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132 優しい運を味方につけて
しおりを挟む自分の馬に乗り、愛馬を半日ほど走らせて――たどり着いたその町外れ、元は畑と民家ばかりであったようだが、それが荒れ果てた様子の寂れた戦地。
しかし結果からいって――案の定、易い戦であった。
そもそも、俺の勇む士気を保つには十分だったろう。
それはもちろんユンファ様の存在、そして、彼が心を込めて作ってくれたこの首巻きの存在、…必ずや彼の元へと無事帰ってやる、という気概――それにも増して――これより戦をする相手の農民たちではあるが、決して俺は、もうあの狼の里で起こったような惨事は繰り返させぬ、彼らをそんな憂き目には合わせぬ、という…そうした誇りに近しい信念が、俺の中で芽生えていた。
以前の俺は、殺せといわれたならば迷いもなく、あっさりと人を殺した。
…全てを諦め、誰かに優しくしようとも思えず、信念もなく――だからこそ、人殺しができたのやもしれぬが――殺されたって構わない、殺すか殺されるかの二極こそが戦というものだ、と…そうして戦場に立っていた俺は、ある意味で誰よりも強かったのだろう。…そして今の俺は、もしやあのときの俺よりは、弱くなったのかもしれぬ。
今の俺は、もう誰も傷付けたくはない。
…侵略され、憂き目に合った側の俺が――今度は侵略者側に立ち、惨い方法で人を殺してしまった。
過去の残酷な侵略者であった自分を、このことで許してくれと願っているのではない。…もう自分が許されないところまで来ていることは、これでも痛いほどに自覚している。
それでも俺は、自分の誇りにかけて――それを基にした信念によって――此度の戦ではもう誰も傷付けぬと、もう誰も殺さぬと決めていたのだ。
ただ、その信念や意気込みの効果も大きくあった、とは言えるのだが――言いたくはないものの、もはやその意気込みすらいらぬような、本当に容易い戦であった。
というのも、俺がその戦地にたどり着いた日ごろが、ちょうど満月の夜に重なったのだ。…とどのつまり、俺はすぐさま人狼の姿となった。――それはまるで神が、俺の味方をしているかの如き展開である。…もしかすると、心優しいユンファ様の首巻きが俺に、その幸運をもたらしてくださったのやもしれぬ。
それも、相手は本来、戦いに身を投じるはずもない農民たちである。…何がなんでも、相手がどんな存在だろうとも立ち向かって勝ってやる、という軍人の思考など、彼らにあるはずもない。…つまり、そう――できる限りその命を奪うなとの命にも合致したのは――俺が猛々しい人狼となった姿に、農民たちは腰を抜かして怯えたのだ。
拍子抜けもそのように、俺がちょっとその姿で爪を、牙をむき出しにした途端――それまでは軍人相手に粘っていた農民たちは、やはり相手が人間ならばまだしも、見たこともない怪物…とは我ながら言うに酷いが、彼らにとってはそのような人狼が、町の中をバキバキとぶち壊しながら(そうして脅したのだ)、自分らにもいよいよ襲いかかろうとしてくれば。
思わず悲鳴をあげ、しかも、とにかく殺されぬようにと振りかざした武器を容易く俺に掴まれ、曲げられ、壊されては、その力の差に、あまりに勝てそうもないと戦意喪失したらしく――彼らはさまざま手に持っていた武器を、俺の姿を見るなり手放すようになっては、みな揃って腰を抜かしながら慌てて逃げていった。
そして俺は、その農民たちを追い込み――逃げていった先で、彼らを無傷のまま、まとめて捕らえることができたのである。…また、俺が人狼となっているうちに捕らえられなかった者にしても、あとは探し出して捕らえる、というばかりのことであった。
すなわち俺はこの度、刀を振らなかったどころか、それを構えてすらいないのだ。…一応腰には下げていったのだが、どうも愛刀の出番はなく、これは全く必要がなかったようだ。
そうして――一応はほんの三日ばかり戦場には立てど、この戦とも呼べぬ戦いは、結局向こう側に怪物…――すなわち人狼の俺がいる、との騒ぎによって、呆気なく幕を閉じたのであった。
我ながらこれは完全に、謙遜でもなんでもなく、俺の実力がどうこうではない――完全に運が味方した格好ではある――結果なのだが、結果的にユンファ様との約束通り、俺は確かに無傷の身で、かの人の元へと帰れそうである。
ある意味では呆気ないほど平和的に終わったこの鎮圧の乱、あとは王家が、この農民たちの要求に耳を傾けて、真摯な対応をしてくれることを、俺は願うばかりだ。
たしかに暴動を起こしたのは農民たちだが、それの原因を作ったのは、確実に王家側なのだから――。
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