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56話 裏切者、悔やむ★
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【蒼樹(大原公太)視点】
九月二日の俺の役割は、何食わぬ顔で【GARDEN】に行き、みんなの前で、横河さんに謝罪し、許してもらう。
それだけだ。
それで、みんなに横河さんに下るよう促すだけだ。
けど、なんで、俺は……。
「まだ、こんな所でグダグダしてんだ……」
【GARDEN】から少し離れたカフェ。
そこで俺はぼんやりと時間が過ぎるのを待っていた。
約束したタイミングで入るならもうここを出るべきだ。
なのに、
「よお、行かなくていいのか?」
背後から声がした。
聞きなれた声。
それは、
「そ、蒼汰さん……」
「そろそろ時間だろ?」
カフェに入ってきたその金髪の男にカフェの客は目を惹きつけられていた。
そんな美貌を持つ男が悪戯っぽく笑い、俺を見つめている。
「……いいんすか? 【GARDEN】は?」
「ん? ああ、あっちは拓がいるし大丈夫だろ」
拓。
蒼汰さんは、あのジジイを買っている。
あのジジイの凄さは分かる。だが、蒼汰さんは買い過ぎだ。それじゃ駄目だ。
駄目なんだ。
「なあ、ちょっと話しようぜ。出来れば、外で」
蒼汰さんに促され、俺は席を立つ。
言われたとおりにしたわけじゃない。俺も言いたいことがあったからだ。
「なんで、あんなことをした」
裏路地に入る。この辺りは、夕方からの営業の店が多い。
だから、通りがかるのは、近道をしたいサラリーマンくらいだ。
「なんで? 説明する義理がありますか?」
「義理とかんなことは知らん。説明しろ」
「説明しても無駄だし、仮に、説明したら何が変わるんですか?」
「俺がなんとか出来るかもしれない。俺が出来なくても、オーナーや他の執事、拓が……」
「また、拓……あのジジイですか……なんとか出来るわけないでしょ。あの性格最悪でチカラまで持ってる横河ですよ」
「出来る。……おい、LIN○鳴ってるぜ。見てみろよ」
「そんなことしてる……」
「見ろよ」
蒼汰さんの目が据わっていて、俺は思わずスマホのLIN○画面を開く。
横河がキレていた。待ち合わせに誰も来てないらしい。
「な……!」
「横河が、キレてるとかだろ? 誰も来てねーじゃねーか、みたいな」
俺は蒼汰さんの方を向くと、蒼汰さんはニヤリと笑いながら、話を続ける。
「まあ、向こうの処刑も時間がかかるからちょっと話そうか。まず、お前がそんな顔するってことは気づいてなかったんだろうが。お前が傷つけたあのお嬢様が、力になりたいってほぼ毎日、4日前から来てくれてたんだよ」
「は?」
あの眼鏡女が?
「かわいく変身してたし、魔女姉さんのお陰で毎日大分雰囲気変えてたから気付かなかっただろうな。んで、あの子、絵がちょーうめーのな。アイツらの似顔絵めっちゃ描いてくれた」
そう言って、スマホから見せてくれた画像は、ユーゴの似顔絵だった。
赤茶の髪で、ダブルらしいはっきりした目鼻立ち、それでいて自信なさげな顔が似てる。
「四日目から描いてくれた全員分と、お嬢様達が協力して見つけた特徴を照らし合わせて、知り合いが居たら説得した。行くなって。このユーゴってのは、妹がお嬢様として来てくれててな。妹は知らなかったらしくて、泣きながら俺達に謝って、兄貴を説得したらしい」
それがさっきのLIN○のアレか……
「他にも家族や友達、知り合いが居たらとにかく当たってくれた。これも拓の人柄だ。アイツの知り合いが本気出したら結構な数が特定できて、そして、説得出来たよ。まあ、横河だしな。好きでくっついてるのも金目当てだろ。そいつらは、魔女の弟子達か、怖い先輩達に止められた」
魔女? ああ、葛西さんか。怖い先輩って横河より怖いのなんて相当上だぞ。誰の知り合いだ?
「そんで、今、横河は一番こえー先輩に詰められてる。バックにいるのもこの辺仕切ってるヤバい人だ。……多分、アイツは潰される」
全部、終わった……?
じゃあ、俺は何のために……?
