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165. ハラダ・ハナ

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「ちょっと、いいですか? レイドで約束した一つ借りの件です」

 塩太郎の酔いは、一気に冷める。
 ハナが、何を要求してくるかと心臓バクバク。何故か、冷や汗まで出てくる始末。

 塩太郎は言われるまま、冒険者ギルド本部の広大な庭の人気のない場所まで連れて来られる。

『何を要求してくるんだ……仲間の仇討ちを諦めろとか言うんじゃないよな……』

 だけれども、この恨みは決して忘れる事などできない。塩太郎の目の前で、仲間が次々と、薩摩の奴らに殺されたのだ。
 まだ、幕府側や会津の奴ら、新撰組の奴らだったら許せる。最初から敵だったし。

 だけれども、薩摩は最初、尊皇攘夷藩のフリをしていた。
 生麦事件や薩英戦争まで起こしてる。それなのに、幕府に尻尾を振って長州藩に噛み付いてきたのである。本当に風見鶏にも程がある。直ぐに力ある方になびくのだ。
 まあ、最初にイギリス人に噛み付いたのも調子に乗ってたからだ。勝手に自分達に力があると勘違いしてイギリスに噛み付いたら、思いの外、相手が強過ぎたので尻尾を振る。
 でもって、すぐに幕府側に付く。

 やはり、どう考えても許せない。
 そもそも、日本の為に、薩摩は動いて無かったのだ。ただただ、薩摩は藩の藩主の為に動いたのだ。

 生麦事件も、大名行列中に、イギリス人が馬に乗ったまま横切った事に怒って、藩主の為にイギリス人を斬っただけで、そもそも全然、尊皇攘夷じゃないし。尊王攘夷と言ってたのも、自分達の藩に都合が良かっただけ。幕府の力を落とす為に利用してたのだ。

 薩英戦争も、ただの生麦事件の報復で行われただけだし、藩主も薩英戦争が終結するまで、尊王攘夷を利用してたのに、終結すると、今度は幕府に尻尾を振って蛤御門の変に参加し、長州藩の京都での力を削ごうとした。

 やはり、どう考えても許せる事ではない。
 薩摩のせいで、塩太郎の長州の仲間は何百人も殺されてるのである。

 薩摩の身勝手な行いのせいで……

 本気に、日本の行く末の為に戦ってた長州藩の侍の塩太郎には、藩主の為に尊王攘夷をするフリをして戦ってた薩摩の奴らがどうしても許せないし、自分達の革命にドロを塗ったとしか思えない。
 せめて、邪魔しないでくれたらいいのに、あろう事か、本気で、西洋諸国に侵略されないように日本の為に戦ってた長州藩に対して、敵である筈の幕府とグルになって攻撃して来たのだ。やはり、どう考えても許せないし、思い出したら、グツグツと腸が煮えくり返ってきた。

「決闘だ! ベルゼブブ攻略レイドが終わった事だし、約束通り、ここで剣神の称号を掛けて勝負してもらう!」

 塩太郎は、愛剣村正をスラリと抜く。
 絶対に、薩摩の人間だけは許せない!

「そんな事、言ってましたね。でも、私には貸し一が有りますから」

 ハナは、しっかりと剣呑漂う塩太郎の目を見つめながら言う。

「剣神を掛けた、お前との戦いの回避だけは認めねーぞ!」

 塩太郎は、予防線を最初に張っておく。
 塩太郎にも、絶対に譲れない事が有るのである。

「そうですか。そしたら、それ以外の事はなんでも私の言う事を、1つ聞いてくれるんですね?」

「ああ。それ以外なら何でもいい」

「武士に二言は有りませんね?」

 ハナは、塩太郎に念を押す。

「ねえよ!」

 塩太郎は、前のめりに答える。
 元農民だった塩太郎は、武士という言葉に敏感なのである。
 元々武士じゃなかったから、人一倍、武士になろうと努力してるし。

「じゃあ、私と結婚して下さい!」

「ああ! してやるぜ!」

「やったーー!!」

「ん?」

「塩太郎さんは、もう私のモノです!」

「結婚?私のモノ?」

「武士に二言は無いんですよね?」

 塩太郎は青ざめる。
 仲間の仇と結婚できる訳ないだろ……。
 まあ、ハナは好みの顔ではあるのだけど。
 ハナが薩摩の人間と分かる前は、いいなと思ってたけど、だけれども、ハナは薩摩の人間。決して結婚などできる訳ないのだ。
 結婚などしたら、薩摩の奴らに殺された長州の仲間に顔向け出来なくなってしまう。

「結婚式は、いつにしますか?」

 ハナは、グイグイ塩太郎にくっ付いてきて、話を進めようとする。しっかりと未成熟の胸を押し当てて。

「お……お前なんかと結婚できる訳ねーだろ! お前は、長州の仲間の仇なんだよ!」

 塩太郎は、半立ちしながらもしっかりと答える。

「私、長州も薩摩も知りませんし、私達ハラダ家、ハラ家の者達にとっては、1000年前の先祖の話ですし、そもそも私の先祖って、塩太郎さんが来た時代の前に、この世界に転移してきたという話じゃなかったですか?」

「それはそうかもしれんけど……」

「なら、別にいいじゃないですか?」

「お前らにとっては、1000年前の先祖の話かもしれんが、俺にとってはつい最近の話なんだよ!
 そう簡単に、気持ちの整理なんか出来るかよ!」

「だけど、塩太郎さんは言いましたよね?武士に二言は無いって?塩太郎さんは、武士の癖に嘘を付くんですか?
 それこそ、武士の風上にも置けなくなるんじゃないですか?」

 ハナは、外堀を埋めて追い詰めて来る。

「チッ! ああ言えばこう言う……」

「では、冒険者が丁度集まってますから、このベルゼブブ攻略レイド成功パーティーのついでに、私達の結婚を発表してしまいましょう!
 同時に、勇者認定された者同士が結婚するなんて、とてもロマンチックだと思いませんか?」

 ハナは計画してたのか、塩太郎が逃げられなくする為に、ドンドン話を進めようとする。

 ヤバい……ヤバ過ぎる……このままでは既成事実を作られて、ハナと結婚させられてしまう……。
 ハナのことは、本来嫌いではないのだが、だからと言って、仲間の仇である薩摩の末裔のハナとは、絶対に結婚など出来ない。どうする……どうしよう……どうすればいい……。

 塩太郎は追い詰められてパニックになる。

 そして、追い詰められた結果の答えは、

 逃げよう!

 塩太郎は、今持てる全ての力を振り絞って、全力で走って、ハナから逃げたのであった。
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