虹色アゲハ【完結】

よつば猫

文字の大きさ
38 / 41

シロオビアゲハ3

しおりを挟む
「けどそれで、アンタが傷つくのは、避けらんねぇから……
だから俺が、仁希さんに頼まれて、慰めたんだ」

「どうしよう、全然止まんないっ。
ううっ、どうしようっ…」
望はそれどころじゃなく、泣きながら止血場所に体重をかけた。

「落ち着けって、大丈夫だから」
だんだん呼吸が苦しくなりながらも。
平静を装って、力なく笑いを浮かべる倫太郎。






「ちゃんと念押したのに、なーに足引っ張ってんだ?」

「っせーな、自業自得だろ。
オマエのせいでヤケんなって、あの男とこーなったんだし」

「だからって、バディならフォローしてくれよ。
俺の計画聞いたくせに、足洗えば?はないだろ~」

 そう、今足を洗われたら勝負を投げ出されるかもしれないからだ。

「俺はもうオマエらが傷付くの見たくねんだよっ」

「っ、見たくっ?
お前はいつも聴いてるだけじゃん」
心打たれたのを隠して、小馬鹿に笑う。

「ふざけんなよっ。
こっちはオマエの事で色々気ィ回してんのに」

 倫太郎はこの前の嫌な勘で……
もしかして目的を達成したら、仁希が死んでしまうんじゃないかと邪推していて。
自らの意志なのか、組織によるものなのかは分からないものの。
その話を躱された事からも、疑惑を強めていたのだ。

 そしてそれを察した仁希は、また躱すようにして、倫太郎の言葉を逆手に取った。

「気ィ回してる?
だったら一度くらい、望の手料理分けてくれたっていんじゃないか?」

「いやムリだろ。
オマエいつ来れるか分かんねぇし、残したらアイツに悪いし」

「あと、独り占めしたかったからだろ?
俺の気持ち知ってるくせに、平気で望の部屋に行こうとするしな?」

「あの状況で断る方が不自然だろっ。
それでも、メール見てすぐ断ったってのに」

 その時仁希は、ちょうどリアルタイムで聴いていて。
嫉妬で邪魔したのもそうだが……
これ以上2人が親密になったら、作戦に響くと考え。
〈部屋には行くな〉と指示したのだった。

「はは、邪魔して悪かったな。
けどそれ考えたら、あの男とくっついてる方がマシかもな」

 つまり倫太郎より鷹巨を相手にした方が、まだ勝算があると踏んだのだ。

「どーゆう意味だよ。
アイツがあの男と付き合ってても平気なのか?」

「まさかっ。
あんな電話の様子聴かされたんじゃ、意地でも妨害するよ」

「それで今日来たのかっ?」

「だって悔しいと思わないか?
人生って不平等だなって。
ずっと望を大事に守って来たのは、俺らなのに。
望の幸せのために、身を引いてるだけなのに。
どんなに想ってても、死ぬほど愛してても……
望なしの人生なんか生きていけないくらいでも!
おいしいとこだけ横取りしてるヤツに、好きにされてんのを……
指くわえて見守る事しか出来ないなんてっ」

 仁希はそれと似たような気持ちを、ずっと倫太郎にも抱いてきた。
だけど倫太郎は自分の気持ちを押し殺して、約束通り決して望に手を出さなかったため。
いつしか同じ気持ちを抱く戦友のように思えていたのだった。

 それでも望と接触してからは、やきもちを抑えられない時もあった。
例えば、心配される倫太郎が羨ましくて……
自分なんかが心配されるわけがないと思いながらも、怪我したフリして来店したり。
他にも色々と……
そんな馬鹿な事をしてしまうほど、これまでずっと苦しんできたのだ。

 だんだん惹かれ合っていく望と倫太郎に、胸が数え切れないほど切り刻まれて。
でもその状況を作ったのは自分で、ただただ見守る事しか出来なくて。
狂いそうなほど自分の運命を恨んで、苦しくて苦しくて吐くほど苦しんで。
心が死にそうなほど、のたうちまわって……
それでも望の幸せを優先してきたのだった。