「拓のおかげだ。アイツ、すげーよ」
「……拓? 拓拓拓拓、うるせえんだよっ!」
気付けば、俺は殴りかかっていた。
「あんたはナンバーワンだろ! あんたが一番なんだ! 簡単に譲ってんじゃねえよ!」
右拳に痛みがはしる。
蒼汰さんの顔に思い切り入って、よろめく。
「あー……いってえ」
「ねえ、力貸した方が良い?」
「……!」
ハッと振り返ると、緋田が言ってた格闘家の女と、芸能事務所の社長葛西さんがこちらを見ていた。
「あー、大丈夫大丈夫。これはこっちの問題なので。それに、お嬢様はもしもの時の為の護衛でしょ? そっちのまじょ……女王様を連れて行ってあげて下さいな」
「誰が魔女ですって? 蒼君?」
「いえ、なんでも。そっちは終わったんですか?」
「ええ。全員結局怖いお兄さんにつかまっていったわ」
「美人局じゃないっすか」
「別にこっちに金銭的メリットはないし、ちょっと声かけただけよ」
「白銀の為に、自腹切って人使ったんですか……葛西さんがそんな尽くす女だとは知らなかったなー」
「う、うるさい! じゃあ、もう行くわよ! いこ! 明美ちゃん」
葛西さんと呼ばれた女社長が【GARDEN】へ向かうが、格闘家の子はこっちを見ていた。
「……あの、白銀さんの受け売りですけど……『何も大切なものを握ってない拳は痛みしか残らないんです』って……あたしも、そう思います。じゃ」
それだけ言うと彼女は去って行った。
なんだよ……それ……。
「はっはっは! そうか、そうだな。おい! ……俺が勝ったら、なんであんなことしたか教えろよ。俺は拓みたいに達人じゃねーからな! 手加減とかねーぞ!」
蒼汰さんが殴りかかってくる。嘘だろ、あんたそんな事するやつじゃなかっただろ?
あんたが殴りかかったのなんて俺が知る限り後にも先にも……!
俺は、自分の思考を一旦振り払う。
今は、とにかく。暴れたい。
「うわあああああああああああああ!」
もう頭ん中はぐちゃぐちゃだった。
色んな感情が混ぜこぜで……色んな思い出までくっついてきて、とにかくぐちゃぐちゃだった。
【GARDEN】を裏切ったあの日の解放感と吐き気。
横河から脅され続けた恐怖。
横河たちと再会してしまった悲しみ。
どんどんみんなに認められていく白銀への嫉妬。
負けじと成長していく蒼汰さんに対する歯がゆさ。
皆から冷たい目を向けられながら【GARDEN】で働き続ける申し訳なさ。
手を出しかけ、白銀に投げられ、蒼汰さんに怒られた悔しさ。
『あそこ』で、執事喫茶で俺が出来ることを見出した希望。
必死で俺に何が出来るか考えた苦悩。
俺が自分の無力さと、蒼汰さんとの距離を知った絶望。
蒼汰さんに教えてもらいながら、成長し、そして、やがて緩やかに止まっていきそうな感覚に襲われた不安。
蒼汰さんを追って執事喫茶に入った喜び。
蒼汰さんがあの世界から追い出された怒り。
その感情があふれ出る。そして、目の前にいる感情むき出しの俺の知らない蒼汰さんに思いっきりぶつけてやった。
**********
「あー……マジでいってえ……でも、俺の、勝ちだな」
空が見える。
負けた。蒼汰さんにも結構いいのが入ってたはずだけど、倒れたのは俺の方だった。
「なんで、あんなことした? いや、まあいいや。なんとなく察しはついてる。俺が干された理由をネタに脅されたんだろ」
「……! ……う、あ……はい。あ、横河や小野賀とは蒼汰さんいなくなって荒れてた頃知り合って……その時話しちゃって」
「馬鹿が。あんな噂、屁でもねーよ」
「でも! あの噂のせいで、蒼汰さんは……」
「追い出されてよかったんだよ。そのお陰で俺は【GARDEN】に来れたんだから。お前がそれを背負いこむ事なかったし、アイツらを、【GARDEN】のみんなを巻き込んでほしくなかった」
蒼汰さんは悲しそうに笑うと、どこかに痛みがはしったのか顔を歪める。
「てて……いやー、拓に触りとはいえ格闘技教わっててよかったー」
くそ。
「拓、拓、拓、拓、そんなに才能あるやつが! 白銀がいいんすか?!」
俺はみっともなく地面に寝転びながら叫ぶ。
喉がいてえ。叫び過ぎたのは確かだけど、俺が喉を潰すなんて……
「…………才能、か……なあ、公太。拓のよお、メモ見せてもらったことあるか? アイツ来てまだ数か月だけどよ、びっしり書き込まれてるぜ。一から十……いや、その一から十の小数点から、1.01、1.02、1.03って俺らがざっくりやってるところまで細かに全部メモってる。そんでよ、一から十もそこで終わらず、百まで増やしてる」
「え?」
「分かるか? アイツはよ、マジで古い人間なんだよ。コツコツコツコツ、馬鹿みてえにコツコツコツコツ……無駄な事はそぎ落としてずーっと積み上げてる。それを喫茶店時代から考えれば、三〇年近くだ。分かるか? 三〇年コツコツし続けることの凄さが。俺達に出来るか? 三〇年ずっと努力……嫌な事があった日も、遊び惚けたくなった日も、泣きたいことがあった日も、コツコツコツコツ」
俺は?
