和習冒険活劇 少女サヤの想い人

花山オリヴィエ

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 そして場面は暗闇の現世に戻る。
 サヤが、あの世界でジンと繋がっていたのはわずか瞬きを三回するほどの間であった。
 サヤはこの身体のある世界でもその、悲鳴を上げ、妖刀となったジンを持つ頭巾の男はその刃を振りかざす。光のもととなる提灯を持った男が頭巾に声を掛ける。

「ささ、若様。
 今のうちでございます……」

 頭巾はサヤの首に刀を振り下ろす構えに入る。
 その刀の柄に残った左手を添えた。

「クフフ、クヒィ、クヒィ……」

 頭巾の隙間からのぞく目が一段と狂気に光る。
 両の手にその狂った力を込めると、

「ダメェ!」

 漆黒の闇の中に、ひと際甲高い、悲鳴にも似た声が上がる。
 サヤの腕をつかんでいた黒い人間達は、一斉に声の主を探す。
 そしてその背後から男と少女が駆けつけてきたのだ。そう、イオリとオユリであった。
 息を切らし、肩を上下させていた。

「なんとか……
 ハァ、間に合ったよう……ですね……」

 呼吸を整え言葉を絞り出す。
 オユリに至っては先ほどの一声で肺の中の空気をすべて出し切ってしまっていた。
 オユリ、イオリ、黒装束の男が三人、サヤ、頭巾の男、提灯といった順で街から闇へと向かった立ち位置であった。
 黒装束達はサヤの四肢をつかんだまま、イオリ達の出方を伺っている。提灯持ちの男は声にもその慌てた心情が表れていた。

「若――
 さ、早くその娘を斬って帰りましょうぞ」

 頭巾はこの言葉を耳に入れたのか、勢いよく刀を振り下ろした。

「クッ!」

 しかしそのジンと言う刃は、サヤの骨や肉、毛髪ですら切り裂いてはいなかった。
 其の兇刃きょうじんサヤと頭巾の間に割って入ったイオリの手、それも手のひらに一本の線を書きつけた。もちろん、それは元からあった手のひらの皺などではなく、薄皮を破き、一筋の鮮血を流し出したのだった。
 そして、その血は僅かながらも刀に吸われていた。怪我をしていた腕を酷使した上に斬られ、その場にうずくまるイオリに、そこに寄り添うオユリ。
 頭巾の男が改めて、最初の目標、サヤに刀を振り上げるも、その刀、ジンはピクリとも動かない。

「――!?!?
 どうしたっ?
 なぜ動かぬ!」

 頭巾はここに来てはじめて、言葉らしい言葉をその口から発した。
 かの刀は震え、その動きと怪しい光を止めている。
 提灯はさらに戸惑った。

「えぇい!
 お前たち、何をしているっ。
 若を連れて帰るのじゃ!」

 漆黒の腕はサヤの拘束を解き、跳躍。右手の自由を失っていた頭巾を抱え、その黒装束と同じ色の夜の闇へと消えて行った。
 赤い雫の滴る手を押さえ、消えて行った方向を見据えるイオリは、その場に崩れていたサヤを立たせる。

「大丈夫ですか?
 怪我は?」

 サヤは俯いた顔を、己を揺り動かすモノへと向ける。その目からはジンに感じさせられた痛みがそのまま血涙となり、筋を残していた。

「ウン……
 大丈夫。大丈夫だよ。
 それより、イオリ、手は……」

 あれだけ己を見失い、痛みに耐えてきたサヤの憂いを払おうと、イオリは精一杯の笑みを浮かべる。その目は温情と慈愛に満ちていた。
 其の笑顔が、ひと際大きくサヤの心を締め付ける。

「ゴメンネ……
 でも、あの人だったんだよ。
 あの刀こそ、ジンだったんだ……」

 更に、この少女の目からは悲しみと痛みによる血ではなく、今度は本当の、まっさらなナミダが伝う。
 ここでようやく、会話に加わってきたのはオユリ。

「サヤさん……」
「うん、オユリもありがとう。でも、もう大丈夫だよ」

 イオリは軋む腕を陽気に振り上げながら言う。

「さぁ、今日はもう帰りましょう。サヤの手当てもしなくちゃね」

 ――イオリこそ。

 サヤの言葉が形をなす前に、オユリが問うた。

「でも、急がなくていいんですか?
 その、ジンさんとやらを追わなくても?」

 これには、口元をきっと結び、サヤは答えた。

「ウン、でも、もう彼がどこにいるかは判ったから」

 彼女の目は闇の先を見据えていた。
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