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4 ジャスル・ヌン・モンスという英雄
しおりを挟むこの国ノージェスは、かなりの大国である。
北に、南に、西に、東に…どの方向へ向かおうとも、行けども行けどもこの大国の領土――自由の国と呼ばれるこのノージェスは、種族、文化、民族さまざまな者が多く集い、それぞれ折り合いをつけながら、それでも何とか暮らしている。
そして、この広大なノージェスの中央に位置する、王都――。
その王都の宮殿近くに、此処ジャスル邸はある。
ジャスル様のこのお屋敷は、俺にしてみればいささか不慣れな洋館である。…しかし、俺の生まれ故郷に近しい造りの部屋もあるのは、ジャスル様が本来ノージェスにおいても東南のお生まれであることと、その人の本業が貿易商であるために、異国文化さまざまなものをお屋敷にも取り入れているから、である。
また王都、それも宮殿近くともなれば、人間の手が行き届いた街であるようで――その実、王都でもことに宮殿の近くほど、住み良くありつつも閑静な場所はないのだ。
国王が静かに、和やかに暮らすため、王都も宮殿近くはさほど自然が淘汰されているわけではなく、ほとんどが貴族や富豪など、上流階級の者の屋敷がただずらり、静かに並んでいるだけだ。
それでいうなら、もう少し宮殿から下った先の街のほうが人で賑わい、商売も盛んである。――それこそその街は、上流階級の者よりもよほど絶対数の多い、一般庶民が多く集っているのだから、それもまたある意味では当然のことか。
そして、この豪華絢爛な洋館の主――ジャスル・ヌン・モンスは、このノージェスの英雄だ。
というのも…広大な領地取りを終えた戦後のノージェスは、その戦争の因果により一時、深刻な貧困状態となった。…ことに国民の食糧問題は、国王の頭を酷く悩ませたそうだ。
土地は火薬などで痩せ、畑は戦争によって機能しなくなっており、金もないために復興することも簡単ではない。――王族や貴族、軍人や医師など上流階級の者は、それでも食うには困らなかったそうだが。
しかし、侵略された地域の住人を含め、多くの庶民は戦争によって痩せてしまった土地で暮らし、また商売を始める資源も資金もなく、戦後しばらくの庶民は、八方塞がりな貧困に喘ぎ苦しんでいた。
国の生産性を上げるために領地取りをしたつもりが――その領地取りの戦争のせいで、逆に方々の生産性が著しく下がってしまった、というわけだ。
ましてや、国が復興支援をするといっても――このノージェスの領地があまりにも広大では、すべての地域の復興を、国が支援することは難しかった。
その中でもいち早く支援されたのは、食糧問題を解決するために農民ではあるが、…しかし、その農民にしても王都に近しい地域の者たちから始まり、何年経ってもノージェスの端のほうの農民は支援されず、また、他のことを生業としていた者たちは必然的に、支援を後回しにされていた。
そうしているうちに、農民同士でさえあからさまな貧富の差が生まれ、不満の声が国内のあちこちで噴出し、一揆する者、この混乱にかこつけて独立しようとする者、と、国内紛争も絶えず――そのような混沌とした時代の中、ジャスル様は、その類まれなる商才と手腕により、どんよりと停滞していたこの国を商売で活気付け、そしてみるみると瞬く間に、このノージェスの景気を良くしたのだ。
のみならずジャスル様は、国民に仕事を与えた。
働き口のない者や、支援を受けられない農民たち、元は商売をしていた者――金を融資し、あるいは雇って、あるいは畑と独占契約をして仕事を与え、この国のさまざま地域の品を輸入し、あるいは畑で育てさせ、販売し、よく売れる商品は大量生産、すなわち工場を作り、また人々に仕事を与えた。
そうしてノージェスの英雄となったジャスル様は、今や国一番の大富豪にして、この国を秘密裏に牛耳っていると言っても過言ではないお人だ。
国王もまたジャスル様には甘く、宮殿の近くにその人を住まわせるほど、国の軍隊までその人の要求のまま好きなだけ貸し出すほどに、ジャスル様を重用している。――また政治に関しても、いまやその人の意見を重要視して、ときには一商人であるはずのジャスル様に、政治的に一任する場面もあるくらいなのだ。
そして、そんなこの国ノージェスの英雄にして、根っから商魂猛々しいジャスル様は、ついに秘境とされていた、“五蝶の国”に目を付けた――。
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