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夢と目合う ※ ※モブユン
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しおりを挟むその白羽の矢が立ったとある男とは――雪縞・玉・嘉綯緯のことである。
ただ実をいうと、身分を借りる以前にも俺はこの男に協力をしてもらっていた。――DNA検査キットを申し込む際にかかってきた、例の本人確認の電話の件である。
要するに、カナイ兄さんにはユンファさんのふりをしてもらったのだ。それもこの男は医者であるため(実は俺の専属医である)、一応『なぜ? どうして? 本当にいいの?』というような質疑応答があったのだが、医療機関の事情に精通した彼の応答は驚くほどに完璧であった。
いや、厳密にいえば彼は医者でもあるというべきだが。
そうして今度もカナイ兄さんの幇助を受けられた俺は、一夜のみ――タトゥースタジオ『bLacK caT』の敏腕経営者、三十歳アルファ男性、雪縞・玉・嘉綯緯となったのである。
ちなみに、我が国の身分証明書に本名の記載はないのだが――身分証明書となるものには国民No.がある。身分はそれによって管理されているため、厳密な戸籍情報と親からの口伝のほかに真名を知る術はない。ものの――俺と彼はとんでもなく仲良しなので、お互いの真名を教え合うに至っている。
なおもちろん恋仲などではない。
先だっての電話の際、(結婚を前提に俺と付き合っている設定の)ユンファさんを演ずるカナイ兄さんにでさえ俺は、虫酸が走っていたくらいだ(が、一生こすれるネタを得たような気もする)。
また彼も終始死んだ魚の目をしていた。いやそれはいつものことか。まあ俺たちはそういった感じのマブダチ関係なのである。
いや、感謝はしている。これでもね。
であるから俺は感謝の意を込めて花を持たせ、予約の際の職業欄には「敏腕経営者」などと記載しておいてやったのだ。まあ別段下駄を履かせるというほど的はずれなことでもないし、何より、どうせ今後かの人が本当に『DONKEY』を利用することもないだろうしね。
なお、そのよしみあればこそ彼のクレジットカードも借りられたため一応借金とはなったが、当然期間を開けず全額お返し済である。ついでに高級焼肉も三回奢り済だ。
ただ正直この人選は最初、こういった類の話で融通の効く男が彼しかいなかったというだけのことではあったのだが、思えばこれも渡りに船であった。
些細な点でいえば、願掛けにもあの男の名は丁度よかった。叶えたい夢が、叶いました。――ちなみにカナエの名付けと彼の名にはなんら関係がない。
また思えば俺は、アルファ男性であるというところを誤魔化そうにも誤魔化しきれないのである。…なぜって、ベータ男性を装うには無理があるほどデカすぎてね。その点でも同じアルファ男性の彼の名義は、今回うってつけといえるのであった。
だがそれより何よりも俺は、俺のこの背中に宿された“九雀”――九条ヲク家の象徴、守護神である孔雀――をユンファさんに見られるわけにはいかないと考えていた。
この九雀はそれこそ俺の肉体に刻まれた身分証明書のようなものである。例えその霊鳥の意味こそわからずとも、九雀が背負った『九条』の意味がわからないヤマト人などおよそいない。
そのため俺は、事前に店側へ「自分の背中には物凄く派手なタトゥーが入っている。キャストさんを驚かせたり怖がらせたりしては申し訳ないので、上のパーカは脱げない」ということを伝えておいた。
するとカタギ(ヤのつくその道の人ではない)ながらも、その派手なタトゥーと、それを隠す言い訳に真実味を帯びさせる効果のあったであろう、彼の職業――タトゥースタジオの敏腕経営者、という立場もまた今回においては非常に都合が良かった。
とはいえ、そうして九雀を隠すためにパーカは脱げないと事前申告はしたものの、さらに念には念を入れて、俺はこの顔もまた隠す必要性があると考えた。
――というのも俺は九条ヲク家に生まれている以上、他の条ヲク家の者と比べれば少ないながらも、一応容貌の露出があった。
頻繁ではないにせよテレビやら雑誌やらに顔出しをしてしまっている俺では、最悪の場合、俺の顔を見ただけでもそれとわかってしまう可能性があったということである。
ということで俺は更に、この顔を隠すための仮面も着けることにした。
ちなみにこれは一つ助かった点ではあるものの、あの『DONKEY』の客層は客層であるために、そうして仮面等で顔を隠す客もさして珍しくはないらしい――そのお陰で俺は、少なくとも仮面においては奇矯な客として逆に目立ってしまうようなことはないだろう――が……。
あの店はそうして需要もあればこそ、種類さまざまな仮面の貸し出しまでしていたのだ。……しかし俺は、(誰が使ったかもわからない仮面を顔の皮膚に被せるというのははっきりいってキモ過ぎるので)自前の仮面を用意したのであった。
そうして俺が用意した仮面は、顔を隠すためという用途もあれば、顔の全てを覆うタイプのベネチアンマスクである。
マネキン風の顔立ちの仮面は、白地のその地色が透ける水彩のような青でアイシャドウ、ノーズシャドウ、そして両頬にはティアドロップ(涙の雫)が描かれ、また唇もそのように青く塗られている。そしてこめかみや額、頬の側面あたりには細く這うような蔦模様の金が施されている仮面であった。
なお全顔の仮面とはいえ、もちろん目元は切れ長の形にくり抜かれ、鼻にもまた通気口として二つの穴が空いているものだ。
ちなみに、普段は身に着けるもののほとんどをオーダーメイドしている俺でも、さすがに一度限りの機会が見込まれているこの仮面に関しては、ネットで適当に選び購入したものである。
さて――ユンファさんを『DONKEY』で指名すると思い立ってから一週間ほどしたのち、俺の手元には“運命のつがい”かどうかを調べるための、DNA検査キットが無事過不足なく届いた。
またその頃ともなると俺は、俺とユンファさんの再会の地となる記念すべきホテルに関しても、もう既に目処をつけていた。
次に身分(詐称)の手はずも整った。
仮面も数日後には届き、背を隠すためのパーカに関しても、あのカナイ様が直々に私服を俺へお貸しくださった(ちなみにその上下黒ずくめスウェットセットアップは、カナイお兄様の「僕の服も貸してやるよ。タトゥーアーティストらしい服を」とのお言葉に甘えた結果だ。しかし、果たしてそれらは本当にらしいのだろうか?)
といった感じで、満を持した俺はいよいよ――やっと、指名予約の段階に進んだ。
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