胡蝶の夢に耽溺す【完結】

🫎藤月 こじか 春雷🦌

文字の大きさ
72 / 163

72 二人で共に、逃げませぬか

しおりを挟む
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……ソンジュ様…――これでは本当に、僕は…貴方の子を、宿してしまうかもしれません……」
 
 白い寝間着――浴衣を纏ったユンファ様は、窓のほうへ向けて寝台に腰掛けている。
 覗く彼の首元、鎖骨、少し見えた胸板の肌は、白んでいながらも未だ淡い桜色をしている。
 そして、帯のある平たい下腹部をするり…その白い片手で撫でたユンファ様は――足下に跪き、片膝を立てて座る俺のことを、ふっと見下ろした。――虚ろな…それでいて、完熟した果実の蜜を宿しているその薄紫色の瞳は、淡い月光に透き通っている。
 
「…………」
 
 俺はユンファ様のその目を見上げたまま、謝りもせず、ただ黙ってじっとしていた。――勝手な真似をしたとは、これでも俺に自覚はある。
 しかし、俺はこの度のことで謝るつもりはなく、全く後悔もしていない。――俺は先ほど、ユンファ様は、慕えないジャスル様の子をそもそも孕めぬ、ということすら忘れていた。…ジャスル様にこの人を孕ませられるくらいならば、俺が先に、ユンファ様を孕ませてやる。そして、明日の“婚礼の儀”が来る前に、朝が来る前に、…この一夜の夢が終わる前に…それによってこの美しいユンファ様を、我がものとしてやる、と――先ほど俺は本気で、そう思っていた。
 
 いや、いまだそう思っている。
 ジャスル様のあの脂ぎった太い指が、醜い唇が、臭い唾液まみれの舌が触れる…それどころかあの男のモノを、そこから放たれる穢れた精を、その美しい体に、嫌というほど受けねばならない運命さだめのユンファ様だが――俺は、俺こそが、そんなことは許せぬのだ。
 
「…………」
 
「…………」
 
 俺の険しくなっているだろう目を、じっと神妙に見つめていたユンファ様は――ややあって、くすりと笑った。
 そうして、ふ…と柔く微笑んだユンファ様は、すっと窓の外――夜空に浮かぶ、月のほうへと顔を向ける。…遠く月を眺めるその横顔は、どこか神聖な落ち着きを見せている。
 
「…ソンジュ様の身が心配な反面――それでいて僕は、どこか願ってもいます」
 
「…ユンファ様……」
 
 その願いの内容を悟る俺に、ふふ、と笑って俺へ振り反るユンファ様は、…するり…下腹部を撫でながら、その腹のほうへと俯く。――さらりと流れ落ちた絹の黒髪が艶美に、彼の幸せをたたえた白い横顔を浮かび上がらせる。
 
「…子を宿せますように…――ソンジュ様の子ならば、僕は産みたいな……」
 
「…………」
 
 泣きそうなほどに愛おしく、神々しい。
 …俺は目線を伏せ――決意した。
 
「…会ってみたいな、僕たちの子に……」
 
「……、……」
 
 この美しい胡蝶を、この籠の外へと攫ってしまえば――それでよいのだ。
 俺を捨てた故郷の何が大事か。守銭奴に成り下がった犬どもめ。もはや犬となったのは俺ばかりではなく、あの狼の里の者どもも同様。もうあのような里に、俺の身を呈してまで守るような価値はない。――そして、このユンファ様を疎ましがった挙げ句に、ただ自分らのために利用して、惨い目に合ってから死ねという五蝶の国の、――何が、大事なのか。
 
 ユンファ様とて、本当は光栄だ、などとは思っていないはずだ。――なぜなら彼は、俺にその国の機密情報を、俺にだけ、俺が悲しまぬように、と教えてきたくらいなのだから。
 
 
「…ユンファ様…――俺と共に、逃げませぬか」
 
「……、…え…?」
 
 俺の言葉に、ユンファ様は俺へ振り向き――意表を突かれたか、意外そうな顔をして俺を見下ろした。
 
 
 
「…この籠から、二人…共に逃げませぬか」
 
 
 
「…………」
 
 ややとろりとした切れ長の目で――真顔で、俺のことを眺めているユンファ様は、ただゆっくりと…まばたきを繰り返していた。
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
BL
ドSなお仕置をされる配信者のお話

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

処理中です...