虹色アゲハ【完結】

よつば猫

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トラフアゲハ3

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「……バカじゃねぇの?
オマエ何がしてんだよ……
ずっと犯罪者でいたいのかよっ」
ワイヤレスイヤホンを外して、真剣に諭す倫太郎。

「そうじゃないけど!
……新しいバディなんて作られたら、ここにも気軽に来れないし」

「はっ?
別に、来なくていいだろ……
つかもう来ないつってなかったかっ?」

「あれはっ……
売り言葉に買い言葉よ。
てゆうか、来なくていいってなに?
お互い命を預けて、ずっと一緒にやって来たのに……
バディじゃなくなったら、はいさよならなワケっ?
ねぇ私って、そんなに邪魔な存在だった!?」

 感極まって、思わず涙がポロリと落ちる。

「っ、邪魔なわけねぇだろ……
俺だって、売り言葉に買い言葉だよ」

 揚羽の涙に胸を貫かれながら、狂おしい思いで優しくなだめる。

「……私は何も売ってないけどね」

「っせーな。
とにかく、冗談だよ。
バディの事も。
また1から始めんのとか面倒くせぇし、オマエ以上のバディとかいるわけねぇし。
俺のバディはこの先も、ずっとオマエだけだから。
たとえオマエが足洗っても結婚しても、いつでもどこでも助けに行くし……
だから泣くなよ、なっ?」

「っっ、バカっ……」
もっと泣けてくるじゃない。

「岩瀬《あいつ》の事もっ、もし詐欺だったらぶっ潰してやるし。
どんな事しても守ってやるから……
安心して、プロポーズ受けてみろよ」

 そんな倫太郎の言葉に、胸を打たれつつも……

 改めて。
鷹巨の愛が本物なら、自分を愛してくれるのはその人しかいないんだと。
痛感する揚羽。

 そして倫太郎も……
揚羽が必要なのは天才ハッカーだけなんだと。
自分で仕向けながらも、もう手の届かない所に行くんだと。
それでも見守り続ける道を選んで、この先もずっと気持ちを押し殺し続けなければいけないと。
心でもがき苦しんでいた。


 それから2人は、鷹巨の気持ちを探る手段を話し合うと。

「じゃあ、どうなったか連絡しろよ?」

「ん……
色々ありがとう、倫太郎」

 倫太郎は、その姿を見送りながら……
行くなよ!と、矛盾した心が悲鳴をあげる。

 そしてバタンと扉が閉まると同時、胸がグシャリと潰されて。
この痛みに耐えられなくなる前に、いっそ取り出してしまいたいと。
衝動的に胸元に爪を立てたが、どうにもならなくて……

 電話が鳴り続けてるにもかかわらず、その場に座り込んで項垂れた。




 そうして日曜。
揚羽はプロポーズの返事をすると連絡し、鷹巨の家を訪れると。

「めちゃくちゃ会いたかった」
会うなりそう抱きしめられる。

「その割には……
しつこいあんたが大人しく待ってたわよね」

「そりゃあ、人生決める大事な事だから。
じっくり考える時間も必要だと思ったし。
それに……
連絡するの、怖かったから」

「怖かった?」

「うん……
俺はOKしてないけど、もう別れてるって言われたらどうしようって」

「へぇ……
しつこいあんたが、それで引き下がるんだ?」

「引き下がらないけど!
やっぱ、傷付くよ……」
切なげに呟く鷹巨が。

 いじらしくて愛しくて、揚羽は思わず抱き返した。

 やっぱり詐欺とは思えない……
だけど確かめないわけにはいかなくて、すぐに腕を緩めると。
閉じ込めるように、一層ぎゅっと抱き締められる。

「離したくない、一生」

「鷹巨……」
胸までぎゅっと締め付けられながらも。

「その事だけど、」
さっそく本題を切り出すと。

「ごめん、こんなとこだし部屋で話そっか」

 もっともな理由で、出足を挫かれる。


 さらに。

「まず返事の前に、これを受け取って欲しいんだ」
先に鷹巨の要件が提示される。

「なにそれ……」
紙袋に入ったそれを確認すると。

 中身は10㎝ほどの札束で。

「なんの真似?」
揚羽は怪訝な視線をぶつけた。


「手切れ金。
一千万入ってる。
ほら前に、足洗おうとしたコが組織に潰されたって言ってたから。
これくらいあれば、無事にやめれるかなって。
足りなかったら言って?3千万までなら出せるから」

