虹色アゲハ【完結】

よつば猫

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クロアゲハ2

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 するとハッカーは、ハハッと吹き出す。

「脅して悪かったよ。
俺は安藤倫太郎。
お詫びにコレやるよ、今回のターゲットのデータが入ってる」
そう言ってUSBメモリを差し出した。

「いらないわ」
断りながらも。
そこまで知ってるのかと内心驚く。

「あれ、デカい口叩いてたクセにけっこービビり?
心配しなくても罠なんかじゃねぇし、たとえそうでも脅しには屈しないんだろ?
俺がどんな言いがかり付けても気にしなきゃいーじゃん」
言い終えるや否や、揚羽のバッグにそれを押し込む。

「ちょっ、」
慌てて取り出そうとすると。

「つかそんなセコいマネしなくても、アンタを煮るなり焼くなり出来んだし、いらないなら捨てればいいよ」
そう言い捨てて、倫太郎と名乗った男は去っていった。

 USBを取り出した揚羽は……
少し考えて、またバッグに戻した。

 実際その男の言う通りだと思ったし。
その笑顔は邪気がなく、あまりにも可愛らしかったからだ。


 そして当然、そのデータによって詐欺効率が劇的に上がった。

 それから次のターゲットに移ると、倫太郎はまたそのデータを持ってきて。
揚羽も、使えるもんはとそれを使った。

 そうして何度かそれを繰り返したのち、揚羽は倫太郎に相応の情報料を手渡した。
実際かなり助かってたし、借りを作りたくなかったからだ。

「てことは、バディ成立?」

「私はただ情報を買っただけ。
でもあんたがそう思いたいなら勝手にすれば?」

「じゃあ勝手にするよ。
あと前言ったボディガードもやってやるし、美人局つつもたせなんかも協力するよ」

 美人局……
それは夫婦等の共謀に基づいて、女がターゲットと深い関係になり。
行為の前後や最中に男が現場に現れ、もしくは後日に証拠を突き付け、「俺の女に手を出した」といった因縁を付けて金銭を恐喝することだ。

 さらに詐欺師相手には、若い風俗嬢を仕掛人に雇うと効果的だった。
実は18歳未満だったと偽り、今までのメールや淫行を警察に提出すると脅せば……
警察に関わりたくないうえに、淫行条例等に違反するとかなり重たい罪が課されるため、恐喝しやすい。

 恐喝は、揚羽が男役に成りすましてメール等で行ったり、ヤクザをお金で雇ったりしていた。
だから倫太郎が黒詐欺の事で声掛けてきた時も、ヤクザ経由の情報漏えいだと思っていた。

 それは違ったものの。
一時的な協力者を雇えば、余計な出費がかさむうえに自身のセキュリティも甘くなる。
そのため揚羽は、ちょうどそれを控え始めた頃だった。

「ボディガードって……
あんたって頭脳派なの?肉体派なの?」

「……どっちも?
両方で守ってやるよ」

「ずいぶんイカれたハッカーね」

 そうして2人は、自然とバディになっていった。






「で、どうすんだよ。
胡散臭いなら断るか?」

「受けるに決まってるでしょ。
この母親の命に関わってんのよ?
それに都合よくエリートだし、美人局で速攻終わらせる」

 そう、それなりの定職に就いている場合や妻がいる場合は、不倫を公にされたくないため美人局が効果を発揮する。
だけど……

「は?
美人局はやめろっつっただろ」

「いやこっちが、は?
なんで指図されなきゃなんないワケ?
だいたい、あんな気にしてたクセに名誉挽回しなくていいの?」

 というのも、1年前にした美人局で……
ヤケになって殴りかかってきたターゲットを倫太郎が返り討ちにして、荷物を物色し始めた時。
まだノックダウンしてなかったターゲットが逃げようとして、側にいた揚羽を思い切り突き飛ばしたのだった。

 倫太郎はそれを酷く気にしていて……
以来、美人局の案が出ると「それはやめろよ」と反対していた。

「他の事で挽回してやるよ」

「まぁあんたが悪いワケじゃないけどさ。
あの時のガチギレ演技、すごかったし。
夫役もずいぶん様になってたのに」

 演技じゃねぇし……
倫太郎は内心呟く。

「とにかく危ねぇだろ。
また痛い目あったり、俺が現場に入る前にヤラれたらどーすんだよ」

「別にそんな事……
詐欺師に危ないとか笑えるんだけど。
要は、守る自信ないんでしょ?」

「心配なんだよ!」

 珍しく声を荒げる倫太郎に、きょとんとする揚羽。

「や、その……
アンタは大事な収入源だし、俺にも口出す権利あんだろ」

「……はいはい。
じゃあとりあえず、ターゲットと接触してから有効な手段を探るわ」



 そうして揚羽は、依頼者に引き受けの連絡を入れると……
さっそくターゲットに接触した。


「これブランド物ですよね?
すみませんっ、弁償します」

 不注意を装ってぶつかり、持っていたアイスコーヒーをターゲットにぶちまけたのだ。

「いえっ、そろそろクリーニングに出そうと思ってたし、僕も不注意だったんで気にしないで下さい」

「そんな訳にはいきません!
私が嫌なんです。
お金には余裕があるので、どうか弁償させて下さいっ」

 揚羽は高級スーツを地味に着こなし、一流ブランドの腕時計やバックを身に付けながらも。
髪は1つに束ね、眼鏡と垢抜けないメイクで真面目な雰囲気を醸し出していた。

「……じゃあ、今度ご馳走して下さい。
さすがに弁償は僕が嫌なんで」

 よし、食いついた。

 大金を奪うには、それなりにターゲットの懐に入らなければならない。
美人局で奪うなら、立場のある表の顔に近づくところだが……
それ以外で親密になるには、裏の顔である結婚詐欺師の好物に扮するのが手っ取り早いと踏んだのだ。

 ところが、連絡先を交換する際。
ターゲットが差し出したのは、表の顔の名刺だった。

 どういうつもり?
揚羽は思考を巡らせる。

 こんな格好のエサなのに、騙す気ないの?
食事に繋げたのは、弁償を避けるために気遣っただけ?

「……どうかしましたか?」

「いえ、芸能人みたいな素敵な名前だと思って」

「あなたも素敵ですよ。
石野聡子いしのさとこさん」

 ターゲットの岩瀬鷹巨は、揚羽の偽名を口にして爽やかに笑った。

 目立たないように、いたって普通の名前だけどね。
しかもその王子様みたいな笑顔、胡散くさ……
恥じらう素振りを見せながら、内心毒づく。

 ちなみに偽名は、いくつか用意していて。
ターゲットによって使い分けては、定期的に一新していた。
職業も同じくで、手渡した名刺では保険外交員を称していた。

「では、食事の日程が決まったら連絡下さい。
あとこれ、クリーニング代です。
足りなかったら言って下さい」

「いえ、もらっちゃうと遠慮して好きなお店を選べなくなっちゃうんで、収めて下さい。
そのかわり、なんでもご馳走してもらいますよ?」

「もちろんですっ。
ほんとにすみません……」

「あと、謝罪はここまでで。
食事は楽しく付き合って下さい」

「はいっ……
ありがとうございます」

 優しくて紳士で、実物は写真よりさらに男前で……
こいつに狙われて、落ちない女がどれだけいるだろうと。
いかにも結婚詐欺師な完璧すぎる表の顔を、怪訝に思いながら。
揚羽は会釈をして、その場を後にした。

 岩瀬は、その後ろ姿を……
鋭く睨んで、去っていった。



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