3 / 163
3 秋の日に舞い降りた胡蝶
しおりを挟む雲一つないほどに晴れ、高く澄み渡る青空の眩しかった、ある秋の日の、昼ごろ――。
洋式の豪華絢爛な屋敷、その屋敷の前にある、広い庭園に植えられた赤いもみじの木々。…乾いた、冷ややかな茶色の木の幹、上に辿れば青空に暗く浮かぶ梢の先、ざわざわ…赤く色付いたもみじの、無数の木の葉が冷たい風に揺らされ揺らめき、今もまた一枚…ぷつり。
鮮やかな紅色のもみじが、とがった梢の先からまた一枚千切れ…舞う…蝶が飛んでいるように、ひらひらと舞い落ちてゆく、その先――薄紫色の口布で口元を隠した、淡い水色の装束を身に纏う長駆の男が立ち、この屋敷の門に入ってすぐの場所で、軽く頭を下げている。
落ちゆくもみじが、その形に影を落とした――かの人の白い両手が掲げ持っている、大人の腕ほどもあるような、太く大きな桜の木の枝一本。
…この国は、もう秋だ。――だというのに、その桜の木の枝には、薄桃色の小さな花びらがちらほらと咲いている。
そのお方の名は――。
「…五蝶の国からやって参りました。私は五蝶一族、十二男――ユンファと申します。」
ユンファ…――。
その方はいま、髪の一本も見えない。
頭には、黒く美しい眉の上まで覆う、白い頭巾――淡い水色の羽織りを纏う肩に、それの白い布が落ちている――をかぶり、華美な銀糸で蝶の描かれた、地面につきそうなほどにたっぷりとした袂の、淡い水色の羽織りを上に、そしてその下には、彼が手に持つ桜のような薄桃色の、綺麗な着物を身に纏う。
どことなく俺の生まれ故郷の服――漢服、と呼ばれる着物に近いようだが、その人の薄桃の着物は、腰に留められた濃い橙色の細帯の下、両側面にまっすぐ下まで切れ込みが入っている。
そして、足首より拳二つぶんほど上にある、ひらひらと軽い裾、薄桃色の薄い布は下のほうばかり透け、秋の冷風にはためき…今も彼の背後に停まっている、迎えの馬車から今しがた、しゃなりと下ろされ、門の中まで歩んできたその足には、黒に金の錦糸で刺繍を施された靴を履いている。…先ほど舞っていた紅色のもみじが一枚、その人の黒い靴のつま先に落ちて、ひらひらそよいでいた。
首元の肌さえ、ぴっちりと白い布で覆われて見えず、白い袴で脚の肌もまるで見えず――ユンファ殿の口元も、半透明の薄紫の口布で覆われ、厳かに隠されている。
唯一窺える肌色――極白い肌――は、その伏せられた目元のみ。…端正な黒々とした眉の下、切れ長の美しいまぶたは伏し目、薄紫色をしたその瞳は翳り、どこか憂いを帯びている。
「…このノージェスの英雄と名高き、ジャスル・ヌン・モンス様ほどのお方が――此度の、私ユンファとの縁談を快くご提案、ご承諾くださいましたこと、誠にありがとうございます。…この類まれなる良縁に、我らが長リベッグヤもまた心より喜び、ジャスル様へ感謝しておりましたこと、僭越ながら、伝言させていただきまする。」
両手に掲げ持ったその太い桜の枝の奥、深く頭を垂れるユンファ殿はほとんど無表情、その顔の端正さも相俟っては、まるで巨匠に造られた人形のようである。
ユンファ殿は頭を下げたまま――初めて目の当たりにするのだろうこの広大な洋館にも興味を示さず、その人はこの屋敷も、それの前にある、この花々が色鮮やかに咲き誇り、紅葉樹の見事な庭園さえも、何も見渡すようなことはしなかった。
そして、おもむろにユンファ殿は、地面にゆっくりと片膝ずつ着いた。…そうして膝立ちになると、頭の上へ両手に持つその、太い桜の枝を掲げた。
「…ジャスル様…この桜は、我が国五蝶に咲き誇る、“永久の桜”でございます。…この桜は四季を問わずして万年花を付ける、大変珍しいもの…――我ら五蝶とノージェスの和親関係が、この桜のごとく、どうか末永く続きますように…、和親の証として、そして五蝶の長リベッグヤからの結納の品として、この“永久の桜”を、ジャスル様へご献上いたします。…どうぞ幾久しく、お納めくださいませ。」
「…ぐふふ、随分とかしこまるもんよなぁ、ユンファ…」
「…………」
そうだ。
――その人は、何も見なかったのだ。
「…ワシらはこれよりメオトとなるのだぞ? そうかしこまるな、もっと楽にせい」
「…痛み入りまする。これより幾久しく、よろしくお願い申し上げます、ジャスル様。……」
これよりメオト――婚姻関係――となる、自分の目の前に立った、ハゲ頭の大柄で肥えた男…ジャスル・ヌン・モンスのことでさえも。
ユンファ殿は、何も見なかった。
膝立ちのまま、両手に持つその“永久の桜”とやらを、腕を伸ばし、ただその人へ高く捧げ――伏せ気味のその顔、…その切れ長の白いまぶた。
「…………」
桜が…いや、――その人の両手が、小さく震えている。
10
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる