111 / 163
111 胡蝶と金狼の食事
しおりを挟むユンファ様の部屋に訪れた来客――それは、この屋敷に仕えている下女であった。
そしてその下女、人狼となった俺を懐疑的にジロジロ見ながらも(というより初めは悲鳴をあげさせてしまったが…)、ユンファ様と、そして、彼の側近である俺の夕飯を持ってきてくれたのだ。――そうして、その女から受け取った長四角の盆の上には、一皿いっぱいに盛られた生肉(俺の夕飯)と、平たい皿の上にザクロ一玉、濃い桃色のツツジだかサツキだかが、こんもり。
ちなみにユンファ様のお食事は、三食いつもこのような感じだ。…何かしらの果物に花、蜜のある花が無いときは、蜂蜜の壺と匙を添えられていることもある。
俺はいつも、ユンファ様は本当にこの程度で足りるのかと不思議にもなるのだが、蝶族の彼にはこれで十分な食事量らしい。――花と、果物少しが、だ。
「……お食事が参りました、ユンファ様。」
何にしても、俺はその長四角の盆、それの左右の取っ手を持ってユンファ様のところへと行った。――あれから寝台の上で、腿の上の本を見下ろしていた彼は、その実たったの一頁もその本を捲ってやいなかったが。
するとユンファ様は、はた、と俺を見上げ、何も言わずにうんと頷く。
「…ユンファ様。僭越ながら本日は、お隣で…よろしいでしょうか」
俺は先ほどのことが気にかかっており、そのようにユンファ様に尋ねた。――すると彼は、その薄紫色の瞳を揺らして、やや狼狽えつつ。
「……、ぁ…、うん……」
やや逡巡の様子ながら、俺が食事を共にすることを許してくださった。
×××
「…………」
寝台にユンファ様と、隣り合って座り――俺は細長く切られた生肉をどう食らうか、はっきり言って迷っている。
というのも…この人狼の姿となっていると、上手いこと箸が使えぬのだ。――箸を握るのも上手くできず、…とはいえ…ユンファ様の前では、いつものように犬食いするわけにもゆかぬ。
一方のユンファ様はというと、ぼんやりと伏し目がちに、膝の上に白い皿を置いて――薄紫色の透けた口布の下、ツツジの花の根本をちゅ…と吸い、こく、と小さく喉を鳴らしては、そのツツジを食む。
「………、…」
はむ、はむ…とゆっくり、赤くぷっくりとした唇に食まれて、彼の口の中へ入ってゆく濃い桃色の花びら――蝶族の食事は、いや、食事に至るまでもが上品で、どこか美しい。
どことなく神聖な美しささえあるその光景、たかだか花を食んで済むというのだから、およそ狼の食事に比べればかなり慎ましいものである。
こく、こくん…と小さく喉を鳴らしたユンファ様は、片手に持っていた小壺を持ち上げ――口布の下、口元をその壺の口に押し当てる。…つまり、固形物である花びらをその壺の中へ吐き出しているのだろうが。
ペッと音が立つでもなく、ふと離れた彼の口元…しかし、確かに吐き出したのだろう。…横から見えるその肉厚な赤い唇は、唾液に濡れて艶めいている。
俺はゴクリと喉を鳴らした。
どうも、食事をしている姿にはどうも見えぬ。――いっそ妖艶ですらある。
「……、…? ソンジュ…食べないのですか」
「…あ、…あぁ……」
すっかりユンファ様の、その静々とお食事をしている姿に見惚れていた俺は、ふっと不思議そうに振り返った彼にハッとし――それから膝の上の赤々とした生肉を見下ろして、また逡巡に至る。
「…………」
「……?」
「…………」
隣で俺をじっと見て、様子を伺っているらしいユンファ様であるが、…ええい。――ままよ、俺は自分の腿の隣、寝台に置いた盆の上から箸を鷲掴み、…なんとか握ろうと試みる。
「……、…っ、ぐ……」
やはり、上手く、…できぬ。
手がいつもより肉厚になり、爪も尖って長く、付け加え手の甲もさながら、黒い肉球の間から長い金の毛が伸びていては滑る。――形こそ人の手に近しいながら、やはり箸を握るのはこれじゃあ難しい。
カランコロン…結果虚しく、箸が俺の手から転げ落ち、俺の足下へと落ちていった――。
「……、その手では、箸が上手く握れないのか…?」
今の俺の様子から、そう察したらしいユンファ様は、俺の足下に転げ落ちた箸を身を屈め、拾い――「申し訳ない」と礼を兼ねた謝罪をすれば彼、ううん、と顔を小さく横に振った。
0
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる