和習冒険活劇 少女サヤの想い人

花山オリヴィエ

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「オィ、あの子、なんか気味が悪いな……」
「フラフラしてるし、どうしたのかしら……」
「なんにせよ、関わり合いにならないほうがいいさ」

 町人、道行く人はヒソヒソと声をひそめ、一人の少女に視線を落としていた。右に左に揺れながら、路傍の小石につまずきながらも、彼女のその覚束おぼつかない足取りは止まることは無かった。

「ネェ、オジョーチャン。どうしたの?」
「そーそー。
 お腹すいてない?」

 見るからに軽薄そうな若者二人が声を掛けるも、少女は答えるような言葉になりはしなかった。

「ジン……
 今……
 行く……よ。
 助けてあげるから……
 おねがいだよ……泣かないで……」

「誰ともなくつぶやいているこの不気味な少女はチンピラ達を素通りし、そのまま、さらに歩いて行った。

「ったく、何だあのアマ。気味わりぃな、オイ」

 悪態をつくチンピラの表情には恐れが色濃く張り付いていた。
 足を引きずりながら、サヤの周りの闇は一層色濃くなっていく。
 いまだにフラフラと歩くサヤ。
 しかし、突然、その首をガクンと揺らし、前に進む足がその場に縫いつけられた。
 漆黒の闇が彼女の腕や足に絡みつき、その自由を奪ったのだ。
 しかし、今のサヤの心にその現象を不思議に思えるような明瞭さは残っていなかった。

「ナニ……
 ダレ……? 
 サヤはジンのところに行かなくちゃ……
 放してよぅ……」

 目には温かい涙が浮かび始める。
 ポロポロと雫(しずく)が頬を伝い始めると、サヤの眼の前に灯りがともる。
 数間先に見えるその鬼火のような提灯の明かり。その明りが照らすのは一人の男性のようであった。その人は着ているもので男性と判別されたが、頭から顔、首から肩までを頭巾で覆い、唯一見せている二つの眼は提灯の明かりをギラギラと反射し、炯々けいけいと光を放っている。
 一歩、また一歩とサヤに近づくその頭巾は刀を一振り、右手に握っていた。それも、最初から刃をむき出しにしたままである。
 サヤのうつろな目が剥き身の刀を確認すると、闇夜は一転、真っ白な背景に変わったのであった。

「ここは……、見たことが……ある……」

 サヤの目の前に、と言っても両手を伸ばしたところで絶対に届きはしない距離に男が項垂(うなだ)れていた。

「ジン!」

 サヤの声が響くがジンと呼ばれた男は動かない。
 思うように動かないサヤ。


 ジンが、あの人がすぐ傍にいるのに……

 ぬかるむ足元、重く、鉛のように鈍い身体。
 一歩を踏み出すのにどれほどの時を要したか。
 二歩、三歩、そして四歩目でやっと彼女の指がジンに触れる。
 五歩目でようやく、両の手で彼の肩をつかんだ。

「やっと……
 やっと会えたね……
 さぁ、帰ろう?」

 彼女の温かな右手。肩に添えられたその手にジンの手が触れる。
 その手にべっとりとした触感を覚えた。
 目を向けると、そこには真っ赤な鮮血が昏々(こんこん)と流れ出ていた。
 ジンがそのうつむいていた顔をガクンと振り上げる。その勢いと共にサヤの前に持ち上げられたその顔は、目も、鼻も、口も、恐らくは髪に隠れた耳からも血がゴプゴプと流れ出ている。
 恐怖から半歩飛び退くとジンが一言一句を木霊(こだま)させながらその口を開く。

「なんだ、サヤじゃないか……
 さぁ、こっちだよ。こっちにおいで……
 何を怖がっているんだい?
 この素晴らしい世界を、君も共有しよう……?」

 それまで、一点の陰りすらなかった真っ白な世界は、ジンの流した血によってか、その色を紅に染めて行く。
 彼の腕が、手が、指が、爪が、植物の蔦が高速で伸びて行くかのようにサヤに近づいてくる。

「イヤッッ!
 来ないで!
 どうしたの!?
 元の優しいジンに戻ってよ!」
「分からないかなぁ、こうして血を浴びる清々しさを。
 素晴らしいじゃないか。
 さぁ、僕と一つになるんだ。
 君といっしょなら……
 さぁ!」

 なおも溢れだす血を拭いもせずに、ジンはその紅蓮の口を三日月の様につり上げた。

「イヤァ――――」
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