63 / 111
第2話
070. 剣と魔法ってこんな感じなんだ19
しおりを挟む
「よく……戻ってきたわね」
重苦しい空気だった。
普段の氷のように冷たい瞳でも柔和な笑顔を絶やさないハクが、今もボクに向けているその顔は決して穏やかなものではなかった。
怒っている、という訳ではない。
でも、その瞳はなんだか物悲しそうな、そんな氷の色をしていた。
「ハク、聞いて欲しいのだ。
イツキは一日、ずっと――」
ボクをかばうように声を上げたアニーを、ハクは白い掌を見せることで止めて見せた。
「アニー。
少し黙ってて頂戴な」
黒熊のメンバーはすべて同じフロアにいた。
それぞれがテーブルにつき夕食を始める前だった。
バンディとレナールが準備をし、ハクもそれを手伝っていたがボクとアニーが正面入り口から入ってくるのを察して、厨房から出てきて、今に至るわけだ。
「イツキ、アナタが今日一日何をしてきたか。
リトル・ニューの親父さんからもギヤノさんキヤノさんたちからの話でも聞いてるわ。
そして、その汚れっぷりからすると……
マイちゃんの家辺りにでも行っていたって感じかしら」
「ハクには敵わないな。
全部、お見通しって訳だ」
「どういうつもり?
コンクエスターとして正規の手順を踏まずに依頼を受けるだなんて、ここでやっていくつもりじゃなかったの?」
ハクはたすき掛けという着物を着ている人が作業をする際に邪魔にならないように縛っていた袖を留める紐をほどいて、ボクの前に立った。
やっぱりキレイな人だった。
その背筋に一本、鉄芯の通ったような姿勢も。
氷色の瞳とそれを縁取るまつげも。
口元に刺した青い口紅も。
雪のように白い肌も。
それらすべてがまぶしかった。
それでも、そのまぶしさに目を閉じるわけにはいかなかった。
「ごめんなさい。
この世界に来てから、ハクと会ってから、すべてを誰かと一緒に、誰かに助けられながらこなしてきた。
それが出来ていたから、助けられていたことに慣れていたから……
この前は失敗したんだ」
ボクは拳を握った。
まだ、泥と汗にまみれて、握りなれない草刈り鎌を振りすぎてひりひりとした掌が痛かった。
「だから、自分ひとりならどこまで出来て、何が出来ないのか。
知りたかったから。
やってみたんだ。
そして分かったんだ」
ハクを見上げた。
その氷色の瞳と、ボクの銀に縁どられた黒くて丸い瞳が、一本の線でつながる様に。
「ボクにはできないことが沢山ある。
これから覚えなきゃいけないことや、身につけなきゃいけないことが山のようにね。
それが確認できたんだ。
だから……」
周りを見渡した。
みんな、フロアの中央に立つボクとハクに注目していた。
あのバンディでさえ、鍋を振る手を止めていた。
「黒熊を追い出されても、みんなの事は忘れないから」
そういって、ボクは深々と、腰を折って頭を下げて見せた。
みえるのは黒熊の良く磨かれた床板だった。
思い出した。
最初に黒熊に来た時の、床に四つん這いになってバンディと遭遇して本当のクマのように感じたあの時を。
「短い間でしたが……」
そこまで言って、雫が床にぽたりと落ちた。
塩味が口の中に広がった。
ちゃんと拭いておかないと、またバンディにドヤされる。
頭を上げると、みんなが座ったテーブルの前には夕食が並べられていた。
「こんな旨そうなご飯ともお別れねー」
エリィは口をつけたこともないはずのバンディの料理を、ボクらが舌つづみを打っている様をいつも、うらやましそうに眺めていたっけ。
これ以上ここにいると、空腹に負けてしまいそうだった。
ポケットには少しの硬貨が残っているはずだ。
今日の夕食に何か買って、後は宿に泊まるほどもないから、また野宿をして……
そんな風に考えながら、恩人たちに背を向けた。
「手を洗ってらっしゃい」
ハクの声だった。
え?
思わず振り向いた。
彼は既に椅子についていて、ハクとアニーの間には誰も座っていない一人分のスペースが空いていた。
「なにしてるのよ。
手を洗って、みんなで頂きましょうよ」
どう、いう……
「別に、出ていくことなんてないわ。
アナタがやりたいことをする。
それで得たものがあるんならそれでいいのよ」
「でも、ボクは勝手に……
依頼も受けずに……」
「今日はイツキは依頼を受けていないフリーの日だったはずだ。
個人の時間を、とやかく言う決まりは……
特にないよなぁ。
なぁ、おやっさん?」
フゥが大きく胸をそびやかして厨房から出てきたバンディに聞いて見せた。
「あー、そうだな。
誰が、自分の時間に何をしようが、自由だな。
ただ、飯はしっかり食え」
テーブルに置いた大皿には、一日の体力仕事をねぎらうかのように美味しそうな料理が山盛りだった。
「そういうことよ。
失敗した分はリカバリーしたんでしょ?
