コミュ障なのにコミュ力MAXで困ってます

第50話 目の前の現実

　イズミの挑戦的な言葉に、堂島の完璧な表情が、一瞬だけ微かに揺らいだように見えた。しかし、すぐに彼はいつもの冷静な笑みを浮かべた。

「ああ、なるほど。あなたはこの力について理解しているんですね」

　堂島の視線が、サイトウからイズミへと完全に移る。その言葉には、イズミの洞察力への評価と、どこか探るような響きが込められていた。
　イズミは、堂島の言葉を真っ向から受け止める。

「さてね。なんのことを言ってるかはわからないが、人にモノを尋ねるならご自分から話すべきだと思っただけですよ」

　イズミの声は、挑発的で、一切怯む様子がない。サイトウは、二人の間に漂うピリピリとした空気に、胃がキリキリと痛み始めた。まるで、自分だけが蚊帳の外にいるような感覚だ。

　その時、喫茶店の奥、少し離れたテーブルから、大きな声が聞こえてきた。

「おい！　なんだこのコーヒーは！　こんなもの、金を取れる代物じゃねぇぞ！」

　男性客が、店員に激しくイチャモンを付けている。周りの客も、迷惑そうにそちらに視線を向けていた。
　堂島は、その騒ぎに気づくと、ふと口元に冷たい笑みを浮かべた。

「そうですね……言葉で説明するよりも、実演した方がわかりやすいでしょう」

　サイトウとイズミが、その言葉の意図を測りかねていると、堂島はイチャモンを付けている男性客の方におもむろに近づき、「ちょっといいですか？」と何の躊躇もなく声をかけた。堂島の方を振り向く男性客に対して、堂島が言葉を続ける。

「うるさいので、黙っていただけますか？」

　堂島の声は、決して大きくはなかった。しかし、その声は、喫茶店の喧騒を切り裂くように、イチャモンを付けていた男性客の耳に真っ直ぐ届いたようだった。
　男性客は、何か言い募ろうとしていた口をピタリと止めた。その顔には、怒りとは異なる、奇妙な困惑の表情が浮かんでいる。まるで、言葉を失ったかのように、口をパクパクと動かすが、声は一切出てこない。そして、そのまま、男性客はなぜか黙り込んでしまったのだ。先ほどまでの怒声が嘘のように、そのテーブルは静まり返った。
　サイトウは、その光景を呆然と見つめた。

（え？　な、なんだ？　いったい何が起きたんだ……？）

　サイトウの頭の中は、疑問符でいっぱいだ。男性客が急に黙り込んだ理由が、全く理解できない。
　堂島は自分の席に戻り、サイトウと、そしてイズミの反応を、満足げに見つめていた。

「わかっていただけましたか？　私は、自分の思うように、人を操ることができるんですよ」

　堂島は、まるで手品師が種明かしをするかのように、穏やかな口調で言った。
　イズミは、その言葉を聞き、そして目の前の光景を目の当たりにして、息を呑んだ。堂島が「扇動力」と呼ぶその力が、実際にどのように作用するのか、イズミは漠然と予想はしていた。しかし、実際に目の前で、他者の行動を意図的に、そして瞬時に操る様を見るのは、想像以上の衝撃だった。彼の顔には、驚きと、そして強い警戒心が浮かび上がっていた。
　サイトウは、その横で、未だ何が起きたのか全く分からず、ただ口を半開きにして堂島を見つめていた。

（す、すごい……！　堂島さんって、もしかして手品師なのかな？　いや、でも、どうやって……？）

　サイトウの頭には、見当違いな考えばかりが浮かんでいた。目の前で繰り広げられた「現実」を、サイトウはまだ「理解」できていなかった。