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57話 五十路、思い出す。
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横河騒動のあった翌日も【GARDEN】は通常営業でした。
ですが、
「んふふ~、白銀ぇ~」
「は、はい、なんでしょうか。詩織お嬢様」
「ん~、飲み物追加して良い?」
「か、かしこまりました」
「ありがと~」
とても良い笑顔の詩織お嬢様に見送られながらキッチンへと向かうと顔を引き攣らせた緋田と呆れたような顔の千金楽が詩織お嬢様を見ています。
「も、元オーナーが馬鹿になってる……!」
「まあ、元々白銀大好きで、それを公言した今、白銀も意識しちゃってるし、純粋に執事喫茶の白銀を楽しんでるから幸せの絶頂なんだろ」
「これで、もし、仮に白銀と結婚とかしたらどうなっ……ひい!」
緋田が何かに怯えていますが、私が振り向くと何故かこちらを見ていたお嬢様達と目が合い、皆様微笑みながら手を振ってくださいます。
「まあ、あれは一時的なものだ。多分、明日になったら羞恥心で悶えて通常営業に戻る」
「そ、そうっすか……てか、こえー。下手な事言うもんじゃないっすね」
「にしても、あの人があそこまで思い切ったことやるとな……エントランスの桃原が『多分、南元オーナーなんですけど、様子が……』って言ってたもんな……」
千金楽が思い出し笑いで震えています。よほど面白かったんでしょう。
「そういえば、私はエントランスをやったことが……」
「お前がエントランスやると大渋滞が起きる」
千金楽が呆れたように言い放ちます。
そうですよね……トロいジジイではエントランスは出来ませんよね……。
「絶対違う事考えてるけど、無視しろよ、緋田」
「うっす、拓さんのこの感じ慣れてきました。っと、あちらのお嬢様何かお困りの様ですね。自分、行きます」
そう言いながら、緋田は背筋を伸ばし美しい歩き方で困り顔のお嬢様の元へ向かい、視線の高さを合わせお伺いしています。
「いじられキャラではあるけど、緋田は成長したな」
「ええ、とっても」
私が初めて一人前の執事として【GARDEN】で働いたあの日、緋田さんとはぶつかりました。が、彼はあの時の自分の行動を反省し、それからは見違えるような成長を見せています。
「忠犬って感じがお嬢様にも受けてるしな」
「ふはっ……そうですね。確かに、緋田は犬のような真っ直ぐな可愛さがあります」
「あとは、意外と紫苑といいコンビだしな」
見ると、紫苑もそちらに行って、緋田と一緒にお嬢様とお話してらっしゃいます。
紫苑の言葉にお嬢様が笑い、緋田が咳ばらいをし、窘めています。
恐らく、緋田を何か『イジッた』のでしょう。
緋田は顔を真っ赤にさせながら、紫苑を追い払うと、周りからも笑顔が零れます。
「あのお坊ちゃんがあんなに小悪魔だったとはなあ」
そう、紫苑は元は正午お坊ちゃんとして【GARDEN】に来ていましたが、今は執事として勉強中です。
とはいえ、元々競技ダンスをやりこんでいたせいか、身体の動かし方も様になっていますし、魅せ方というのでしょうか、一つ一つの動作が美しく魅力的で、そして、なんというか、
「あざといけど、お嬢様の需要はめっちゃあるからな」
千金楽の言う通り、お嬢様達に可愛がられています。
本人曰く、『千金楽さんには早くオーナー業に集中していただけるよう、白銀と僕のコンビで頑張ります』だとか。
確かに、紫苑の執事っぷりは、千金楽に通ずるものがあり、相手の心をうまく読み取り、誘導してあげられる話術などがあるように思います。
しかし、紫苑が千金楽をライバル視しているとは……本当に面白い状況になったものです。
「まあ、まだ、俺のライバルにはなり得ないけどな、まだ。俺のライバルはお前だしな。白銀」
「負けませんよ、千金楽さん」
「はい、そこまで。千金楽。あちらのテーブルへお願いします」
黒鶴がやってきて、千金楽に指示を出します。
オーナーになったとはいえ、執事長は黒鶴、千金楽はそれに従う執事であることは変わっていません。
『千金楽、藍水、黒鶴、赤。この四人が互いに高めあって【GARDEN】を作っていく。そして、その庭にある花を咲かせるのが、執事達だ。みんなよろしく頼む』
今日のミーティングでは、千金楽がそう話していました。
経営面では、事務チームが南さんからの引継ぎプラス新しい形での運営システムを完成させているそうで、それに、千金楽、藍水が適応していくらしいです。
千金楽も藍水もそういう方面に興味があったらしく、慣れたものでしたし、赤も本当は真面目なので副執事長を楽しそうに務めています。
黒鶴とも仲は良いので、互いに色んな案を今から出しているようで、少し聞いただけでも面白そうな企画が沢山ありました。
「白銀、珈琲入ったぜ! 小さいのもあるからチェックよろしく!」
キッチンの杉さんが私に声を掛けます。
私は、隣にある小さなカップの珈琲を頂きます。
何故か、杉さんは、一度私のチェックを通したがります。
珈琲でも飲んで、落ち着けと言う意味でしょうか。
「……うん。とっても美味しい。また腕を上げられましたね」
「……っし! 見たか、お前ら。俺の成長はまだ止まらんぜ」
杉さんがガッツポーズを見せると、キッチンが大いに沸き上がります。
キッチンの皆さんは本当に向上心豊かですね。
「白銀があっちの喫茶店でも働くんなら、これ以上キッチンとして負ける訳にはいかねえ! みんな、やってやろうぜ!」
何故か私に対する評価が高すぎる気がするんですが、何故でしょうか?