俺は、【GARDEN】の為の勉強を、毎日やってたか? 欠かさず? やってたか?
あれ?
「俺は、思わず自分を振り返って恥ずかしくなった。コイツから学ぶべきだ。俺も、みんなも、お前も。そう思ってた……」
俺、何やってるんだ?
【GARDEN】とその教育係の蒼汰さんの役に立ちたくて勉強して。
もっと良い執事になりたくて努力して。
うまくいかなくて他の方法探す為にほかの店で学んで。
他の店で学んだことが認めてもらえなくて。
あとからポンと出てきた白髪のジジイが先にみんなに認められて。
苛立って、当たって、迷惑かけて、そのジジイに邪魔されて。
でも、そのジジイは実は凄い努力してて。
でも、俺はただただそのジジイが嫌いで。
ジジイを気に入ってる蒼汰さんも嫌いになって。
【GARDEN】が嫌いになって。
あれ? 俺、なんのために? なにやってたんだ?
…………そうだ。
俺は、俺は、俺は……!
「お、おれ……蒼汰さんみたいになりたかった。昔から女の子達に夢をあげてる蒼汰さんみたいに、そう、思って、【GARDEN】入って、その、元気ない、女の子が、目をキラキラさせて帰っていくのを見て、すげーって、そうなりたいって思って」
「そう思ってた頃のお前の目はキラキラしてたよ」
「あ…………!」
「俺は、お前がいてくれて楽しかったよ。俺がどんなに空っぽなヤツであっても、信じてついてきてくれるお前がいて。……俺はさ、お前に、俺の次の教育係になってほしかった。俺の我が儘かもしれないけど、俺の名前くれって言ってくれたお前に……!」
『蒼汰さん! 俺、蒼汰さんの蒼、貰って蒼樹って執事名にしていいっすか? 俺、絶対蒼汰さんみたいな凄い執事になってみせますから!』
「ごめんな」
違う。あんたが悪いわけじゃない……。俺が……俺は、あんたにそんな顔して欲しかったわけじゃない。
『ばーか。俺の名前なんて貰おうとすんなよ。お前なら、もっと上行けるよ、公太』
「俺は……!」
「いいか、蒼樹! 俺は! あの店のトップになった! あの店を俺が継いだ! 俺は『蒼』の執事はお前だと勝手に決めてる! オーナーも勝手に『銀』を永久欠番にしてたんだ。ならいいだろ。だから、ちゃんと全部償って、『勉強して』帰ってこい!」
「はい……!」
蒼汰さんはこう言っても、他のみんなが許してくれないだろう。
でも、それでも、俺はもう一度、死ぬ気で勉強して帰って来よう。
せめて、面と向かって謝罪して、緋田に殴られて、白銀に投げ飛ばされて、みんなから罵声を浴びせられる。そこまで辿り着こう。
俺が、もう一度蒼汰さんを追う為には、それしかないから。
俺が馬鹿みたいに泣いてたら、ごつめの男が何人か来て俺を抱えて連れて行こうとした。
「あー、ソイツ暴れないとは思いますけど、頼んます。俺は【GARDEN】に戻ります」
「はい。白銀さんからも、本当に悪い人ではないと思う、と言われてますんで」
……俺は、本当に何を見てたんだろう……! 俺は……。
「だい、じょうぶ、です。逃げもしないし、拒否もしません。ちゃんと行きますから。自分の足で」
男が目を合わせながらも、そっと俺を離す。
俺は、歯食いしばって立って。歩き始める。
「蒼樹、またな」
「はい……また……!」
蒼汰さんに背中を向け、俺は歩き出す。
自分の足で歩く。今度は、ちゃんと。
九月二日の俺の役割は、何食わぬ顔で【GARDEN】に行き、みんなの前で、横河さんに謝罪し、許してもらう。
それだけだ。
それで、みんなに横河さんに下るよう促すだけだ。
けど、なんで、俺は……。
