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夢見る瞳
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しおりを挟む「……む、……」
確かに、チーズが凄く入っている。…オムレツの卵は、ほとんど皮のような薄さだ。
ちなみにモグスさんが、「チーズもうひえっひえのカッチカチだろ?」と、温めなおしてくれたそのオムレツは、少しだけ熱い。――しかし、分けるときに伸びるほど弾力のあるチーズはまろやかで、薄味のふわふわした卵にチーズの塩気がちょうどよく絡み、とても美味しい。
一口ぶんに切り分けたオムレツをむぐむぐと咀嚼しながら、僕は、「美味しい?」と聞いてくるユリメさんに頷いて見せた。――するとユリメさんはニッと自慢げな笑みを浮かべ、ソンジュさんを睨むふりをした。
「…ほらねぇ! そら見ろソンジュ、捻くれてんのはお前だけみたいだわ。――ふふ、かわい~ユンファちゃん。おばちゃん、ケチャップでハート描いてあげよっか?」
「…はははっ…ババアのハートなんざいらねーよな、ユンファさん。」
ユリメさんの隣で、タバコを灰皿へ揉み消しながらモグスさんがそう意地悪に笑うと、ユリメさんは隣の彼を睨み「んだよクソジジイ、テメーがやきもちなんざ妬いても気持ち悪いわ」と、「やきもちなんか妬くほど俺ぁもう若くねえってんだ」――というような、夫婦は悪口の応酬をしている。
「そうね。アンタもう白髪のジジイだもんな。」
「俺がジジイになったってことは、おめーも白髪ババアになったってことだろうが。」
「あたしが~おばさんになぁぁったら……」
「おお俺ぁジジイだよ? なんか文句あんのかユリメ、そのクソジジイと結婚してる癖によ。」
「アンタとの結婚生活は文句しかねえわ。嫁にババアババア言いやがって、今度の結婚記念日に緑の紙突き付けてやろうか。ああ゛?」
「……、ふふ…」
だが、彼らは楽しそうな笑顔を浮かべながら、口先でばかり口汚く文句を言い合っているのである。…いっそ二人のその横顔は、いきいきとして見えるくらいだ。――ましてやこんなサバサバしている夫婦であろうとも、きちんと結婚記念日はお祝いしているらしいのだから、微笑ましい。
思わず微笑ましくて笑う僕の隣、視線を感じて振り返れば――じっと、僕のことを熱っぽい目線で見ていたソンジュさんと目が合う。
「…、……?」
「…………」
何をそんなに見ているのだろう、と思った僕だが、何も言わないソンジュさんは優しげに微笑み、僕の目を見つめてくる。――狼の顔、そうであっても彼の目は、やはり何も変わらない。
「…………」
「…………」
綺麗な目だ。
吸い込まれてしまいそうになる。――その淡く透き通った水色の瞳、小さく丸い黒の瞳孔…瞳の虹彩、皺の一本一本の濃い青にまで気を取られ、見惚れてしまう。
口では何を語るでもないというのに――その目は僕に、優しく深い愛を語ってくる。
「…………」
「…………」
見つめ合うだけで…ぞく、として、ドキドキする。
僕のどこかに触れてほしい…――まぶたがゆるみ、頬にじゅわりと瑞々しい熱が、滲んでくる。
「……あーあー見つめあっちゃって。」…モグスさんが僕らをからかう。
ハッと僕は、ソンジュさんの目からオムレツへと目線を転じ、もう一口分を切り分け、急いで口の中に入れる。
「…はは…、可愛いなぁ、ユンファさんは」
ソンジュさんが隣で笑っている。
するとユリメさんが、
「なあソンジュ」
そのようにソンジュさんに話し掛け。
「……、はい」
ユリメさんに呼びかけられたソンジュさんは、対面に座る彼女に振り返った。…僕はソンジュさんのしゅっとした綺麗な横顔を一瞥してから、またオムレツを一口分、何でもないふりをして口へ。――ユリメさんには申し訳ないが、今はあまり味がよくわからない。
「…本当にソンジュが好きな人なんだな、ユンファちゃんは。逃げとかとりあえずとかじゃなく?」
ユリメさんのその言葉に、僕はつい彼女を見た。
ユリメさんは赤ら顔で笑みを浮かべているが、その黒に近い焦げ茶色の瞳は真剣に、ソンジュさんを見据えている。――僕は彼女のまっすぐな視線を辿るように自然と、隣のソンジュさんを見た。
彼の横顔は神妙な表情を浮かべていた。…そして、なんら誤魔化しも何もないまっすぐな目線を、ただユリメさんのその瞳に返して、ソンジュさんは少しだけ幸せそうに、口角を上げた。
「はい」
「……、…」
コクリとじっくり頷きながらの、そのあまりにもまっすぐな肯定に――僕は少しドキリとして、手に持つ食器の柄に添えた指にも力が入る。…気を抜いたら、ナイフとフォークを落としてしまいそうだったのだ。
「あっそ。…いいじゃん?」
するとユリメさんはニカッと笑って、僕のことを見る。
「…好きな人と結婚ね…――いいよ、最高。ソンジュのことよろしくね、ユンファちゃん。」
「……あ、はい…、ぁ……」
釣られて答えてから、あっと思った僕である。
ユリメさんの「よろしく」に「はい」と応えてしまった僕は、これじゃあたかも本当にソンジュさんと結婚することが決まっている人かのような――本当にソンジュさんの婚約者として、僕もまた同様の認識で彼と付き合っているかのような、これでは僕までそういったポジションを受け入れてしまったようではないか。
「……、…」
正直後悔している。先ほどの確信があっては失敗だったと、僕はすぐさま俯いた。
しかしユリメさんはもう、今のこともあってはすっかり僕のことを、ソンジュさんの婚約者として認めてしまったのだろう。
「…ユンファちゃん、もし困ったことあったらいつでも頼んな。アタシたち真下に住んでっから。――ピンポーンって来てくれたら、アタシいつでも家にいるからね。」
「…あ、はい…ありがとうございます……」
とりあえずお礼はいうが、複雑だ。
はたと頼もしいその言葉に複雑ながら顔を上げた僕、くしゃりとした笑みを浮かべていたユリメさんはさながら、頼もしい姐さん、というような人だ。…そして彼女は「うん、いつでも待ってるよ」と僕に応えるなり、ニカッと赤ら顔で笑っては、ソンジュさんを見る。
「…はは、ソンジュう…いつの間にアンタこんなイイの捕まえたのよ。こんなに綺麗でいい子、やっぱりアンタにはもったいないんじゃない? ……」
そうしてユリメさんは笑いながら、何杯目かもわからない赤ワインをグラスから煽った。
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