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第2章 城塞都市グラードバッハ編

17. 神様、仏様、卍様

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「それじゃあ、アンタのご主人様という卍様を拝ましてもらうよ!」

 俺もクロメも食事代もタダになり、臨時収入もウハウハで忘れてたんだけど、女将に言われて、そう言えばそんな約束をしていた事を思い出した。

「クックックックッ! そしたら刮目して貰おうか!我が主、卍様の偉大なる御姿を!」

 クロメは、そう言うと、テーブルの上に飛び乗る。

 そして、

「それでは、ひれ伏すが良い!我が主、卍様の前で頭が高いわ!」

 クロメはそう言うと、眼帯を勿体ぶって外してみせる。

「な……なんだ……あの魔眼は……」

「なんて、禍々しい魔眼なんだ……」

「ただの設定じゃなかったのか?」

「やはり、黒耳族の生き残り?だがしかし、あの魔眼は何だ?七色に光るという未来視眼じゃないんじゃないのか?」

 なんか、思いの外、盛り上がってしまっている。
 そうなると、クロメの鼻息も荒い。

「クックックックックッ! 矮小な人間共よ。崇め奉れ!卍様の御前であるぞ!」

 クロメの気持ちが高まると、異世界から魔力が流れ込み、俺も、神々しく青白く光ってしまう。

「ハハー! 卍様~」

 ノリの良い女将様が、仰々しく頭を下げる。
 まあ、そういう約束だったのもあるから。

「さあ、アンタ達も卍様に頭を下げな! じゃなければ、これからビールの値段を2倍にするよ!」

 女将に言われて、客達も頭を下げる。
 まあ、女将も、自分だけが頭を下げるのが気恥しかったのだろう。

「卍様~ありがたや~ありがたや~」

「神様、仏様、卍様~」

 もう、客も、完全にノリで頭を下げてるし。
 チビっ子のママゴトに付き合う、大人の感覚なのだろう。
 まあ、それより、ビールの価格が2倍になるのが嫌なのか? 大半が、そっちの理由だね。

 クロメは、ひれ伏す冒険者達を見て、フンスと、無い胸を反り返してご満悦だし。

『もう、いいんじゃないのか?上に立つ者は、下々に慕われないといけないからな。威張り散らかすと嫌われちゃうぞ』

 俺は、調子に乗り過ぎてるクロメに釘を刺す。

「なるほど。村のみんなも、私の家族を嫌ってた」

 クロメは経験則から理解したのか、慌てて、眼帯を付けて俺を隠す。俺は、どうやら滅多な時しか見せない設定のようだ。
 というか、クロメの家族って、族長だったのに村人達に嫌われていたようである。
 まあ、子供のクロメを家から追い出しちゃうくらいの、イッちゃった人達だからな。

 そんな事よりも、俺は気になる事がある。

『クロメよ。賭けに勝ったお金を、半分くらい奢ってやったら、どうだろうか?』

 なんか、全財産を失った人が可哀想に思えてきちゃったのだ。
 なんか、魂の抜け殻みたいになっちゃってるし。
 それに、逆恨みとかされたら面倒臭いので、ここで奢ったりしたら、クロメの事を良い子だと思ってくれるかもしれないしね。

「よく聞け愚民ども! 我が主、卍様が、ここにいる者達全員に、施しを与えると仰っておられる!」

 クロメは、客から巻き上げた賞金の半額、約100万Gを頭上に掲げ、そしてそれを女将に渡す。

「この金で、好きなだけ飲んで食って、卍様を称え崇めるがよい!!」

「「ウオォォォォォーー!! 卍様! クロメちゃん! 太っ腹!!」」

 もう、『ミノタウルスの力こぶ亭』の客達は、大狂乱。クロメなど、何故か、客達にどん上げされてるし。

「俺は、酒を奢って貰えるなら、卍様の信者になるぜ!」

 アホな奴も出てくるし。

「本当に、卍様、様々だねぇー。儲かってしょうが無いよ!」

 拝金主義の女将もウホウホ。

 兎に角、みんなウィンウィンで、クロメもただの中二のヤバイ奴と思われなくて良かった。
 人間って、本当に現金なもので、奢ってもらえたりすると、すぐに手の平を返す。
 ほんの数分までまで、クロメにお金を巻き上げられて、恨めしそうな顔をしてクロメを睨んでた冒険者も、今じゃ、卍様、最高!とか言ってるし。

 まあ、クロメじゃなくて、俺を称えるとか、意味がわかんない所だけど。
 俺が、クロメの主様という設定に、冒険者達も乗っかってくれてるだけかもしれない。

 そんな感じで夜はふけ。お子様のクロメは、8時に就寝。久しぶりの屋根がある宿だからかすっかり熟睡してるようである。
 どうやら、随分トラウマから解放されてきてるみたいだ。
 基本、クロメって、睡眠浅いのか、寝るとずっとうなされるんだよね。

『お母さん、お父さん許して』とか、『お兄様、ぶたないで』とか、『アヤメ、私の物を取らないで』とか、どんだけ辛い人生送ってきたんだよってね。

 多分、アヤメという名の奴が、いつもクロメから色々なものを奪っていたという妹だったのだろう。

「卍様~もう食べれないです~ムニャムニャ」

 ウン。今日は、悪夢を見てないようである。
 これは、俺がクロメの左目になって、初めての事。

 だけど、初めての悪夢じゃない夢が、「食べれないです~」って、夢の中までも食ってるのかよ! まあ、幸せそうな夢で良かったんだけどね。

 本当に、クロメには、これから楽しい夢をたくさん見せてやりたい。

 その為には、酷い思い出を覆い尽くせるような、面白可笑しい経験をたくさん積ませてやらないといけない。

 勿論、楽し事だけじゃなく、辛く大変な事もあるかもだけど。

 それも含めて、クロメがおばあちゃんになって、改めて人生を振り返った時、辛かった事もあったけど、とても楽しい人生だったと思えるようなね。

 そんな、人生の糧となるような経験をさせてやる事が、クロメの左目で、親役で、ご主人様で、相棒でもある、俺の役目だと思うのだ。

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