胡蝶の夢に耽溺す【完結】

🫎藤月 こじか 春雷🦌

文字の大きさ
4 / 163

4 ジャスル・ヌン・モンスという英雄

しおりを挟む

 
 
 
 
 
 
 
 
 この国ノージェスは、かなりの大国である。
 北に、南に、西に、東に…どの方向へ向かおうとも、行けども行けどもこの大国の領土――自由の国と呼ばれるこのノージェスは、種族、文化、民族さまざまな者が多く集い、それぞれ折り合いをつけながら、それでも何とか暮らしている。
 
 そして、この広大なノージェスの中央に位置する、王都――。
 
 その王都の宮殿近くに、此処ジャスル邸はある。
 ジャスル様のこのお屋敷は、俺にしてみればいささか不慣れな洋館である。…しかし、俺の生まれ故郷に近しい造りの部屋もあるのは、ジャスル様が本来ノージェスにおいても東南のお生まれであることと、その人の本業が貿易商であるために、異国文化さまざまなものをお屋敷にも取り入れているから、である。
 
 また王都、それも宮殿近くともなれば、人間の手が行き届いた街であるようで――その実、王都でもことに宮殿の近くほど、住み良くありつつも閑静な場所はないのだ。
 国王が静かに、和やかに暮らすため、王都も宮殿近くはさほど自然が淘汰されているわけではなく、ほとんどが貴族や富豪など、上流階級の者の屋敷がただずらり、静かに並んでいるだけだ。
 それでいうなら、もう少し宮殿から下った先の街のほうが人で賑わい、商売も盛んである。――それこそその街は、上流階級の者よりもよほど絶対数の多い、一般庶民が多く集っているのだから、それもまたある意味では当然のことか。
 
 そして、この豪華絢爛な洋館の主――ジャスル・ヌン・モンスは、このノージェスの英雄だ。
 というのも…広大な領地取りを終えた戦後のノージェスは、その戦争の因果により一時、深刻な貧困状態となった。…ことに国民の食糧問題は、国王の頭を酷く悩ませたそうだ。
 
 土地は火薬などで痩せ、畑は戦争によって機能しなくなっており、金もないために復興することも簡単ではない。――王族や貴族、軍人や医師など上流階級の者は、それでも食うには困らなかったそうだが。
 しかし、侵略された地域の住人を含め、多くの庶民は戦争によって痩せてしまった土地で暮らし、また商売を始める資源も資金もなく、戦後しばらくの庶民は、八方塞がりな貧困に喘ぎ苦しんでいた。
 
 国の生産性を上げるために領地取りをしたつもりが――その領地取りの戦争のせいで、逆に方々の生産性が著しく下がってしまった、というわけだ。
 
 ましてや、国が復興支援をするといっても――このノージェスの領地があまりにも広大では、すべての地域の復興を、国が支援することは難しかった。
 その中でもいち早く支援されたのは、食糧問題を解決するために農民ではあるが、…しかし、その農民にしても王都に近しい地域の者たちから始まり、何年経ってもノージェスの端のほうの農民は支援されず、また、他のことを生業なりわいとしていた者たちは必然的に、支援を後回しにされていた。
 
 そうしているうちに、農民同士でさえあからさまな貧富の差が生まれ、不満の声が国内のあちこちで噴出し、一揆する者、この混乱にかこつけて独立しようとする者、と、国内紛争も絶えず――そのような混沌とした時代の中、ジャスル様は、その類まれなる商才と手腕により、どんよりと停滞していたこの国を商売で活気付け、そしてみるみると瞬く間に、このノージェスの景気を良くしたのだ。
 
 のみならずジャスル様は、国民に仕事を与えた。
 働き口のない者や、支援を受けられない農民たち、元は商売をしていた者――金を融資し、あるいは雇って、あるいは畑と独占契約をして仕事を与え、この国のさまざま地域の品を輸入し、あるいは畑で育てさせ、販売し、よく売れる商品は大量生産、すなわち工場を作り、また人々に仕事を与えた。
 
 そうしてノージェスの英雄となったジャスル様は、今や国一番の大富豪にして、この国を秘密裏に牛耳ぎゅうじっていると言っても過言ではないお人だ。
 
 国王もまたジャスル様には甘く、宮殿の近くにその人を住まわせるほど、国の軍隊までその人の要求のまま好きなだけ貸し出すほどに、ジャスル様を重用している。――また政治に関しても、いまやその人の意見を重要視して、ときには一商人であるはずのジャスル様に、政治的に一任する場面もあるくらいなのだ。
 
 
 そして、そんなこの国ノージェスの英雄にして、根っから商魂猛々しいジャスル様は、ついにとされていた、“五蝶ごちょうの国”に目を付けた――。
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
BL
ドSなお仕置をされる配信者のお話

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

処理中です...