胡蝶の夢に耽溺す【完結】

🫎藤月 こじか 春雷🦌

文字の大きさ
133 / 163

133 約束通りの帰還

しおりを挟む

 
 
 
 
 
 
 
 
 そういえば――あの日に聞いた。
 俺はユンファ様に、土産を持って帰ります、何がよろしいですかと聞いたろう。――しかしユンファ様は、俺の身が無事であることのほかには、何もいらぬと。
 
 無事に自分の元に帰ってきてくれさえすれば、それが何よりもの土産であると――俺はその人の優しく深い愛に浸り、と考えた。
 
 しかし、戦は三日ほどであったが。
 …思いのほか、その土産を用意するのに時間がかかってしまった。…ちなみに二つほど用意したのだが――いや、もうユンファ様への土産を何にするかはとうに決まっていたのだが、少々それを用意するための時間が必要だったのだ。
 
 きっとこの土産たち、ユンファ様は喜んでくださるに違いない。――きっとまた、あの薄紫色の美しい瞳を無垢にキラキラ輝かせて、笑ってくださることだろう。
 
 とはいえその実、ジャスルの元から徴兵されたのは、この俺のみ。
 であるからして、そう周りに合わせての帰還をする必要もなかったのだ。…ジャスルには、少々その土地でゆっくりと疲れを癒やしてから帰る、六日程度で帰ります故、と報せておいたため、それによって咎められることもなかったのだが――戦地に赴くまでに半日かかり、三日ほど戦地に立って、その土産を用意するのにほぼ丸一日。
 
 それから、ここから帰る道のりに半日、帰りはゆっくりで、結局一日かかったか――そうして、およそ報せ通りの六日ほどをかけて俺は、ユンファ様への土産を片手に意気揚々、ジャスル邸へ…――否、ユンファ様の元へと六日越し、無事に帰還した。
 
 
 ――よく晴れた、黄金色の朝であった。
 俺が自分の馬に跨がったまま、ポクポクと屋敷の中、その前庭に立ち入れば――出迎えに来ていた下男たち数人が、やけに興奮気味に俺を見上げてくる。
 
「…お疲れソンジュ、今回もお前の独壇場だったんだってえ?」
 
「…おいおいさすがだな、…それでいて誰も殺さなかったんだろ? どうやったんだ、魔法でも使ったのか?」
 
 そう興奮気味に俺を見上げてくる男たちを見下ろしつつ、俺はひょいと肩を竦めた。
 
「…いや。…いや…まあ、ある意味では魔法かもしれんが……」
 
 そりゃあ他種族にしてみれば、満月の夜にめきめきと人狼と化すのは、魔法というに相応しいことやもわからん。
 戦場では幾たび人狼となって戦いはしたが、それを知っているのはせいぜい軍人たちばかり――この屋敷の者のほとんどは、俺の姿を知らないのだ。…戦場でもなければ、人狼と化した俺は、いつも自室に引き篭もっているからして。
 
 そうぼんやり考えつつ、俺はここで馬から下りた。
 …そして手綱を掴み、俺の元へと群がる男たち幾人かを見渡す。――何人か下女もいるが、その女たちはどこか控えめに、俺のことをやや遠巻きに眺めている。
 
「…すっげえよなぁお前、やっぱり、の護衛にしとくのはもったいないよ。それこそ軍人に志願したらさぁソンジュ、お前なら役職だって、すぐにつくんじゃ……」
 
「…それはどうかな。俺は別に、戦が好きなわけではないのだ。ましてや役職なぞ、そんな大層なものはいらぬ。……」
 
 俺がそうきっぱりと言えど、相変わらずやいのやいのと「もったいない」だ、「どうしてそう謙遜するんだ」だ騒ぎ立てている者たちの輪の中――俺はつい、ふと見上げた。
 
 その視線の先、屋敷の二階――あのバルコニーに、ユンファ様が居た。
 俺が帰るという報せを聞いたのだろうか。…彼はそのバルコニーの柵の前、片手でそれを掴み――前庭にいる俺、それを出迎えて歓声をあげる者たちを、そこからただ眺めていたようだ。
 
「……っ! はは……」
 
「………、…」
 
 しかし遠くから俺と視線がかち合うなり、ユンファ様はハッとした顔をして、にこっと笑うと俺へ、その白い片手を横に振った。
 
「……はは…、…」
 
 俺はそんな彼へ、笑いながら軽く頭を下げて見せたのだ――約束通り、こうして無事無傷で帰還いたしましたと、誇らしく。
 
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
BL
ドSなお仕置をされる配信者のお話

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

処理中です...