運命なんていらない

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太郎編1

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「とにかく、身体を休めて。お水、持ってくるから」

先生が寝室を出て扉を閉めると同時に、俺は頭を抱えた。

やってしまった……!
いや、正確にはヤられた方か……いやいや、違う!!
混乱しすぎて、心の中で自分で自分を突っ込む。

まさか、こんなことになるなんて……。
俺は才谷先生の大ファンだった。
でも、こんな大それたことをするつもりはなかったんだ!
モブ中のモブの俺が……あんなに美しい才谷先生に……ない!ない!!



初めて先生を見たのは書店のサイン会だった。
俺は当時高校生で、先生の書く小説の純粋なファンで、サインが欲しくて書店に並んだ。
その時の先生はまだ顔出しをしておらず、書籍も数冊でそこまでの知名度はなかった。
俺は、先生の書く小説の世界観がとにかく好きだった。
どんな人が書いているんだろう?
列に並びながら、わくわくしていた。

初めて目にした動く先生は、作り物のような、完全な美しさだった。
長い睫毛、大きな二重の瞳、小振りだが通った鼻筋とぽってりとした唇。

絵に描いたようなΩだ……!
第一印象は、まさしくそれだった。

こんな美しい人があんな作品を……?

才谷先生の作風は一言で言うと、暗。
人のほの暗い部分が本当に秀逸で、読んでいてゾクゾクしていた。

俺は自分自身が全く特徴のない人間だと思っていた。
身長も体重も平均的で、顔立ちも良くもなく悪くもなく。
運動も成績も中。
絵に描いたようなβ。

自分は世界に選ばれていない。

多感な時期からずっと、いてもいなくてもいい存在の自分に対し、暗澹たる 思いを抱えていた。
その他大勢の自分。
βというバース性に、運命に、普通を突き付けられたんだ。

思春期のβならば、誰しも一度は通る道かもしれない。

そんな俺を救ってくれたと言っても過言ではないのが、才谷先生の小説だった。

先生の小説では、普通の人間がいつも主役だった。
普通の人間が少しの間違いで転落したり、多くの人を巻き込んだ事件を起こしたりする。
普通の人間が幸せになる話の訳ではない。
それなのに、こんな素晴らしい小説の主役足りうることに感銘を受けていた。

きっと、俺と同じような普通の人が書いてくれているんだろう。
そう、思っていたのに……。

まさか、こんな美しい人だとは……。
正直、がっかりした。
選ばれし者が、選ばれざる者を憐れんでスポットライトをあてただけか、と。

でも、作品を好きなことには変わりない。
俺は最後まで並んでサインの番が来るのを待った。

「君みたいな若い子がこんな小説読むんだね?」

先生は想像よりも低い声音で俺に言った。

「あの、俺、普通だから、その」

ただサインを貰うだけだと思っていたので、話す準備をしてなかった。
何も言えない間にサインは終わって、本を手渡される。

「普通かぁ。羨ましい」

その表情が忘れられなかった。

美しい顔を歪め、一瞬、俺を羨望の眼差しで見た。
俺がαやΩを見ていたのと同じ瞳だった。

すぐに、表情が消え、元の美しい人形の顔に戻ったが、あの瞬間だけ血肉が通ったように感じた。

なぜだろう。分からない。

その思いはずっと胸の奥に燻っていた。

サイン会などで顔出しをしたこともあって、先生の人気は高まっていった。
サイン会も容易に当選することはできず、あまりのファンの過熱ぶりに対面でのサイン会すら開催されなくなっていった。

それからも、俺は先生の作品を読み続けた。
相変わらず、世界観はそのままで、よりその暗闇が広がっている気がした。
あんなに美しい人が書く世界の歪さ。
なぜ、幸せな話が一つもないんだろう。
そんな話を書いて貰いたい。

そう、思ったことが編集者を目指すきっかけだった。

一念発起し、俺はその後の高校生活すべてを犠牲にし、必死で勉強して、一流大学に合格した。

普通の俺が認められるためには並大抵の努力では足りなくて。
大学生活も青春を謳歌することなく、出版社でのバイトに捧げた。
その甲斐あって採用が決まり、文芸編集者として働き始めた。

それから数年後、先生が文学賞を受賞する。
やっと編集者という立場で先生と会えると思っていたのに、今ではどこの出版社でも次回作をウチで!と争奪戦になっている。
やり手の先輩編集者たちがアポを取ろうとしても、返事すらないらしい。
一応、編集長の許可を得て、俺も自分の着想をメールしたものの、連絡なんてあるはずがないと思っていた。

そこにまさかのメール。
先生の自宅で打ち合わせしてみたいと言う。

編集室は大騒動で、編集長も同席したいと言ったが、そこは断られた。
あくまで、提案した俺の意見だけが聞きたいと言われ、すべてが俺の肩にかかっていた。

なんとか、連載をもぎ取ってこい!と編集室から送り出されたが、正直みんな俺に期待はしていなかっただろう。
他の編集者の足掛かりになればいい、くらいのものだ。

俺自身は自分の人生の転機ともなった先生と作品を作れるかもしれないというチャンスにワクワクしていた。

それが、まさか……。
あんなことに……。
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