「和風サンドイッチを越える商品を絶対作り出すぞ」
そうでした。今朝、和風サンドイッチを杉さん達にも食べてもらった所、泣かれました。
泣くほど駄目だったのか、杉さん達は途中まで食べてラップでくるんで冷蔵庫に入れてらっしゃいました。
ともかく。珈琲を受け取り、詩織お嬢様の元へ。
「詩織お嬢様、珈琲お持ち致しました」
「……んふふ~、ありがと、白銀」
困りました。
告白をされたことも影響あるのかもしれませんが、詩織お嬢様の笑顔が非常に眩しくて、動揺してしまいます。
「……白銀、お前は、今、執事白銀だ」
ぼそっと背後を通る千金楽が声を掛けてくれます。
そうでした。
私は、執事。お嬢様、お坊ちゃんに仕える執事です。
動揺して困らせることがあってはなりません。
「はい、お熱いので、気を付けてお飲みください。お嬢様」
最大限の微笑みで詩織お嬢様に答えると、今度は詩織お嬢様が、ぼーっとした表情でこちらを見つめます。
「……はい」
ですが、零れ落ちそうな小さな声で返事をしていただけたので、ほっと胸を撫でおろします。
そして、
「あのー、白銀、さん。いいですか?」
「あ、あの! そのあと、よければこっちに」
方々からお声がけくださります。
ジジイに活躍の場を作って下さるお嬢様お坊ちゃん達は本当にお優しい。
「はい、白銀、直ぐに参りますとも。お嬢様お坊ちゃんの為に誠心誠意仕えさせていただきます」
今日も【GARDEN】には笑顔が咲き乱れています。
私も、思わず笑顔が零れます。
すると、何故でしょう。ホールが静かに。
「白銀~、笑顔の出力を抑えろと何度言えば……!」
千金楽に肩を掴まれ圧ある笑顔で迫られます。
失敗しました。ジジイの『キモい』笑顔を見せてしまったんですね。
「すみません。この失態は、仕事で取り戻します」
「……ほどほどに。ほどほどほどほどによろしくお願いします」
ジジイは無理するなと言うことですね。分かりました。
ですが、ジジイは忘れっぽくていけません。
そのあと、いつの間にかやりすぎてしまっていたようで、千金楽に少し休憩するよう言われてしまいました。
スタッフルームでスマートホンを開きます。
そして、LIN○を。
覚えました。
見ると、小鳥さんからカルムについての打ち合わせの連絡が。
カルムは今、清掃と商品の入れ替えで小鳥さんと常連さんを中心に再度リニューアルの準備を進めています。
経営面では、小鳥さんが元々やってた上に、【GARDEN】をここまで素晴らしくした南さんがいらっしゃいますから問題はないだろうとのこと。
あとは、以前いたスタッフの何人かが帰ってきてくれるそうですし、何かしらの噂を聞いた人たちが働きたいという女性からもう既に連絡きているらしいです。
きっと南さんと小鳥さんが可愛らしく美しいからそうなりたいと思っている女性達でしょう。
私は、覚えたての『ふりっく入力』をマスターすべく一生懸命指を滑らせて返信を打ちます。
慣れないことはどうしても時間がかかります。休憩も十分頂いたので、ホールに戻ると、詩織お嬢様がおかえりになるところでした。
「あ、白銀」
「折角なので白銀、一緒にお見送りしましょう」
「かしこまりました」
千金楽と緋田と共に詩織お嬢さまをお見送りにエントランスについていきます。
その間、詩織お嬢様がずっとこちらを見ていたので弱っていると、
「微笑み返せ。思いっきり」
と、千金楽に言われ、出来るだけ優しい微笑みで返すと、詩織お嬢様は向こうをむいてしまい、なんとも言えない気持ちになります。
「流石に、訂正しとくな。あれは、照れてるだけだから」
