の親父はよ、知っての通り、礼儀とかそういうの出来てない奴嫌いなんだよな。だからよ、ちゃーんとお前が、人様に迷惑かけないような人間か、マナー良く出来るのか見てほしいってよ。ここ、通ってる位だから大丈夫だろうけどって」
「で、出来なかったら?」
「みっちり『教育』してくれるってよ」
「……」
「さあ、始めようぜ。楽しい食事の時間をよ……」
獰猛な笑みと言うべきでしょうか、非常にワイルドな感じに明羅お坊ちゃんが笑います。
そこには激しい怒りが込められているように見えました。
周りの執事達も同じような目で琉偉お坊ちゃんを見ています。
きっと、私もそうなのでしょう。
琉偉お坊ちゃんはやりすぎました。
大切なものを踏みにじり過ぎた。
どんな方であれ、やってはいけない事をしてしまえば、罰を受けるべきです。
多くの方の協力を得て、場は出来上がりました。
鬼と呼ばれても悪魔と呼ばれても、見損なわれても一向に構いません。
私は、この場所を守るだけです。
「さあ、琉偉お坊ちゃん。楽しいお食事の時間となるよう、この白銀、お手伝いさせていただきます」
お食事の前に、私も祈りましょう。少しでも琉偉お坊ちゃんが『反省』されますようにと。
10
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))
あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。
学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。
だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。
窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。
そんなときある夜会で騎士と出会った。
その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。
そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。
表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。
結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。
※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)
★おまけ投稿中★
※小説家になろう様でも掲載しております。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる