運命なんていらない

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太郎編3

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目を覚ますと、心配そうに俺を見ている海里さんの顔があった。

「タロ、気づいた?また無理させちゃったね……ごめん。歯止めがきかなくて……」

俺は身体を動かそうとしたが、今度こそ微動だに出来なかった。

「ちゃんと身体も綺麗にしてるから、このまま寝てていいよ。水分だけとろう。お腹は空いた?食べられるなら持ってくるよ」

俺は海里さんの物なのか、バスローブを身に付けていた。
下着も履かされている。
肌もサラサラしているので、気を失っている間に海里さんがすべてやってくれたんだろう。
申し訳なさすぎる。

「あの、すみません。海里さんに全部やらせてしまって……」
「いや、僕が悪いよ。タロが僕のこと嫌がったことでキレちゃって……こんなこと、するつもりじゃなかったのに……」
海里さんは顔を曇らせて項垂れている。
「あの、俺は恥ずかしかっただけで、海里さんがどうとかではなかったんですけど……」

あからさまに、海里さんの顔が輝いた。
「えっ、そうなの?ごめん!てっきり僕のことが嫌なのかと思って……良かった」

良かった?
俺ごときがどう思おうと関係ないんじゃあ……。

「明日、仕事は?急ぎがないなら、編集長に連絡して、僕の小説について打ち合わせしたいって言われたって、ここでゆっくりしたら?僕から連絡してもいいよ」
「編集長からは、先生の指示にすべて従うように言われてます。とりあえず今週は急ぎはないので、仕事もこの件次第で、と」
「良かった!じゃあ、打ち合わせも兼ねて、ゆっくりして」

なぜか、海里さんはご機嫌になっている。
その後も甲斐甲斐しく世話をされ、居たたまれなさすぎる。

「あのっ、ホントに大丈夫です!もう動けるようにもなってますし。打ち合わせは……?」
「あぁ。タロが書いて欲しい物を書くよ。いくらでも」


「あの……なぜ、俺のことをそんなに気に入って頂けたんでしょうか?」
「え?セックスの相性がいいってこと?」

そんなこと一言も言ってません!!

「嘘だよ。いや、相性もいいけどね?」

妖艶に笑んだ後、ふっと、悲しい顔をする。

「僕はね、タロが言ってたみたいに、恋愛って分からないから書けなかったんだよね。どんなに汚い感情も理解できるのに、恋愛だけはダメだった。自分で理解したくないって思ってたから。今日までは、ね」

海里さんがそれは嬉しそうに笑う。

「タロに言われて、そろそろ書く努力をしようって思ったんだけど……もう、書けるよ。君に恋をしたから」
「へ?」
俺に、恋!?
いや、ありえない!

「な……んで、俺なんか……」
「何でかなぁ?僕が憧れていた普通で、ちゃんと僕のことを前から見ていてくれて、今の僕を知ってくれて、その上で僕のそのままを受け入れてくれる。そんな相手、好きにならない人、いる?僕は、好きになってたんだ、いつの間にか。恋に落ちるって、まさしくこのことだよね」

先生は幸せそうに微笑んでいる。
俺には、全く理解できない。

「いや、あの……海里さんにはもっと素敵な人が……俺、βですし」
「僕が好きになる相手はαじゃないといけないの?」
「う……いえ。でも、俺である意味が……海里さんほどの人の相手は俺には無理です」

どう考えても釣り合わない。

「……じゃあ、タロは仕事として、僕に恋を教えてよ。僕は初めて恋に落ちるってことを今、経験してる。これから、そうだな……一ヶ月でいい。一ヶ月僕と過ごして、タロに好きになってもらって恋を成就させるか、振られて失恋を味わうか……どちらにしても良い小説が書けるよ?」
「いや、それは……」

小説のためにって、そんなのはダメだ。

「タロは真面目だなぁ。こんなことしといてあれだけど、肉体関係はナシ。清いお付き合い。それならどう?僕の小説は一ヶ月タロの時間を貰う価値はないかな?」

「そんな訳ないじゃないですか!」
「じゃあ、決まり。今から第一稿書くよ。タロはこのまま休んでて」

海里さんは笑顔で寝室を出ていく。
お、押しきられた……。
いやいや、恋に落ちたって、そんな訳ない!
何が海里さんの琴線に触れたのか分からないが、気持ちはすぐ冷めるだろう。
その時に、小説は……いや、海里さんもプロだ。
とりあえず気持ちは冷めても、小説は書いてくれるはず。

でも、俺の気持ちはどうしたらいいんだろう……。
俺は一ヶ月後、海里さんのことを本当に好きになってしまっても、未来なんかない。
しかも……俺は、すでに、好きなってしまってる!

あぁ!自分で認めてしまった!!

いや、好きになるだろ……あんなの……。
俺は自慢じゃないが、モテない。
今まで、男女とも恋人がいたことはない。
海里さんとのアレが全て最初。
こんな普通の男が、最初にあんなのって好きにならないの無理だろ!
ずっと俺のことを可愛いだの良い子だの褒めて、いつもの精巧なビスクドールのような顔が雄に変わる瞬間を見せられ、恋愛対象は女性だと思っていた俺が、心臓が早鐘のように高鳴った。

ヒートじゃなくても俺で勃った海里さんに嬉しくさえなっていたのに、その上初恋だって!?

この役は、俺には荷が重すぎる……。
海里さんが俺に飽きた頃、俺は海里さん無しではいられなくなっている。
海里さんと恋人としての幸せな経験をしてしまったら、もうそれを越えることは俺の人生で無理だ。

そんな選択、できない。
今なら、ヒートでの過ちだと、思い出にできる。

俺はベットの上をゴロゴロしながら、なんとか穏便に断る方法を考えていた。

特に妙案も浮かばないまま時だけが過ぎる。
海里さんが準備してくれていた冷製ポタージュスープを飲み、軋む身体もなんとか動ける所まで回復した頃に、部屋をノックし海里さんが寝室に戻ってきた。
タイムオーバーか……。

海里さんがタブレットPCを差し出す。

「出会うまで、書いたよ」

才谷海里の新作を世界で初めて俺が読む。
タブレットPCを受け取る手が震えた。
第一稿を読みながら画面を震える指でスクロールする。

そこには、いつもの才谷海里の作風とはガラッと変わった優しい物語が広がっていた。
いつも美しい文体ではあるが、より瑞々しく澄んでいる。
αの男性とΩの女性が不安定ながらも初恋に身を投じていく様子に心を捕まれる。

間違いなく、この作品は代表作になる。

そう、編集者として若輩な俺ですら確信した。

「まだ第一稿だからいくらでも変更するよ?」
「いえ、このままで、このままが、いいです」

海里さんも満足げに頷く。

「書いてて幸せな気持ちになったのは初めてだよ。ホントはΩとβの男同士で書きたかったけどね。売れ筋にそこは変更しましたよ、編集さん?」

いたずらっ子のようにキシシと歯を見せ笑う海里さんを見て、完敗だ、と覚悟した。

一ヶ月、海里さんと恋人として過ごそう。
一生に一度の恋を、しよう。

「海里さん、一ヶ月、俺と恋人になって下さい」

一瞬目を見開いた海里さんが、花が綻んだように笑う。

「ありがとう、タロ。好きだよ」

期間限定の恋人として、甘い地獄が始まる。
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