有難いことです。私なんかに、そんなにも好意を持っていただけるなんて。
本当に、真剣に向き合わねばなりません。
だって、私はジジイなんですから。
そんな事を考えているといつの間にかエントランスについており、詩織お嬢様がショップコーナーで買い物をしてらっしゃいます。
「ここからここまでの白銀のグッズ下さいな☆」
「おい! やりすぎ馬鹿がいるぞ! 白銀止めろ!」
慌てて執事何人かでグッズを抱えて満面の笑みを浮かべる詩織お嬢様を止めることになったのは良い思い出となりました。
しかし、この日の騒動はここで終わることがなく、
「あの、横河の父親と言う方がお越しになられているんですが……」
エントランス係の桃原が戸惑いを覗かせながらホールまでやってきます。
「横河の? あの、議員さんだっていう……分かった、俺がエントランスでお話しするから。白銀」
「かしこまりました」
私は一旦キッチンへ向かい諸々の準備を整え、珈琲を持ち、エントランスへ向かいます。
「だからな、あのバカ息子のやったことに目を瞑ってくれればいいんだよ!」
「それは出来かねます、と何度も申しております」
どうやら横河のやったことをもみ消そうとしているようです。
まあ、議員などをしていれば、醜聞はよろしくないでしょう。
しかし、どこかで聞いたことがあるような、横河の父だから当たり前と言えば当たり前でしょうか……。
「珈琲をお持ちしました」
「おう……福家?」
「え?」
横河の父親と名乗る方を見ると、四十代くらいの若々しい男性がこちらを見ています。
この方は……もしかして……
「お前……福家、福家だろ? ははっ! お前、変わってないなあ」
横河の父はこの人でしたか。
『クソジジイが! てめえがモテるわけねえだろ! ばーか!』
横河尊《よこがわ たける》。
大学時代に、私に『嘘告』をしてきた内野さんの彼氏だった人が、こちらを見ながら笑っていらっしゃいました。
ですが、
「んふふ~、白銀ぇ~」
「は、はい、なんでしょうか。詩織お嬢様」
「ん~、飲み物追加して良い?」
「か、かしこまりました」
「ありがと~」
とても良い笑顔の詩織お嬢様に見送られながらキッチンへと向かうと顔を引き攣らせた緋田と呆れたような顔の千金楽が詩織お嬢様を見ています。
「も、元オーナーが馬鹿になってる……!」
「まあ、元々白銀大好きで、それを公言した今、白銀も意識しちゃってるし、純粋に執事喫茶の白銀を楽しんでるから幸せの絶頂なんだろ」
「これで、もし、仮に白銀と結婚とかしたらどうなっ……ひい!」
緋田が何かに怯えていますが、私が振り向くと何故かこちらを見ていたお嬢様達と目が合い、皆様微笑みながら手を振ってくださいます。
「まあ、あれは一時的なものだ。多分、明日になったら羞恥心で悶えて通常営業に戻る」
「そ、そうっすか……てか、こえー。下手な事言うもんじゃないっすね」
「にしても、あの人があそこまで思い切ったことやるとな……エントランスの桃原が『多分、南元オーナーなんですけど、様子が……』って言ってたもんな……」
千金楽が思い出し笑いで震えています。よほど面白かったんでしょう。
「そういえば、私はエントランスをやったことが……」
「お前がエントランスやると大渋滞が起きる」
千金楽が呆れたように言い放ちます。
そうですよね……トロいジジイではエントランスは出来ませんよね……。
「絶対違う事考えてるけど、無視しろよ、緋田」
「うっす、拓さんのこの感じ慣れてきました。っと、あちらのお嬢様何かお困りの様ですね。自分、行きます」
