胡蝶の夢に耽溺す【完結】

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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6 侵略者ジャスル・ヌン・モンス

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 ――五蝶の者たちは、さぞ驚いたことだろう。
 昨日までは平穏に暮らしていた自分たちの国に、それもみなが寝静まった夜、ぞろぞろと武装した軍隊が現れ――抵抗さえしなければ傷付けることはないぞ、と突然、異国の者…それも不可侵条約を取り交わしていると思っていたノージェスの者たちに、剣先を突き付けられたのだから。
 
 ちなみに俺も、これでジャスル様の側近、その人の護衛として、その五蝶の国への遠征に着いて行ったのだ。
 
 しかし――俺は密かに、五蝶の国の民たちへ、下手な抵抗はしてくれるなと願っていた。
 ほとんど丸腰に近いような、そんな粗末な武器しか持っていなかった蝶族たち。…それで彼らが、下手な抵抗でもした暁には――もしかジャスル様は、彼ら蝶族をむごたらしい方法で殺戮し、強引に侵略して、武力行使で従わせる道を選んだかもしれぬ。
 
 とはいえ、俺のその懸念が当たることは幸いになく、このことで蝶族の者の身が傷つくことは、なかった。――そもそも、戦争や武力行使を嫌ってこの秘境に隠れ暮らしていた彼らは、当然防衛用でも大した武器は持っておらず(ノージェスの者にしてみれば、はっきりいって時代遅れな武器ばかりであった)、一応は対抗しようと武器を構えてはいたが、「こちらとしてもできる限り穏便に済ませたい。おさと話がある」と告げたジャスル様たち一行に武器を下げ、彼ら蝶族は、警戒はしつつもわりと素直に、それに従った。
 
 ちなみにその五蝶の国、どこか俺の生まれ故郷に雰囲気が似ていた。…やはり蝶族が、俺の種族である狼族とゆかり深いといわれているだけあってか――文化の様子もよく似ており、彼らの身なりにしろ建物の様子にしろ、俺はほんのりと懐かしさすら覚えるようであった。
 
 彼ら蝶族が着ていたものは、俺の故郷、狼の里で漢服と呼ばれる着物によく似て――ただし狼族のそれは、彼らの着物のようにたっぷりとしたたもとはなく、動きやすい筒状の袖だ――、そして建物は木造の平屋ばかりであり、しかし俺の生まれ故郷と違ったのは、その国の土地は彼ら蝶族の匂いか、はたまたそこの特産物の匂いか、この国の土地をぐるりと囲む山の、山桜の匂いなのか…あたり一帯に花や果実のような、何ともいえぬ甘い香りが、どこへ行っても立ち込めていたことだ。
 
 それに何より、あちこちにさまざまな花が咲き誇り、果物の樹木も多く豊かで、俺の生まれ故郷が冬の国であるならば、あの五蝶の国はさながら、春の国といって差し支えない、とても美しい様相であった。
 
 
『 月も微笑む春の日に、ひらりひらりと目の前で、春の日を祝い、舞い踊る蝶を見た。蝶のお羽は月の色、蝶は舞い踊るたび銀色の、きらきらやさしい、月の光を振りまいた。――狼は見たそうだ。綺麗だ、綺麗だと狼は、にこにこ笑ったそうな。濡れたお鼻は真っ赤に染まり、月の光にきらきら、きらきら。 』
 
 笑っているような三日月の下、淡い月光に照らされていた春の国――その五蝶の国を眺めていると我知らず、狼の里に伝わるお伽噺とぎばなしのこの一節が、ふっも俺の頭によぎった。――馬鹿馬鹿しいことだ、しかし、この五蝶の国はあまりにも、その物語の一節に相応しい様相だったのである。


 
 
 さて、蝶族の二人に案内された長の家――広い土地に建てられた木造の平屋。…通された広い畳の間、最奥にあぐらをかいて座っていた蝶族の長リベッグヤ殿もまた、蝶族の佳人薄命の噂に違わず、美しい青年であった。――そうだ、と呼ばれながらもそのリベッグヤ殿、うら若き美青年であったのだ。
 
 そして、遠く距離があるながらもリベッグヤ殿の対面にあぐらをかいた、ジャスル様――その人の要求は、こうであった。
 もう戦争は終わり、今はまたノージェスにも平和な時代が訪れた。…残すところこの五蝶の国のみが、ノージェスとの国交を断っている。――もはや閉鎖的な暮らしをする必要はなく、不可侵条約の期限が切れた今のこの機会に、双方の国の繁栄のため友好関係を築き、そしてぜひ、我が国ノージェスとの貿易関係を築かないか。
 
 しかし蝶族の長リベッグヤ殿は、難しい顔をして、あからさまな難色を示した。
 我々蝶族は、今やもうノージェスと国交をせずとも十二分な暮らしができている。…もはや他国との国交がなくとも困ることはなく、より繁栄を願うなどの欲を出さずとも我らは、このままでも十分に後世へ一族を繁栄させ、末永く国を続けてゆける。――そして不可侵条約の件だが、先日ノージェスの王に期間延長の申し出の手紙を出したばかりだ。であるから再度、不可侵条約を締結しなおし、我らのことはそのまま、どうか末永くそっとしておいてくれ。
 
 いや、その手紙は届いておらぬ。
 それに、一体どうやってその期間延長の手紙を、ノージェスへ届けられたのか。――ジャスル様はそう問うた。
 
 するとリベッグヤ殿は少しも動じず、先だって、不可侵条約の件でノージェスの使いの者がお忍びでこの国へ来たが、その者が、そなたらの王へ我らの手紙を届けなかったというのならば、それは我らの落ち度ではなく、そちらの落ち度である。と――。
 
 
 とはいえ…狡猾が故に大富豪となったジャスル様が、これでやすやすと引き下がるわけもないことは、誰の目にも確かなことであった。
 
 
 そうはいえども、以前の不可侵条約の期限は切れ、また今はまだ、その不可侵条約は締結され直していない状況である。――このまま、この五蝶の国を我らノージェスの軍隊で侵略し、この土地を今にノージェスの領地とすることは、我々にとってなんら訳ないことだ。条約違反にすらならぬ。それに何より、先ほど見た限りでは、まず我々の武力に五蝶がかなうことはないだろう。
 
 
 そう脅されたリベッグヤ殿は、眉根を寄せてジャスル様を睨み付け、卑怯者め、とその人を罵った。
 
 
 
 
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