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111 胡蝶と金狼の食事

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 ユンファ様の部屋に訪れた来客――それは、この屋敷に仕えている下女であった。
 そしてその下女、人狼となった俺を懐疑的にジロジロ見ながらも(というより初めは悲鳴をあげさせてしまったが…)、ユンファ様と、そして、彼の側近である俺の夕飯を持ってきてくれたのだ。――そうして、その女から受け取った長四角の盆の上には、一皿いっぱいに盛られた生肉(俺の夕飯)と、平たい皿の上にザクロ一玉、濃い桃色のツツジだかサツキだかが、こんもり。
 
 ちなみにユンファ様のお食事は、三食いつもこのような感じだ。…何かしらの果物に花、蜜のある花が無いときは、蜂蜜の壺と匙を添えられていることもある。
 
 俺はいつも、ユンファ様は本当にこの程度で足りるのかと不思議にもなるのだが、蝶族の彼にはこれで十分な食事量らしい。――花と、果物少しが、だ。
 
「……お食事が参りました、ユンファ様。」
 
 何にしても、俺はその長四角の盆、それの左右の取っ手を持ってユンファ様のところへと行った。――あれから寝台の上で、腿の上の本を見下ろしていた彼は、その実たったの一頁もその本を捲ってやいなかったが。
 するとユンファ様は、はた、と俺を見上げ、何も言わずにうんと頷く。
 
「…ユンファ様。僭越ながら本日は、お隣で…よろしいでしょうか」
 
 俺は先ほどのことが気にかかっており、そのようにユンファ様に尋ねた。――すると彼は、その薄紫色の瞳を揺らして、やや狼狽えつつ。
 
「……、ぁ…、うん……」
 
 やや逡巡の様子ながら、俺が食事を共にすることを許してくださった。
 
 
 
    ×××
 
 
 
 
 
「…………」
 
 寝台にユンファ様と、隣り合って座り――俺は細長く切られた生肉をどう食らうか、はっきり言って迷っている。
 
 というのも…この人狼の姿となっていると、上手いこと箸が使えぬのだ。――箸を握るのも上手くできず、…とはいえ…ユンファ様の前では、いつものように犬食いするわけにもゆかぬ。
 
 一方のユンファ様はというと、ぼんやりと伏し目がちに、膝の上に白い皿を置いて――薄紫色の透けた口布の下、ツツジの花の根本をちゅ…と吸い、こく、と小さく喉を鳴らしては、そのツツジを食む。
 
「………、…」
 
 はむ、はむ…とゆっくり、赤くぷっくりとした唇に食まれて、彼の口の中へ入ってゆく濃い桃色の花びら――蝶族の食事は、いや、食事に至るまでもが上品で、どこか美しい。
 どことなく神聖な美しささえあるその光景、たかだか花を食んで済むというのだから、およそ狼の食事に比べればかなり慎ましいものである。
 
 こく、こくん…と小さく喉を鳴らしたユンファ様は、片手に持っていた小壺を持ち上げ――口布の下、口元をその壺の口に押し当てる。…つまり、固形物である花びらをその壺の中へ吐き出しているのだろうが。
 
 ペッと音が立つでもなく、ふと離れた彼の口元…しかし、確かに吐き出したのだろう。…横から見えるその肉厚な赤い唇は、唾液に濡れて艶めいている。
 
 俺はゴクリと喉を鳴らした。
 どうも、食事をしている姿にはどうも見えぬ。――いっそ妖艶ですらある。
 
「……、…? ソンジュ…食べないのですか」
 
「…あ、…あぁ……」
 
 すっかりユンファ様の、その静々とお食事をしている姿に見惚れていた俺は、ふっと不思議そうに振り返った彼にハッとし――それから膝の上の赤々とした生肉を見下ろして、また逡巡に至る。
 
「…………」
 
「……?」
 
「…………」
 
 隣で俺をじっと見て、様子を伺っているらしいユンファ様であるが、…ええい。――ままよ、俺は自分の腿の隣、寝台に置いた盆の上から箸を鷲掴み、…なんとか握ろうと試みる。
 
「……、…っ、ぐ……」
 
 やはり、上手く、…できぬ。
 手がいつもより肉厚になり、爪も尖って長く、付け加え手の甲もさながら、黒い肉球の間から長い金の毛が伸びていては滑る。――形こそ人の手に近しいながら、やはり箸を握るのはこれじゃあ難しい。
 カランコロン…結果虚しく、箸が俺の手から転げ落ち、俺の足下へと落ちていった――。
 
「……、その手では、箸が上手く握れないのか…?」
 
 今の俺の様子から、そう察したらしいユンファ様は、俺の足下に転げ落ちた箸を身を屈め、拾い――「申し訳ない」と礼を兼ねた謝罪をすれば彼、ううん、と顔を小さく横に振った。
 
 
 
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