そう言いながら、緋田は背筋を伸ばし美しい歩き方で困り顔のお嬢様の元へ向かい、視線の高さを合わせお伺いしています。
「いじられキャラではあるけど、緋田は成長したな」
「ええ、とっても」
私が初めて一人前の執事として【GARDEN】で働いたあの日、緋田さんとはぶつかりました。が、彼はあの時の自分の行動を反省し、それからは見違えるような成長を見せています。
「忠犬って感じがお嬢様にも受けてるしな」
「ふはっ……そうですね。確かに、緋田は犬のような真っ直ぐな可愛さがあります」
「あとは、意外と紫苑といいコンビだしな」
見ると、紫苑もそちらに行って、緋田と一緒にお嬢様とお話してらっしゃいます。
紫苑の言葉にお嬢様が笑い、緋田が咳ばらいをし、窘めています。
恐らく、緋田を何か『イジッた』のでしょう。
緋田は顔を真っ赤にさせながら、紫苑を追い払うと、周りからも笑顔が零れます。
「あのお坊ちゃんがあんなに小悪魔だったとはなあ」
そう、紫苑は元は正午お坊ちゃんとして【GARDEN】に来ていましたが、今は執事として勉強中です。
とはいえ、元々競技ダンスをやりこんでいたせいか、身体の動かし方も様になっていますし、魅せ方というのでしょうか、一つ一つの動作が美しく魅力的で、そして、なんというか、
「あざといけど、お嬢様の需要はめっちゃあるからな」
千金楽の言う通り、お嬢様達に可愛がられています。
本人曰く、『千金楽さんには早くオーナー業に集中していただけるよう、白銀と僕のコンビで頑張ります』だとか。
確かに、紫苑の執事っぷりは、千金楽に通ずるものがあり、相手の心をうまく読み取り、誘導してあげられる話術などがあるように思います。
しかし、紫苑が千金楽をライバル視しているとは……本当に面白い状況になったものです。
「まあ、まだ、俺のライバルにはなり得ないけどな、まだ。俺のライバルはお前だしな。白銀」
「負けませんよ、千金楽さん」
「はい、そこまで。千金楽。あちらのテーブルへお願いします」
黒鶴がやってきて、千金楽に指示を出します。
オーナーになったとはいえ、執事長は黒鶴、千金楽はそれに従う執事であることは変わっていません。
『千金楽、藍水、黒鶴、赤。この四人が互いに高めあって【GARDEN】を作っていく。そして、その庭にある花を咲かせるのが、執事達だ。みんなよろしく頼む』
今日のミーティングでは、千金楽がそう話していました。
経営面では、事務チームが南さんからの引継ぎプラス新しい形での運営システムを完成させているそうで、それに、千金楽、藍水が適応していくらしいです。
千金楽も藍水もそういう方面に興味があったらしく、慣れたものでしたし、赤も本当は真面目なので副執事長を楽しそうに務めています。
黒鶴とも仲は良いので、互いに色んな案を今から出しているようで、少し聞いただけでも面白そうな企画が沢山ありました。
「白銀、珈琲入ったぜ! 小さいのもあるからチェックよろしく!」
キッチンの杉さんが私に声を掛けます。
私は、隣にある小さなカップの珈琲を頂きます。
何故か、杉さんは、一度私のチェックを通したがります。
珈琲でも飲んで、落ち着けと言う意味でしょうか。
「……うん。とっても美味しい。また腕を上げられましたね」
「……っし! 見たか、お前ら。俺の成長はまだ止まらんぜ」
杉さんがガッツポーズを見せると、キッチンが大いに沸き上がります。
キッチンの皆さんは本当に向上心豊かですね。
「白銀があっちの喫茶店でも働くんなら、これ以上キッチンとして負ける訳にはいかねえ! みんな、やってやろうぜ!」
何故か私に対する評価が高すぎる気がするんですが、何故でしょうか?