「まだ、こんな所でグダグダしてんだ……」
【GARDEN】から少し離れたカフェ。
そこで俺はぼんやりと時間が過ぎるのを待っていた。
約束したタイミングで入るならもうここを出るべきだ。
なのに、
「よお、行かなくていいのか?」
背後から声がした。
聞きなれた声。
それは、
「そ、蒼汰さん……」
「そろそろ時間だろ?」
カフェに入ってきたその金髪の男にカフェの客は目を惹きつけられていた。
そんな美貌を持つ男が悪戯っぽく笑い、俺を見つめている。
「……いいんすか? 【GARDEN】は?」
「ん? ああ、あっちは拓がいるし大丈夫だろ」
拓。
蒼汰さんは、あのジジイを買っている。
あのジジイの凄さは分かる。だが、蒼汰さんは買い過ぎだ。それじゃ駄目だ。
駄目なんだ。
「なあ、ちょっと話しようぜ。出来れば、外で」
蒼汰さんに促され、俺は席を立つ。
言われたとおりにしたわけじゃない。俺も言いたいことがあったからだ。
「なんで、あんなことをした」
裏路地に入る。この辺りは、夕方からの営業の店が多い。
だから、通りがかるのは、近道をしたいサラリーマンくらいだ。
「なんで? 説明する義理がありますか?」
「義理とかんなことは知らん。説明しろ」
「説明しても無駄だし、仮に、説明したら何が変わるんですか?」
「俺がなんとか出来るかもしれない。俺が出来なくても、オーナーや他の執事、拓が……」
「また、拓……あのジジイですか……なんとか出来るわけないでしょ。あの性格最悪でチカラまで持ってる横河ですよ」
「出来る。……おい、LIN○鳴ってるぜ。見てみろよ」
「そんなことしてる……」
「見ろよ」
蒼汰さんの目が据わっていて、俺は思わずスマホのLIN○画面を開く。
横河がキレていた。待ち合わせに誰も来てないらしい。
「な……!」
「横河が、キレてるとかだろ? 誰も来てねーじゃねーか、みたいな」
俺は蒼汰さんの方を向くと、蒼汰さんはニヤリと笑いながら、話を続ける。
「まあ、向こうの処刑も時間がかかるからちょっと話そうか。まず、お前がそんな顔するってことは気づいてなかったんだろうが。お前が傷つけたあのお嬢様が、力になりたいってほぼ毎日、4日前から来てくれてたんだよ」
「は?」
あの眼鏡女が?
「かわいく変身してたし、魔女姉さんのお陰で毎日大分雰囲気変えてたから気付かなかっただろうな。んで、あの子、絵がちょーうめーのな。アイツらの似顔絵めっちゃ描いてくれた」
そう言って、スマホから見せてくれた画像は、ユーゴの似顔絵だった。
赤茶の髪で、ダブルらしいはっきりした目鼻立ち、それでいて自信なさげな顔が似てる。
「四日目から描いてくれた全員分と、お嬢様達が協力して見つけた特徴を照らし合わせて、知り合いが居たら説得した。行くなって。このユーゴってのは、妹がお嬢様として来てくれててな。妹は知らなかったらしくて、泣きながら俺達に謝って、兄貴を説得したらしい」
それがさっきのLIN○のアレか……
「他にも家族や友達、知り合いが居たらとにかく当たってくれた。これも拓の人柄だ。アイツの知り合いが本気出したら結構な数が特定できて、そして、説得出来たよ。まあ、横河だしな。好きでくっついてるのも金目当てだろ。そいつらは、魔女の弟子達か、怖い先輩達に止められた」
魔女? ああ、葛西さんか。怖い先輩って横河より怖いのなんて相当上だぞ。誰の知り合いだ?
「そんで、今、横河は一番こえー先輩に詰められてる。バックにいるのもこの辺仕切ってるヤバい人だ。……多分、アイツは潰される」
全部、終わった……?
じゃあ、俺は何のために……?
