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19 素知らぬ妻との婚姻

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 俺は、生まれ故郷の狼の里で、妻と婚姻関係を結んだわけではない。――ちなみに狼の里では、離縁もわりに容易くできる。…あの里では男も女も、気が強い者ばかり…一度はつがい合っても、結局ソリが合わなくなることなど、よくよく有り触れたことなのだ。
 
 なおあの里でも、男同士、女同士の結婚ができる。
 …いわく、昔――両性具有である蝶族と共に暮らしていたときの名残り、だそうだが。
 
 それはともかく、つまり俺はこのノージェスで、そのジャスル様に宛てがわれた女と、それとない婚姻関係を結んだのだ。――であるからこそ俺もまた、その女の終生を背負う責任を、一応は国に課されている格好になる。
 
 まあ美しい女ではある。――同年代の、一見気立てのよさそうな若い女だ。
 ただ正直にいえば、俺はもはやからこそ、その縁談を承諾したのだ。…好いてもいない女だ。はっきりいって恋心など欠片もいだいていないが、たとえそうであっても――俺に色目を使ってくる者があるたび、不本意にジャスル様の嫉妬心を煽り、下手に当たられるよりはマシだと判断したのである。
 
 俺はその実、ほとんど顔を合わせただけのその妻のことを、まさか抱いてなどいない。…いや、厳密にいえば、抱けなかったのだ。
 
 はじめはジャスル様に「良い女がいる。お前の妻にどうだ」と紹介された女であった。――確かに美しい女で、いわく生娘きむすめであると言っていたが。
 
 それは…どうだかな。
 …一応は儀のあと、初夜たらしい夜はあったのだ。――しかし俺は、そもそも惚れてその妻と結婚したわけでもなかったばかりに、布団を二つ並べてその一つに横たわり、その女に背を向けて眠っていた。
 
 するとその女…――布団の中に入り込んできては、後ろから、俺の体をまさぐってきた。
 …馬鹿にしてくれたものである。あるいはジャスル様に、そう聞かされていたのやもしれない。――「旦那様は、女人と過ごすが初めてで、何をしてよいのかもわからず、緊張していらっしゃるのね…?」そういやに艶っぽく囁いてきたその女に、俺はゾッとした。
 
 そのときに言いやしなかったが。呆れるほど面倒だと。
 …俺は別に、童貞ではない。――その実狼の里では、婚前性交に一切の制限はないのだ。
 これをもっと言ってしまえば、俺が恋をした相手は何人もいたし、その中には男も女もいた。――つまり、よほど下手な男よりも、俺は人を抱いてきているのだ。
 
 俺は身分上、伴侶としてつがいとなる人を見定めねばならなかった。――そしてその伴侶を探し求めているうち、何人かと恋に落ち、俺はその人らと二人きり、幾夜も過ごしてきた。
 
 馬鹿馬鹿しいことだ。
 そもそも俺は、布団を二つ並べた時点で、と示していたつもりだった。――新婚初夜の夫婦が、まず二つの布団で眠るほうがおかしな話だろう。…しかし逆にいえば、それで露骨なまでに俺は、その女に、初夜の秘め事を断っていたつもりであったのだ。
 
 どうして童貞が、そのようなを思い付く?
 
 むしろ童貞なら、妻となってすぐの瑞々しい女、それも若く美しい女を抱かないはずがないだろう。…童貞ならそれなりに、むしゃぶりつく勢いで新妻に迫るほうが、よっぽど自然である。
 しかし俺は、好きでもない女など抱けぬ。…では反応しない俺の狼の体は、残念ながら、恋心など微塵もいだいていないその女に、反応するはずがない。――むしろ俺としては、布団を別にすることによって、妻の、女の矜持を傷付けぬ形で夜伽を断ったつもりであった。
 
 しかし結局――妻たる女は、寝たふりを決め込んでいた俺の体をまさぐり続け、「寝たふりをしてらっしゃるのはわかっているのよ…」と俺に口付け、ただ気持ち悪いだけの愛撫を繰り返し、それでも勃たぬ俺に痺れを切らし。
 娼婦のごとく俺のソレをまさぐり、しゃぶり、ベロベロ舐めて――さすがに男の自身をそうすれば、勃つものだろうと踏んでいたか。
 
 結果はもちろん、勃つわけがない。
 …申し訳なくなったほどだが…そもそもの狼の体は、そういうものなのである。――他種族の男とは違い、俺たちの体は、そうした外的な刺激で善くなれる体ではないのだ。
 
 そうしてその女は、結局諦めた。
 …メソメソと泣き、「私のことを愛してらっしゃらないのね」と被害者面をして泣いていたが――結婚はしてもいいが、そもそも貴女に惚れてはいないと、俺は端から告げていたのだが。
 
 それでもいいから結婚したいわ。――そう言った女は、どうせジャスル様から何かしらを得られるために、俺と結婚したかっただけであろう。
 
 そう。結果的にいえば――ジャスル様に宛てがわれただけのその女とは、いわば簡単な婚礼の儀を執り行ったのみ。…女のほうは生娘きむすめだと聞いてはいたが、正直あの様子では甚だ疑わしいところである。
 
 またおそらくジャスル様は、俺の妻たる女から、その初夜の話を聞いたものと思われる。――「あんなに若くて良い女でも、お前は男になれんのか? 情けないのぉ。あるいは逸物に自信がないのか?」と、俺を小馬鹿にしてきたその人に、俺は「童貞故に、あまりにも美しい女人を前にすると、緊張して勃つモノも勃ちませんでした」…適当にそう言って、続きそうな面倒臭いやり取りをかわしておいた。
 
 そうしたこともあって、俺は――このユンファ殿の護衛に抜擢されたのだろう。
 
 まあ何より…どうせ、所詮その女とて――格好こそ俺にみさおを立てて、この王都から離れた街で、俺のことをただ健気に待っているようであっても、…これほどに離れて暮らしており、俺の目も届かぬ、噂すら俺の耳に聞こえぬこの距離で、そのうら若き女が、夫はいつ帰るやも、いつ同じ家で暮らせるやもわからぬ状況で、ましてや恋愛結婚ですらないというのに、――どうも、俺を待っているとは思えぬ。
 このノージェス、庶民の八割方は恋愛結婚だという。しかし残り三割は、子を生み出すだけの契約的な結婚――すなわち、配偶者のほかに想い人がいるような婚姻の形も、わりに一般的なんだそうだ。
 
 まあ、どうであろうとも俺は、なんら構わない。
 今も俺の首から垂れ下がっている、この婚姻の証の首飾り――俺が狼であるからと狼族の風習にならってはいるが、妻は狼族ではないため本物ではなく、牙を模した桜色の石――はいわく、しくもほとんど万国共通のとなるそうだ。
 
 すなわちこの首飾りさえ見せ付けておけば――よほどの淫乱でもない限り――まず人が、俺に色目を使ってくることはない。…面倒避けには役立っている…これで俺も、ある意味ではその素知らぬ妻に感謝はしているのだ。
 
 
 
 
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