「和風サンドイッチを越える商品を絶対作り出すぞ」
そうでした。今朝、和風サンドイッチを杉さん達にも食べてもらった所、泣かれました。
泣くほど駄目だったのか、杉さん達は途中まで食べてラップでくるんで冷蔵庫に入れてらっしゃいました。
ともかく。珈琲を受け取り、詩織お嬢様の元へ。
「詩織お嬢様、珈琲お持ち致しました」
「……んふふ~、ありがと、白銀」
困りました。
告白をされたことも影響あるのかもしれませんが、詩織お嬢様の笑顔が非常に眩しくて、動揺してしまいます。
「……白銀、お前は、今、執事白銀だ」
ぼそっと背後を通る千金楽が声を掛けてくれます。
そうでした。
私は、執事。お嬢様、お坊ちゃんに仕える執事です。
動揺して困らせることがあってはなりません。
「はい、お熱いので、気を付けてお飲みください。お嬢様」
最大限の微笑みで詩織お嬢様に答えると、今度は詩織お嬢様が、ぼーっとした表情でこちらを見つめます。
「……はい」
ですが、零れ落ちそうな小さな声で返事をしていただけたので、ほっと胸を撫でおろします。
そして、
「あのー、白銀、さん。いいですか?」
「あ、あの! そのあと、よければこっちに」
方々からお声がけくださります。
ジジイに活躍の場を作って下さるお嬢様お坊ちゃん達は本当にお優しい。
「はい、白銀、直ぐに参りますとも。お嬢様お坊ちゃんの為に誠心誠意仕えさせていただきます」
今日も【GARDEN】には笑顔が咲き乱れています。
私も、思わず笑顔が零れます。
すると、何故でしょう。ホールが静かに。
「白銀~、笑顔の出力を抑えろと何度言えば……!」
千金楽に肩を掴まれ圧ある笑顔で迫られます。
失敗しました。ジジイの『キモい』笑顔を見せてしまったんですね。
「すみません。この失態は、仕事で取り戻します」
「……ほどほどに。ほどほどほどほどによろしくお願いします」
ジジイは無理するなと言うことですね。分かりました。
ですが、ジジイは忘れっぽくていけません。
そのあと、いつの間にかやりすぎてしまっていたようで、千金楽に少し休憩するよう言われてしまいました。
スタッフルームでスマートホンを開きます。
そして、LIN○を。
覚えました。
見ると、小鳥さんからカルムについての打ち合わせの連絡が。
カルムは今、清掃と商品の入れ替えで小鳥さんと常連さんを中心に再度リニューアルの準備を進めています。
経営面では、小鳥さんが元々やってた上に、【GARDEN】をここまで素晴らしくした南さんがいらっしゃいますから問題はないだろうとのこと。
あとは、以前いたスタッフの何人かが帰ってきてくれるそうですし、何かしらの噂を聞いた人たちが働きたいという女性からもう既に連絡きているらしいです。
きっと南さんと小鳥さんが可愛らしく美しいからそうなりたいと思っている女性達でしょう。
私は、覚えたての『ふりっく入力』をマスターすべく一生懸命指を滑らせて返信を打ちます。
慣れないことはどうしても時間がかかります。休憩も十分頂いたので、ホールに戻ると、詩織お嬢様がおかえりになるところでした。
「あ、白銀」
「折角なので白銀、一緒にお見送りしましょう」
「かしこまりました」
千金楽と緋田と共に詩織お嬢さまをお見送りにエントランスについていきます。
その間、詩織お嬢様がずっとこちらを見ていたので弱っていると、
「微笑み返せ。思いっきり」
と、千金楽に言われ、出来るだけ優しい微笑みで返すと、詩織お嬢様は向こうをむいてしまい、なんとも言えない気持ちになります。
「流石に、訂正しとくな。あれは、照れてるだけだから」
有難いことです。私なんかに、そんなにも好意を持っていただけるなんて。
本当に、真剣に向き合わねばなりません。
だって、私はジジイなんですから。
そんな事を考えているといつの間にかエントランスについており、詩織お嬢様がショップコーナーで買い物をしてらっしゃいます。
「ここからここまでの白銀のグッズ下さいな☆」
「おい! やりすぎ馬鹿がいるぞ! 白銀止めろ!」
慌てて執事何人かでグッズを抱えて満面の笑みを浮かべる詩織お嬢様を止めることになったのは良い思い出となりました。
しかし、この日の騒動はここで終わることがなく、
「あの、横河の父親と言う方がお越しになられているんですが……」
エントランス係の桃原が戸惑いを覗かせながらホールまでやってきます。
「横河の? あの、議員さんだっていう……分かった、俺がエントランスでお話しするから。白銀」
「かしこまりました」
私は一旦キッチンへ向かい諸々の準備を整え、珈琲を持ち、エントランスへ向かいます。
「だからな、あのバカ息子のやったことに目を瞑ってくれればいいんだよ!」
「それは出来かねます、と何度も申しております」
どうやら横河のやったことをもみ消そうとしているようです。
まあ、議員などをしていれば、醜聞はよろしくないでしょう。
しかし、どこかで聞いたことがあるような、横河の父だから当たり前と言えば当たり前でしょうか……。
「珈琲をお持ちしました」
「おう……福家?」
「え?」
横河の父親と名乗る方を見ると、四十代くらいの若々しい男性がこちらを見ています。
この方は……もしかして……
「お前……福家、福家だろ? ははっ! お前、変わってないなあ」
横河の父はこの人でしたか。
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