 そこまでして私をっ……
詐欺どころか、逆にそんな大金を惜しみなく差し出す鷹巨に。
衝撃を受けて、目頭が熱くなる。

「っっ、残念ね。
そこまでバカとは思わなかったわ……
ねぇ知ってる?
そんな大金チラつかされたら、たとえ恋愛対象でも詐欺対象に変わるのよ?
受け取ったら最後、あんたの前から消えるわよっ?」

 鷹巨は悲しげに、ふっと笑うと。

「うん、そうして?
そうでもされないと俺、一生諦め切れないからさっ……
聡子が本気で別れたいなら、俺との手切れ金にして奪っていいよ」

 思ってもない答えに……
堪らず揚羽は嗚咽を零す。

「だからこのお金は、どっちの返事にも必要だから……
ちゃんと受け取って?」

「っ、こんな事されても!
私はあんたを信用出来ない。
あれから色々考えて、やっぱり素性は晒せないって判断したのっ。
だから……
たとえ足を洗っても、事実婚って形でしか応えられないわ」

 こんな持っていき方になってしまったが、それは倫太郎と話し合った手段で。
それなら鷹巨への悪影響も、最小限に防げると踏んだのだ。

 だけど当然、1千万も払ってそんな形で納得出来るはずもなく。
鷹巨は「えっ」と固まった。

 やっぱり詐欺か……
それともショックなだけ?
一千万の登場で、判断に支障をきたすと。

「え、それって……
別れないって事?
足は洗ってくれるって事?
籍は入れなくても、奥さんになってくれるって事っ?」

「……まぁ、言い方を変えればね」

 その瞬間、揚羽はきつくきつく抱き締められる。

「ありがとうっ……
俺、後悔させないから。
絶対、幸せにしてみせるからっ」

「っっ……
事実婚で、いいの?
ご両親は?周りはそれで納得するのっ?」

「納得させるよっ。
俺の人生だし、幸い二男だし、説得に長けてるやり手営業マンだし!」

「バカっ……
そこまでして、どうして私なのよっ」

「そんなの、愛してるからに決まってるし。
俺は聡子を信じてるからだよ」

「っっ、鷹巨っ……」
そんなに愛してくれるなんて……

 ぶわりと涙を零しながら、ぎゅっとぎゅっと抱き返した。

「愛してるよ、聡子。
すごく、すごく……
無事にやめれたら、結婚指輪買いに行こう?」

 揚羽は泣きながら、コクンコクンと頷いた。


 結局、詐欺ではないと判断したものの。
毒女との繋がりが皆無とは限らないため。
今はまだ、組織の事を嘘だと明かすわけにはいかなかった。

 そうなると建前上、手切れ金が必要になるが……
後の会話で、自分で払うと説得したにもかかわらず。
「俺が(詐欺師をやめてと)頼んだんだから、ケジメをつけさせてほしい」と押し切られてしまい。

 仕方なく揚羽は、いつかカミングアウト出来る日までそのお金を預かる事にした。




 そうして後日。
倫太郎に電話して、事の経緯《いきさつ》を報告すると。

『っ、よかったなっ。
……幸せに、なれよ』
どこか泣きそうな声で言われ。

 自分の事のように喜んでくれているんだと。
切なさや色んな感情が込み上げて……
揚羽まで泣きそうになる。

 だけどその気持ちに応えるためにも、幸せにならなきゃと。
決心がつく。

「ありがとう……
だから私、もう足を洗うわね」

 それはつまり、久保井の件からも手を引くという事で。

 そう、鷹臣なら……
仁希への執着も復讐心も、忘れさせてくれるんじゃないかと。
そしてその愛に応えるためにも、手を引くべきだと考えていたのだ。

 とはいえ。
倫太郎に会ったら気持ちが揺らぎそうだと思い、電話で告げたのだったが……

『……ん、そうしろよ』

「うん……
今まで本当に、あり」

『あーも辛気臭ぇ事やめろよ、メンヘラ?』

「はあっ?
あんたっ……」
いつものやり取りに胸が詰まって、言葉も詰まって。
電話でも後ろ髪を引かれてしまう。

「もうっ……
落ち着いたらその減らず口に、生姜焼き突っ込みに行ってあげる」

『バーカ、これからは旦那に作ってやれよ。
けど、なんかあったらいつでも助けてやるから……
そん時は連絡してこいよ?』

「っ、もおっ……
あんたが辛気臭くしてどうすんのよっ」
泣きながら怒ると。

『ははっ、知らねぇよ』
倫太郎は泣き笑いで送り出した。


 揚羽は、最後にその無邪気な笑顔を見たかったと思いながら……
その電話を終えたのだった。



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