それなら、ご飯を食べなさい」
「うん!」
ボクは涙を拭いて返事をした。
「ほら、手だけじゃなくて顔も洗ってくるのよ。
泥が目の周りにもついてるじゃない」
黒熊のフロアの中に、どっと笑い声が膨らんだ。
重苦しい空気だった。
普段の氷のように冷たい瞳でも柔和な笑顔を絶やさないハクが、今もボクに向けているその顔は決して穏やかなものではなかった。
怒っている、という訳ではない。
でも、その瞳はなんだか物悲しそうな、そんな氷の色をしていた。
「ハク、聞いて欲しいのだ。
イツキは一日、ずっと――」
ボクをかばうように声を上げたアニーを、ハクは白い掌を見せることで止めて見せた。
「アニー。
少し黙ってて頂戴な」
黒熊のメンバーはすべて同じフロアにいた。
それぞれがテーブルにつき夕食を始める前だった。
バンディとレナールが準備をし、ハクもそれを手伝っていたがボクとアニーが正面入り口から入ってくるのを察して、厨房から出てきて、今に至るわけだ。
「イツキ、アナタが今日一日何をしてきたか。
リトル・ニューの親父さんからもギヤノさんキヤノさんたちからの話でも聞いてるわ。
そして、その汚れっぷりからすると……
マイちゃんの家辺りにでも行っていたって感じかしら」
「ハクには敵わないな。
全部、お見通しって訳だ」
「どういうつもり?
コンクエスターとして正規の手順を踏まずに依頼を受けるだなんて、ここでやっていくつもりじゃなかったの?」
ハクはたすき掛けという着物を着ている人が作業をする際に邪魔にならないように縛っていた袖を留める紐をほどいて、ボクの前に立った。
やっぱりキレイな人だった。
その背筋に一本、鉄芯の通ったような姿勢も。
氷色の瞳とそれを縁取るまつげも。
口元に刺した青い口紅も。
雪のように白い肌も。
それらすべてがまぶしかった。
それでも、そのまぶしさに目を閉じるわけにはいかなかった。
「ごめんなさい。
この世界に来てから、ハクと会ってから、すべてを誰かと一緒に、誰かに助けられながらこなしてきた。
それが出来ていたから、助けられていたことに慣れていたから……
この前は失敗したんだ」
ボクは拳を握った。
まだ、泥と汗にまみれて、握りなれない草刈り鎌を振りすぎてひりひりとした掌が痛かった。
「だから、自分ひとりならどこまで出来て、何が出来ないのか。
知りたかったから。
やってみたんだ。
そして分かったんだ」
ハクを見上げた。
その氷色の瞳と、ボクの銀に縁どられた黒くて丸い瞳が、一本の線でつながる様に。
「ボクにはできないことが沢山ある。
これから覚えなきゃいけないことや、身につけなきゃいけないことが山のようにね。
それが確認できたんだ。
だから……」
周りを見渡した。
みんな、フロアの中央に立つボクとハクに注目していた。
あのバンディでさえ、鍋を振る手を止めていた。
「黒熊を追い出されても、みんなの事は忘れないから」
そういって、ボクは深々と、腰を折って頭を下げて見せた。
みえるのは黒熊の良く磨かれた床板だった。
思い出した。
最初に黒熊に来た時の、床に四つん這いになってバンディと遭遇して本当のクマのように感じたあの時を。
「短い間でしたが……」
そこまで言って、雫が床にぽたりと落ちた。
塩味が口の中に広がった。
ちゃんと拭いておかないと、またバンディにドヤされる。
頭を上げると、みんなが座ったテーブルの前には夕食が並べられていた。
「こんな旨そうなご飯ともお別れねー」
エリィは口をつけたこともないはずのバンディの料理を、ボクらが舌つづみを打っている様をいつも、うらやましそうに眺めていたっけ。
これ以上ここにいると、空腹に負けてしまいそうだった。
ポケットには少しの硬貨が残っているはずだ。
今日の夕食に何か買って、後は宿に泊まるほどもないから、また野宿をして……
そんな風に考えながら、恩人たちに背を向けた。
「手を洗ってらっしゃい」
ハクの声だった。
え?
思わず振り向いた。
彼は既に椅子についていて、ハクとアニーの間には誰も座っていない一人分のスペースが空いていた。
「なにしてるのよ。
手を洗って、みんなで頂きましょうよ」
どう、いう……
「別に、出ていくことなんてないわ。
アナタがやりたいことをする。
それで得たものがあるんならそれでいいのよ」
「でも、ボクは勝手に……
依頼も受けずに……」
「今日はイツキは依頼を受けていないフリーの日だったはずだ。
個人の時間を、とやかく言う決まりは……
特にないよなぁ。
なぁ、おやっさん?」
フゥが大きく胸をそびやかして厨房から出てきたバンディに聞いて見せた。
「あー、そうだな。
誰が、自分の時間に何をしようが、自由だな。
ただ、飯はしっかり食え」
テーブルに置いた大皿には、一日の体力仕事をねぎらうかのように美味しそうな料理が山盛りだった。
「そういうことよ。
失敗した分はリカバリーしたんでしょ?
それなら、ご飯を食べなさい」
「うん!」
ボクは涙を拭いて返事をした。
「ほら、手だけじゃなくて顔も洗ってくるのよ。
泥が目の周りにもついてるじゃない」
黒熊のフロアの中に、どっと笑い声が膨らんだ。
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる