虹色アゲハ【完結】

よつば猫

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ウスバアゲハ1

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 翌日。
甘い余韻に包まれて、目を覚ますと。
隣に仁希の姿はなく。

 トイレだろうか?と身体を起こした望は、クラクラして……
片手で頭を抱えて項垂れた。

 きっとイキすぎたせいだと、恥ずかしくなりながら、ベッドから抜けようとしたら。

「えっ……」
目を疑う光景が映り込む。

 クローゼットと、その中にある金庫が開いていたのだ。

 フラフラしつつも、慌てて側に駆け寄ると。
金庫の中は、両方とも空っぽで……
望は一気に血の気が引く。

 だけどすぐに。

「仁希!?
仁希どこっ!?」
その人が内容を確認しているのだと。

 思ったところでハッとする。
金庫の鍵も暗証番号も、自分しか知らないからだ。

 じゃあいったい……
混乱しながらも、服を着てとりあえず仁希の姿を探しえみるも。
ベランダにもマンション内の通路にも、どこにも見当たらず。

 連絡しようにも、逃亡中の仁希は何も携帯しておらず。
念のため、以前の番号にかけてみようと思い立つが……
そこで、自分の携帯も全て失くなっているのに気付く。

 嘘、どういう事!?

 まさかPCも!と、すぐにそれを確認すると。
案の定、使えなくなっていて……

 頭が真っ白になった望は、茫然とその場に崩れた。


 組織に押し入られたにしては、部屋にそれらしい形跡はなく。
自分が起きなかった状況からも、仁希の仕業に思えたが……

 金庫の鍵や暗証番号、そしてPCのパスワードはどうやって?と。
しかも寝ていたとはいえ、持ち主の傍で探るだろうか?と。

 なんとか頭を回転させて、不審な点を思い返すも……
なぜか記憶が、ところどころ不透明で。

 ようやく、失神前に仁希が何か言っていたのを思い出す。

 なのにその言葉は出てこなくて……
代わりに、その時腕に刺されたような痛みを感じた事を思い出す。

 まさか!と、時計に目を向けると。
時刻は15時を過ぎていて。

 そんな時間まで寝ていた事や、ふらつきや記憶障害が起きてる事から。
睡眠薬を注射されたと察した望は……
恐る恐る覗いたゴミ箱に、それを見つけて青ざめる。

 待って嘘でしょ……
息が出来ないっ!

 確かにそれなら、持ち主の傍でも気にせず探れる。
だけど鍵を探した形跡はなく。
番号なども簡単に見破られるはずがないと、否定ししながらも。

 どこかに監視カメラでも仕掛けられていたんじゃ?と、思わず辺りを見回して。
ドクンと、あるものに思い当たる。

 そういえば、あのネックレスはどこにっ……
それがただのネックレスなら、置いて行っても問題はないはずで。
なのにどこにも見当たらず。

 不自然な大きさといい、内部に極小カメラが仕込まれていたんじゃないか察知する。

 それを裏付けるように……
外されたのはその役目を終えた後で、望が手に取る前で。
しかも実に巧みな流れで、気付かれずに回収していて。

 相手は抜かりない詐欺師だ。
恐らく勝負を持ち掛けてきた時には、こっちも詐欺師だとバレていたんだろう。

 そこまで考えが及んだところで、望は悟った。
二重詐欺にあったのだと。

 そう、一度詐欺被害にあった人は、それをネタに騙しやすく狙われやすい。
そう合点がいった瞬間。

「ふっっ……ううっ」
嗚咽が零れた。

 結局、自分は……
いつまで経っても、どこまでいっても、そういう対象でしかないんだと。

 愛した人に、同じ人間に……
二度も裏切られて、二度も全てを奪われるなんてと。

 消えてしまいたいほど、自分自身に失望する。


 全ての詐欺データやそれに伴う偽造書類。
全ての通帳や印鑑も、携帯やPCも。
そして、手に入るはずだった幸せも。
そう……

 私は鷹巨まで裏切ったのにっ!
胸が激しく抉られる。

 心も身体も裏切って、あんな男に奪われてっ……

「っああああああああ!!」

 抱かれて気持ちよくなってた自分が許せなくて、頭を抱えて発狂の声をあげた。

 なんで私なのよ!
ねぇ私が何かした!?

 私のせいで逃げられなくなったからっ?
けどその話もどこまで本当かわからなかった。
なぜなら仁希は、終始ほとんど目を合わさなかったのだ。

 食事中やソファで横並びだったため、昨日は違和感程度にしか感じなかったが……
絶妙に極自然に視線が外されていたと、今さら気づく。

 もう何もかも信じられなくて。
何もかもが嫌になって。
苦しくて苦しくて、心が壊れそうで……

 なんでこんなに苦しめるのよ!
だったらいっそ、ひと思いに殺してよっ。

 この約12年もの間。
人生を諦めながらも、必死に絶望から這い上がってきたのに……
再び絶望に突き落とされて。
望はもう、生きるのにうんざりしてしまったのだ。


 だからといって。
両親が生きた証を、形見である自分の命を、自ら奪う事など出来なくて……
代わりに辺りの物を、泣き叫びながら壊し始めた。

 信じてたのにっ……
全部捨てようとしたのに!
途端。

ー「けど逆に、揚羽ちゃんが俺に落ちたら……
恨みっこなしで、今までの人生捨ててくれる?
そんで、全部俺がもらおうかな」ー
その言葉が浮かんで。

 それに触発されて、失神前の不透明だった記憶が甦る。

ー「約束通り、今度こそ恨みっこなしだから」ー

 そういう、事か……
つまり勝負は続いていて、落ちた望が負けたのだ。

 それで携帯やPCまでもが、約束通り全部奪われたのかと腑に落ちる。

 だからって、そこまでする必要がある?
ここまで追い詰める必要があるっ?
その場にぼろぼろと泣き崩れた。


 かろうじて住居や生活必需品等は残ったものの。
財布に残っているお金しかないため、一時しのぎにしかならず。

 夜の仕事で前借《バンス》してもらおうにも。
揚羽の・・・携帯や通帳等も奪われていたため、その仕事も捨てざるを得なかった。

 そこまで約束を順守するのは、せめてものプライドだったが……
ここまで完膚なきまでに負ければ、抗う気も起きなかったのだ。

 そう、詐欺データを奪われた以上。
下手に違約すれば、さらに自分の首を絞めかねない。
なにより、バディだった倫太郎まで犠牲にしかねないと。

 だけど、これからどうすればっ……
途方に暮れながらも。
泣き暴れた反動と、強力な睡眠薬の後遺症で、ウトウト眠気に襲われる。


 ねぇ仁希……
全部奪うんなら、どうしてこの命も奪ってくれなかったの?
そんな思いの中、望は意識を手放した。


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