「やっぱりオマエ、死ぬ気なんじゃ……」

 望なしの人生なんか生きていけないという言葉に、疑惑が確信のようなものに変わる。

「死ぬ気っ?
どんな妄想してんだよ、お前厨二病だったのか~」

「茶化すなよ!
バディだと思ってんなら、ほんとの事言えよ。
じゃねぇと、計画には協力しねぇ」

 すると仁希は、ふぅと溜息を吐き出して……

「まぁ確かに、最初はそうだったよ。
俺にとって望はさ、生きる希望だったんだ」
観念した様子で語り始めた。

「ドス黒くて汚い世界に放り込まれて……
死んだ方がマシだって思いながら、毎日やり過ごしてた時。
望と出会って、一緒に過ごして、初めて生きたいって思えたんだ。
だけどその希望を断たれて……
それでも組織で上り詰めれば、いつか自由になれんじゃないかって。
必死に頑張ってきたのに、それが無理だってわかって……
もう生きてたくないって思ったんだ。
望と生きられない未来なら、要らないって。

でも死ぬ前に、望に一目会いたくて……
寝る間も惜しんで捜したのに、全然見つかんなくて。
1年かかってようやく見つけたら、俺のせいで詐欺師になってるし。
だから最後に、望の役に立って死のうって決めたんだ。
なのに人間って、欲深い生き物だよなっ。
いざ望と関わったら、また生きたくなって……
だから余計な心配はするなっ?」
しんみりした空気が、そう笑い飛ばされた。

 でも倫太郎は、どこか腑に落ちないままで……


 さらにその夜、仁希の妨害が失敗に終わり。
倫太郎は、立ち直れないほど傷つけ合った2人に……
遣る瀬ない思いで耐えられなくなる。

 そして仁希も……
失敗を逆手に取って、駆け引きの引きに移ったものの。
それとは別に。
あそこまでの拒絶や、あんなにも傷付けてしまった事に……
自身も深く傷付き、何も出来なくなっていた。

 そんな中、望が鷹巨にプロポーズされたのを機に。
倫太郎はそれを受けるように促して、再び足を洗わせようと働きかけた。


 その結果。

「どういうつもりだ?
電話にも出ないし。
あの時も、俺はあんなに頼んだのに尽く無視して……
もしかしてイヤホンすら外してたか?」

「……悪かったよ。
けどもういいだろっ。
アイツの幸せのために動いてんなら、このままあの男と結婚させるのがベストだろっ」

「じゃあ罪はどうなる?
結婚して子供が出来て……
その時に逮捕されたり、復讐されて家族が犠牲になったら、それこそ一番苦しむだろっ」

 もっともな意見に、言い返せなくなる倫太郎。

「それに望にとっての幸せは、金とか肩書きじゃなくて愛情だろ。
だったら本当に愛し合った相手と結ばれてほしいんだ」

 そう、仁希は……
この3年に及ぶ日々、望を守るためだけに生きてくれた倫太郎に、望を託したかったのだ。

「ったく、こっちの気も知らないで……
しかも俺はちゃんとほんとの事を話したのに、協力どころか邪魔するし」

「よくゆうよ……
まだ隠してる事があんだろ」

「また妄想か?」

「いやよく考えたらおかしいだろっ。
アイツと関わってまた生きたいって思ったんなら、一生関わらないってのはその逆になんだろっ」

 それも、計画を邪魔した理由だった。

「へぇ~、そこは頭が働いたんだ?」

「っざけんなよ!
これ以上邪魔されたくなかったら、全部話せよ」

「話しても邪魔するくせに……
お前ってほんと、クソ生意気なガキだよな」

 でも倫太郎がそこまで反抗するのは、それほど心配しているからだと分かっていた仁希は……
言葉とは裏腹に、胸を詰まらせていた。

「けど、どうせ邪魔されるなら話してやるよ」

 そう、自分の罪にするという事は……
仁希が元締めだという証拠を残すという事で。
望の存在を隠すために、他の詐欺師の罪も同様に被るとなると。
警察に目を付けられる可能性が高くなる。

 なぜなら他の詐欺師は一般人をターゲットとしているため、被害者が訴える可能性が高いからだ。
そうなれば組織は秘密が漏れるのを恐れ、仁希を処分しかねないのだ。

「だから、この件が片付いたら海外に逃亡しようと思ってる。
一生関わらないって言ったのは、もう日本に戻って来ないからだ」

「……そうゆう事か。
けどもうアイツは足洗うって……」

「ほんとやらかしてくれたよなっ。
でもま、土壇場の方が判断力も鈍るだろうし。
そこで切り札を使うよ」





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...