「拓のおかげだ。アイツ、すげーよ」
「……拓? 拓拓拓拓、うるせえんだよっ!」
気付けば、俺は殴りかかっていた。
「あんたはナンバーワンだろ! あんたが一番なんだ! 簡単に譲ってんじゃねえよ!」
右拳に痛みがはしる。
蒼汰さんの顔に思い切り入って、よろめく。
「あー……いってえ」
「ねえ、力貸した方が良い?」
「……!」
ハッと振り返ると、緋田が言ってた格闘家の女と、芸能事務所の社長葛西さんがこちらを見ていた。
「あー、大丈夫大丈夫。これはこっちの問題なので。それに、お嬢様はもしもの時の為の護衛でしょ? そっちのまじょ……女王様を連れて行ってあげて下さいな」
「誰が魔女ですって? 蒼君?」
「いえ、なんでも。そっちは終わったんですか?」
「ええ。全員結局怖いお兄さんにつかまっていったわ」
「美人局じゃないっすか」
「別にこっちに金銭的メリットはないし、ちょっと声かけただけよ」
「白銀の為に、自腹切って人使ったんですか……葛西さんがそんな尽くす女だとは知らなかったなー」
「う、うるさい! じゃあ、もう行くわよ! いこ! 明美ちゃん」
葛西さんと呼ばれた女社長が【GARDEN】へ向かうが、格闘家の子はこっちを見ていた。
「……あの、白銀さんの受け売りですけど……『何も大切なものを握ってない拳は痛みしか残らないんです』って……あたしも、そう思います。じゃ」
それだけ言うと彼女は去って行った。
なんだよ……それ……。
「はっはっは! そうか、そうだな。おい! ……俺が勝ったら、なんであんなことしたか教えろよ。俺は拓みたいに達人じゃねーからな! 手加減とかねーぞ!」
蒼汰さんが殴りかかってくる。嘘だろ、あんたそんな事するやつじゃなかっただろ?
あんたが殴りかかったのなんて俺が知る限り後にも先にも……!
俺は、自分の思考を一旦振り払う。
今は、とにかく。暴れたい。
「うわあああああああああああああ!」
もう頭ん中はぐちゃぐちゃだった。
色んな感情が混ぜこぜで……色んな思い出までくっついてきて、とにかくぐちゃぐちゃだった。
【GARDEN】を裏切ったあの日の解放感と吐き気。
横河から脅され続けた恐怖。
横河たちと再会してしまった悲しみ。
どんどんみんなに認められていく白銀への嫉妬。
負けじと成長していく蒼汰さんに対する歯がゆさ。
皆から冷たい目を向けられながら【GARDEN】で働き続ける申し訳なさ。
手を出しかけ、白銀に投げられ、蒼汰さんに怒られた悔しさ。
『あそこ』で、執事喫茶で俺が出来ることを見出した希望。
必死で俺に何が出来るか考えた苦悩。
俺が自分の無力さと、蒼汰さんとの距離を知った絶望。
蒼汰さんに教えてもらいながら、成長し、そして、やがて緩やかに止まっていきそうな感覚に襲われた不安。
蒼汰さんを追って執事喫茶に入った喜び。
蒼汰さんがあの世界から追い出された怒り。
その感情があふれ出る。そして、目の前にいる感情むき出しの俺の知らない蒼汰さんに思いっきりぶつけてやった。
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「あー……マジでいってえ……でも、俺の、勝ちだな」
空が見える。
負けた。蒼汰さんにも結構いいのが入ってたはずだけど、倒れたのは俺の方だった。
「なんで、あんなことした? いや、まあいいや。なんとなく察しはついてる。俺が干された理由をネタに脅されたんだろ」
「……! ……う、あ……はい。あ、横河や小野賀とは蒼汰さんいなくなって荒れてた頃知り合って……その時話しちゃって」
「馬鹿が。あんな噂、屁でもねーよ」
「でも! あの噂のせいで、蒼汰さんは……」
「追い出されてよかったんだよ。そのお陰で俺は【GARDEN】に来れたんだから。お前がそれを背負いこむ事なかったし、アイツらを、【GARDEN】のみんなを巻き込んでほしくなかった」
蒼汰さんは悲しそうに笑うと、どこかに痛みがはしったのか顔を歪める。
「てて……いやー、拓に触りとはいえ格闘技教わっててよかったー」
くそ。
「拓、拓、拓、拓、そんなに才能あるやつが! 白銀がいいんすか?!」
俺はみっともなく地面に寝転びながら叫ぶ。
喉がいてえ。叫び過ぎたのは確かだけど、俺が喉を潰すなんて……
「…………才能、か……なあ、公太。拓のよお、メモ見せてもらったことあるか? アイツ来てまだ数か月だけどよ、びっしり書き込まれてるぜ。一から十……いや、その一から十の小数点から、1.01、1.02、1.03って俺らがざっくりやってるところまで細かに全部メモってる。そんでよ、一から十もそこで終わらず、百まで増やしてる」
「え?」
「分かるか? アイツはよ、マジで古い人間なんだよ。コツコツコツコツ、馬鹿みてえにコツコツコツコツ……無駄な事はそぎ落としてずーっと積み上げてる。それを喫茶店時代から考えれば、三〇年近くだ。分かるか? 三〇年コツコツし続けることの凄さが。俺達に出来るか? 三〇年ずっと努力……嫌な事があった日も、遊び惚けたくなった日も、泣きたいことがあった日も、コツコツコツコツ」
俺は?
