胡蝶の夢に耽溺す【完結】

🫎藤月 こじか 春雷🦌

文字の大きさ
5 / 163

5 蝶族は蜜のみを食む

しおりを挟む

 
 
 
 
 
 
 
 
 このノージェスの東からさらに東へ、東へ、ひたすら東へ向かい…――そして、山桜咲き誇る大きな山を三つほど越えた先に、その“五蝶ごちょうの国”はある。
 
 五蝶の国――国、とはいえどもかなり小規模な、集落というほうがよほど相応しいか。…およそ百人程度の国民しかいないというその国は、つい最近まで鎖国しており、とされていた場所だ。
 五蝶一族率いる彼ら蝶族は、大変閉鎖的な部落にひっそりと隠れて暮らし、自分たち純血の蝶族のみで築きあげたその小さな国で、静かに、厳かに暮らしていた。
 
 薄桃色の高い山に囲まれ――むしろ、山に守られ――たその五蝶の国は、これまではおよそ誰も踏み込むことのできない秘境。…――では、あったが。
 
 俺の主人である、ジャスル・ヌン・モンス様がついに、その五蝶の国へと着手し――ノージェスの国王から借りた軍隊を引き連れ、高山を越えてその集落へ、いよいよ踏み込んだのだ。
 
 ジャスル様のお目当ては、その国の豊富な資源――いわく、五蝶の国には山ほどの金銀財宝が眠っているという。…鉱山には山ほどの宝石が、山に囲まれていながらも豊かな土壌が、そして。
 
 およそ、この世の者とは思えぬほどに美しい――優美なたちが。
 
 俺が少ないなりに、聞くところの蝶族とは――。
 見目麗しき男のみが生まれ――三十歳になる前に、みな儚く死んでゆく。
 いや、男というといささか違うかもわからぬ。――蝶族の者はみな、両性具有なのだそうだ。…しかし胸は膨らまず、一見は容姿端麗な男そのもの…男性器を持ちつつ、そうでありながら女性器をも持ち合わせている…とか。
 
 すなわち彼ら蝶族は、男とも女ともつがうことができ、女を孕ませることも、また己が孕むこともできるそうなのだ。
 
 また蝶族は、その肌からそそるような甘やかな匂いを放ち、そして体液に至るまでもが甘く、その味もまた、果汁を思わせるような風味であるという。
 それがなぜかといえば――彼らが口にするものは、果実の果汁、あるいは花の蜜のみであるから、だといわれている。
 
 そして、あのユンファ殿のように蝶族はみな、口元を布などで隠している。…ただそれも、かの人のように、着けているわけではないとか。
 では、蝶族はいつその口布で口元を隠しているのか、それは、食事中のみであるという。…というのも、彼らは固形物を消化できないために、食事の際の汚い一面を隠すため――食物を咀嚼し、その蜜のみを飲み込んでは、口内に残った固形物を吐き出すにおいて、その瞬間を口布で隠すため――だそうだ。
 
 しかしなぜ俺が、秘境に住まうその蝶族のことを、こうして少ないながらも知っているのか。……それは、――俺の種族である――狼族と、その蝶族は本来、かなりゆかり深い関係性であったらしく、彼ら蝶族のことを少ないながら記した文献と、過去の、両種族の関係性を象徴するようなお伽噺とぎばなしが、俺の生まれ故郷である狼の里に残っていたため。
 
 それともう一つ、以前は彼ら蝶族もまたこのノージェスに住まい、狼族のみならず他種族とも交流があったらしく、この国にも少ないながら彼らのことが記録されていたほか、噂程度には、ノージェスの人々の記憶にも彼ら蝶族が残っているためである。
 
 蝶族も以前はさまざまな種族とつがいあって、になっていたとのことだ。…ノージェスにも、蝶族の両性具有という特性があるからか、彼らが遠い先祖にいる者もあるようだが…――しかし、ノージェスにいるその者たちとて、今やその蝶族の血は薄くなり、堂々蝶族と胸を張っていえるのは、その閉鎖的な小国に住んでいる蝶族たちのみだ。
 
 昔は普通にノージェスでも暮らし、さまざまな種族とつがいあって、メオトになっていたという蝶族。
 ただ、そうした記録が残っているその一方で――今や歴史が隠蔽されつつあるために、真偽不明ともなってはいるが――他種族が蝶族のことをどこぞから攫ってきて、まるで道具のように(あるいは金貨のように)扱い、性奴隷や男娼として利用していた過去がある、ともいわれている。――なんせ風の噂では、蝶族は“極上の体”である、とのことだ。
 しかも、際立って彼らは淫靡いんびな色狂いの種族であり、淫魔のごとく淫蕩いんとうな誘惑をする者も多いとされて、その美貌、そのとろけるような体、その甘い匂いと肌の味、もっぱら男娼やら性奴隷にはもってこいの種族だと、しばしば揶揄やゆされていた、と…――しかし、いまやノージェスでは物珍しい種族となったからこそ、その噂に尾びれ背びれが付いている可能性もある。
 
 ただノージェスで暮らしていた蝶族は戦前、ノージェスが領地取りの戦争に乗り出した時期に、平和主義者の自分らは戦争に協力できない、また、戦争に巻き込まれてはたまらない、と――みな揃って、ノージェスを始めとした国々、全国にいる蝶族たちへ集合するよう大々的な号令をかけ、その結果…ほとんど全員の蝶族が、各所国々から出て行ったそうだ。
 
 そして、そうして避難していった彼ら蝶族の、行き着いた先は――もともと五蝶一族と、それに付き従う蝶族たちが隠れ暮らしていた秘境、あの桜の山に囲まれた集落、そこであった。
 
 またその後蝶族は、そのまま五蝶の国を築き上げて鎖国し、もう何十年もその秘境からは出てきていない。
 というのも――ノージェスはそのとき、正式にその五蝶の国と、不可侵条約を取り交わしていたからである。
 
 
 ――が…しかし。
 
 
 しかしその不可侵条約、つい先日期限が切れたのだ。
 
 そもそもがその不可侵条約、戦時中から、戦後三十年の期限付きであったそうだ。――そして、それを知っていたジャスル様は、今か今かとその条約の期限切れを、首を長くして待っていた。
 
 いまだ誰も着手していないその五蝶の国――立地的な計算によれば資源も豊富、何よりも幻とされている美しい蝶族たちが住まい、しかし鎖国しているその国と友好関係を築ければ、ジャスル様の偉業はまた一つ増える。
 
 いまやノージェス一の大富豪となり、英雄となってもまだまだジャスル様は、もっともっと名誉と金が欲しいらしい――。
 そして、そうした貪欲なジャスル様にしてみればやっと先日、その不可侵条約の期限が切れたわけである。――そのためその人は、その不可侵領域とされていた五蝶の国へと意気揚々、軍隊を引き連れ、ぞろぞろ堂々と、もはや何の恐れもなく踏み込んだのだ。
 
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
BL
ドSなお仕置をされる配信者のお話

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

処理中です...