柳兎学園・江戸文化作法研究会 ~サムライ部での青春のワンシーン~

花山オリヴィエ

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 ユキシロは右半身に構え、ホレットから見て左側に廻り込む。反応だけはしたものの、身体の動きが付いてこない彼女。

「アタシもそんなに小さい方じゃないが、アンタは高すぎだ。これで――」

 ソレ。

 と今度はホレットのひざの裏を軽く蹴り、バランスを崩す。

「ちょうどいいだろう?」

 ホレットの顔の高さがユキシロの肩まで下がる。

 ッフン!

 左の拳をそのまま鼻っ柱へと叩き込む。重く冷たい感触を左手が感じ取る。

「……よっと!」

 叩きこんだ左手に右手を追いつかせ、上部へシフト。両手で頭部を抱えるようにすると、左の膝を拳の当たった場所に再度蹴り込んだ。

 両手で引き寄せられながら加速したヒザ。
 これにはホレットも勢いのまま上体を仰け反らせる。
 ひらりと身を翻し、これを見ていたユキシロは苦笑を隠そうともしない。
 ハラリと眼にかかった氷色の髪。
 その前髪の影に隠れて額には動揺の汗が伝う。

「っとと、アレでも倒れないか?」

 間合いをとったユキシロと、仰け反った上体を同じ軌道でゆっくりと巻き戻すホレット。
 右手に持ったままのハンカチで打たれた鼻を拭く。
 こほん、と一つ咳払いを挟みこむと、何事も無かったかのようにユキシロに向き直る。

「さ、もう満足されたでしょう?」

 そういって右手を差し出す。

「アクシュ……しろってのかい?」

 コクリと頷き、涙のにじむ目で何かを訴えかけてくる。

「ま、そんじゃ――」

 ユキシロが同じく右手を差し出すと、ホレットの右手が蛇のように絡み付き、そのまま大きく身体を宙に浮かせる。

「――!」

 ユキシロの両の足は天を向き、次の瞬間には地面に叩きつけられた。
 辛うじて受け身をとったが、その全身に激痛が走る。

「~~~ッッッカハ」
「どうです?
 いいものでしょう?
 ほらっ」

 またもやユキシロ自身が宙に浮く。決して身体は小さくはないし、軽くもない。
 それなのにまるで布か紙のように振りまわされる。

(ックソ。なんだってこんなに軽々と投げられるんだ?)

 膂力だけで2回、3回と地に打ちつけられる。

「サテ、後何回、耐えられますか?」

 ホレットがユキシロを振り上げる4度目。

「――ッカ! 
 何度も何度も、人を布切れか何かみたいに振りまわしやがって!
 アンタの武器はこの馬鹿力か。
 それなら、こうしてやるよッ!」

 空中で身を捻り、体勢を立て直す。そしてそのままホレットの長い腕に己自身を絡み付かせると、ユキシロは渾身の力を込める。

「どんなもん……ダッ!?」

 ビキリという鈍い音がした。今度は足から着地出来た。

「腕、肘の関節をヤラせてもらったよ。
 もうその腕は使い物にならないだろう……
 ん?」

 ユキシロが道着についた土埃を払いながらそんなことを口にしていると、ホレットはひじ関節を壊されたままの右手で掴みかかってきた。
 僅かの差で首を逸らして、これを避ける。

「オイオイ、なんでその腕が動くんだ? 完全に肘の関節を壊してやったはずなのに……」
「なんでって……私もアナタ方と同じ、バケモノですから。私は『ゾンビ』この世によみがえった死人です。この身体は痛みも何も感じませんからね」
「ほーぅ、それで打撃も関節技も効かないって訳か。さっきから鼻につくその香水は、腐敗臭を隠すためのものか。しかし、その死人がそうまでして、うちのお宝様に用があるってのはなんでだ?」

 何度も地面に打ち付けられたダメージを悟られまいと平静を装うユキシロ。その問いにホレットはまたも涙を流しながら答える。

「この朽ちゆく我身を、永久に残すためです。その為にはニホンの仏教的な地獄にあるという『極寒地獄』へ行くのです。
 そこで私はこの美しい身体を氷に委ねてこの世の終わりまで眠りにつくのです」
「ッハァ~、西洋のモンの考えることはわからんなぁ。だが、そう言うことならその願い、叶えてやるよ」
「フザケタことを……私はアナタの屍を越えて地獄を手に入れて見せます!」
「んじゃあ、私からのプレゼントさッ」

 ユキシロは目の前の敵、ホレットにゆっくりと歩み寄り、距離を詰める。
 そして――

「何の真似ですか?」
「なにって……抱擁(ハグ)?」
「バカらしい」

 ホレットは懐に入って己を抱きしめるユキシロに対して、墓地でワキミズにしたようにさば折りの要領で締め上げる。

「ハハ、ワタシの得意技に自ら入ってくるとは、間抜けというしかありませんね。
 悲しいかな、これで最後です」
「マヌケは……どっちかな?」
 ナニ?
 と唸ったときには既に周囲の大気が震え、ピキピキと音を立てて空気が変わり始めていたのだった。

「ナンダ?
 これは……」
「アンタがゾンビで痛みも感じない、死にもしない、そして極寒地獄に行きたいって言うんなら、こっちにもやり方ってものがあるわけよ」
「な、なんだ……腕が……足が……うごか、ない?」

 次第に口すら動かせなくなってゆくホレットの懐の中でユキシロは言葉を連ねる。

「私は雪女の血筋でね。今、自分の体温を超低温に下げているのさ。
 ほら、オマエさんはもう、オシマイさ」
「なん……だ……と?」
 瞬く間に二人の周囲の空気は水分が凍結、氷像を作った。

「ふぅ、ホレットとやら、願いが叶った気分はどうだい?」

 ユキシロは凍ったホレットの腕の間からその身を滑りだし、コンコンと拳で氷像を叩いて見せる。

「それじゃあ、この世の終わりとやらまで――そうしてな」

 ピシリと氷像に亀裂が入る。そして、美しく砕け散った。
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