俺は、【GARDEN】の為の勉強を、毎日やってたか? 欠かさず? やってたか?
あれ?
「俺は、思わず自分を振り返って恥ずかしくなった。コイツから学ぶべきだ。俺も、みんなも、お前も。そう思ってた……」
俺、何やってるんだ?
【GARDEN】とその教育係の蒼汰さんの役に立ちたくて勉強して。
もっと良い執事になりたくて努力して。
うまくいかなくて他の方法探す為にほかの店で学んで。
他の店で学んだことが認めてもらえなくて。
あとからポンと出てきた白髪のジジイが先にみんなに認められて。
苛立って、当たって、迷惑かけて、そのジジイに邪魔されて。
でも、そのジジイは実は凄い努力してて。
でも、俺はただただそのジジイが嫌いで。
ジジイを気に入ってる蒼汰さんも嫌いになって。
【GARDEN】が嫌いになって。
あれ? 俺、なんのために? なにやってたんだ?
…………そうだ。
俺は、俺は、俺は……!
「お、おれ……蒼汰さんみたいになりたかった。昔から女の子達に夢をあげてる蒼汰さんみたいに、そう、思って、【GARDEN】入って、その、元気ない、女の子が、目をキラキラさせて帰っていくのを見て、すげーって、そうなりたいって思って」
「そう思ってた頃のお前の目はキラキラしてたよ」
「あ…………!」
「俺は、お前がいてくれて楽しかったよ。俺がどんなに空っぽなヤツであっても、信じてついてきてくれるお前がいて。……俺はさ、お前に、俺の次の教育係になってほしかった。俺の我が儘かもしれないけど、俺の名前くれって言ってくれたお前に……!」
『蒼汰さん! 俺、蒼汰さんの蒼、貰って蒼樹って執事名にしていいっすか? 俺、絶対蒼汰さんみたいな凄い執事になってみせますから!』
「ごめんな」
違う。あんたが悪いわけじゃない……。俺が……俺は、あんたにそんな顔して欲しかったわけじゃない。
『ばーか。俺の名前なんて貰おうとすんなよ。お前なら、もっと上行けるよ、公太』
「俺は……!」
「いいか、蒼樹! 俺は! あの店のトップになった! あの店を俺が継いだ! 俺は『蒼』の執事はお前だと勝手に決めてる! オーナーも勝手に『銀』を永久欠番にしてたんだ。ならいいだろ。だから、ちゃんと全部償って、『勉強して』帰ってこい!」
「はい……!」
蒼汰さんはこう言っても、他のみんなが許してくれないだろう。
でも、それでも、俺はもう一度、死ぬ気で勉強して帰って来よう。
せめて、面と向かって謝罪して、緋田に殴られて、白銀に投げ飛ばされて、みんなから罵声を浴びせられる。そこまで辿り着こう。
俺が、もう一度蒼汰さんを追う為には、それしかないから。
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「あー、ソイツ暴れないとは思いますけど、頼んます。俺は【GARDEN】に戻ります」
「はい。白銀さんからも、本当に悪い人ではないと思う、と言われてますんで」
……俺は、本当に何を見てたんだろう……! 俺は……。
「だい、じょうぶ、です。逃げもしないし、拒否もしません。ちゃんと行きますから。自分の足で」
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俺は、歯食いしばって立って。歩き始める。
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サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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