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107 つがいの小鳥に夢を見る
しおりを挟むそうしてほとんど都合の良い男娼扱い、褒美とはさながら物扱いを受けているユンファ様は、結局自分の部屋から勝手に出ることも、またもちろんどこかへ自由に出掛けることも全て、許されていない。――その強力な“鱗粉”により、屋敷内の風紀が乱れるからと――見境なく男どもを誘惑しては迷惑だからと、ユンファ様は結局、故郷と同じ。
一つの部屋に閉じ込められ――しかし、あの小屋よりも幾分悪いことに――毎夜毎夜違う男に暴かれ、あるいは、ジャスル様に手ひどく嬲られた記憶のある自らの部屋に閉じ込められ、そこに籠もる淫靡な空気の中に、ユンファ様はお一人で閉じ込められているのだ。
ユンファ様はいつしか――笑えと命じられない限り――もう、笑わなくなった。
誰かと話すこともしない。誰かの目を見ることもない。…塞ぎ込み、夜が来るまではぼんやりと寝台に腰掛け、羨望するように、終始窓の外を眺めているだけか――あとは、せいぜいこの屋敷の図書室から本を下女か下男に持って来させて、それを読まれているばかりだ。
涙をこぼすことさえなく、冷ややかな無表情で――ユンファ様はただ、ただ外の世界を、あの両開きの大きな窓越しに眺めていた。…バルコニー、という場所に出て行くことも、ほとんどない。
しかし、そんなユンファ様も、少し笑うときがある。
…そんなユンファ様も、心を許し、話すときがある。
どれほど疲れていようとも、近頃のユンファ様は、朝すぐには眠られなくなった。
その理由は、自分の部屋の窓の外――そのバルコニーに、小鳥のつがいがやって来るようになったからだ。
ユンファ様はこっそり、自らの夕飯――果物――を少しだけ取っておくようになった。
そしてその果物を小さく千切ってやり、彼はそれを、毎朝やってくる小鳥たちに与えた。
「…いらっしゃい。おいで、今日もご飯をあげるよ」
バルコニーから出てすぐのところにしゃがみ込み、そこの床に千切った果物を置いてやって――それを啄む二羽の小鳥たちに、ユンファ様はやわらかな声でしばし、話しかけ続けている。
「…たくさんお食べ。はは、喧嘩しないで、まだあるから。好きなだけ食べていいよ」
「…美味しい? ふふ、よかったね」
「…たくさん食べないと、卵が生めないものね。それとも…もうどこかに巣があるのかい? 卵を生んだの? もう君たちには、可愛い雛がいるのかな……」
「…偉いね、偉いね、これからもつがいで仲良くね」
「…可愛い。きっと君たちの雛も可愛いんだろうね。見てみたいけれど…はは、よかったら今度、一緒に連れてきてくれないか。――その子のぶんもご飯を用意して、僕、待っているから」
ユンファ様のその背中を、ぼんやりと眺める俺は、いつもどうしようもなく胸が張り裂けそうになる。――どれほどの汚辱の憂き目に合っていようとも、やはりユンファ様の心根はあの夜のまま…無垢で純粋なまま、少しだって穢れてなどいなかったのだ。
「…ふふ…僕にも、君たちみたいな翼があったらなぁ…、そうしたら、好きなところに行けるのにね。――空を飛ぶ気分はどうなの? やっぱり、凄く気分が良いの?」
貴方様は――その小鳥たちの自由を羨んでいるのか。
「…君たち本当に仲が良くて、僕、嫉妬しちゃいそうだ。絶対に二羽で来るものね。幸せそうだ、本当に仲が良いんだね…、君たちは、運命に定められたつがいなのかな。羨ましい、はは…なんてね……」
――あるいは、その小鳥のつがいを羨んでいるのか。
「…仲の良い君たちを見ていると…、なんだか、嬉しくなるんだ。僕まで幸せな気持ちになれるんだよ。――こんな僕にも夢を見させてくれて、ありがとう。毎日来てくれて、本当にありがとう……」
――それとも、その小鳥のつがいに、夢を見ているのか。
「……毎朝君たちが来ると思うとね、僕は、まだ生きないとと思えるんだ。だって、君たちにご飯あげなきゃならないものね。ふふ、君たちだって、せっかく良い餌場を手に入れたのに、それを失いたくはないだろう?」
それか…ただの、辛い日々の中にある、唯一のささやかな癒やしなのか――。
そうして毎朝、足元で果物をついばむ小鳥たちに話しかけているユンファ様は、そのときだけ少し笑っているのだ。――なんて、切ない光景か。
「…はは、そう…。そうなんだ…、うん、また明日ね。また来て、待っているから……、……」
小鳥たちが飛び立ってしまうと――ユンファ様はその場にしゃがみ込んだまま、寂しそうに小鳥たちが去ってゆく空をただじっと、しばらく見上げ続けていた。
彼の長い黒髪が、そよそよと寂しげにそよいでいる。
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