虹色アゲハ【完結】

よつば猫

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シロオビアゲハ4

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 仁希とのやり取りを浮かべて、言わない方がいい内容を避けながら……
続きを話す倫太郎。

「つまり新しい人生に、普通の人生に、踏み出せんのは、全部仁希さんのおかげだし。
俺はいつ死んでもいい、人生だったから。
必要としてくれた、仁希さんのために、使っただけだし。
けどそのせいで、俺まで裏切ってて……
ごめん」

「ううんっ、倫太郎ならいいのっ」

 それは裏切られてもいいくらい特別な存在だという意味だったが……
倫太郎は、ダメージにもならない存在なのかと苦笑う。
ところが。

「だからお願いっ、もう離して!
話はわかったからっ……
そんな事もういいからっ!」

 望にとって何より重要な事のはずなのに、"そんな事"と自分を優先されて……
泣きそうになる倫太郎。

「っ、あと少しだから、聞けよ……」






「望の様子は?」

 仁希は罪の回収に合わせて、盗聴器も回収していた。

「まぁだいぶマシにはなったけど、また落ち込み始めたし……
俺じゃムリかも」

「俺じゃ無理って……
まだモノにしてないんだ?」

 仁希はヘタレだと挑発しながらも、枷の一つを外そうと。
倫太郎の代わりに守っていた女が結婚する事を告げると。

「……そっか」と肩の荷が下りる倫太郎。

「俺も目的を果たしたし、お互い任務完了だな。
だからもう、望に手を出すのも自由だ」

「はっ?
アイツの気持ち考えろよっ」

「それなら大丈夫だ」

「わけねぇだろ!
どんだけ傷ついてたと思ってんだよっ。
部屋なんかメチャクチャで、生きる気力なくしてたし。
メシだって食えなかったし、ヤケになってるし」

 すると仁希は思わず固まって。
「そんなにっ?」と吹き出した。

「……やめろよ。
ほんとは誰より傷ついてるくせに」

 その途端、仁希の感情が溢れ出す。

 ずっと仁希の本音と接してきた倫太郎は、それを見抜く事ができ。
仁希も、そんな唯一本音でぶつかれる存在だからこそ、感情のたがが外れてしまったのだ。

「ふっ……くっっ………」
必死に口元も抑えるも。

 望ごめん、ほんとにごめんっ……
望は俺に、生きる希望をくれたのに。
あんなも幸せをくれたのにっ。
俺は最初から最後まで傷つける事しか出来なくて、ごめんっ。
ごめんっっ……

 心の叫びに併せて、あの夜と同じようにポタポタと涙が落ちる。

 そう、望の過ごした最後の夜も……
これで最後だなんて受け入れられなくて。
いっそこのまま一緒に死んでしまいたいくらい、離れたくなくて。
そして、今からまた裏切る事に。
また傷つけて苦しめる事に。
泣きながら抱いて、泣きながら回収作業にあたっていたのだ。

「……そんなに辛ぇなら、なんとか望も連れてけよ」

 だけど仁希は固い意志を示すように、首を横に振った。

「いいんだ、俺は……
望の罪と一緒に生きれるなら。
望のために生きれるなら」
そして、望の役に立って死ねるなら。

 実は倫太郎にも話してなかったが……
仁希の若さで、しかも旅行者でない日本人が海外で透析を受けるのは珍しいため。
やはり足がつく可能性が高く。

 そのうえ10年以上透析を受けてる仁希は、予後が世界一といわれる日本ですら、合併症でいつ命を落とすかわからない状態だったのだ。

 そのため、どうせなら腎移植を受けようと思い切ったのだが……
さすがに成りすましでは不可能なため、闇ルートで受けるしかなく。

 成功すれば、ようやく自由が手に入るが……
危険な闇移植でその可能性は、奇跡に等しかったのだ。

「オマエがよくたって望はよくねぇだろ。
言ってたよな?アイツの幸せは愛情だって。
だったらどんな状況でも、オマエといる事が幸せなんじゃねぇのか?」

「お前ってほんと……
自分は二の次で、せっかくのチャンスを放棄するんだな」

「別に俺は……
アイツが幸せならそれでいいし」
そう言いながらも、胸を痛める倫太郎。

「……馬鹿だな。
けど、お前がそう言ってくれるなら……
連れてくのは無理でも、後から呼ぶ方向で考えてみるよ。
とりあえず、無事に着いたら・・・・・・・連絡する」

 実際、天才ハッカーの仁希にとって、海外逃亡自体は難しい事ではなかった。
だけど倫太郎が引き下がらないと思い、その前提つきで了承すると。

「でももし連絡がなかったら、その時は……
望の事、頼むな?」

「縁起でもねぇ事ゆうなよ。
絶対、死んでも逃げ切れよ」

「はは、死んだら逃げれないだろ。
まぁとにかく……
今までありがとな、倫太郎」

 望以外どうでもよかった俺だけど、お前の事だけは特別だったよ。
だから望、どうか倫太郎と幸せに……

 そんな思いで立ち去る仁希に。
「連絡待ってるからな!」と、倫太郎は駄目押ししながら……

 願うしかない、2人の悲しい現状と。
自ら選んだ報われない想いに……
遣り切れない気持ちで、その姿を見送ったのだった。






「仁希さんは、勝負のために、いろいろ話、盛ったと思うけど……
今ごろ、海外のどっかで、上手くやってるよ。
でももう日本には、戻んねぇから、その前に……
過去にケリ、つけたくて、アンタの罪、消したんだ」

 望が責任や負担を感じないよう、そう伝えた倫太郎だったが……
仁希自身も、同じ理由で手を打っていた。

 そう、あの最後の夜。
本音や真実は、後々信じないように視線を外し。
嘘や信じさせたい事、そして勝負に関わる時だけ目を合わせていたのだ。

 他にも……
真実を信じないように、わざと怯んだりためらったり、注射器をその場に捨てたり。
嘘を信じさせるために、露呈するネックレスと、すり替えるカメラ入りネックレスを用意したり。

 そこまで徹底して詐欺師に扮したのは。
憎まれ役で終わろうとしたとは。
自分が死ぬと確信していたからだろうか……
あのあと、仁希からの連絡はないままだった。

 そのため倫太郎は、望がショックを受けないように。
そして仁希を待ち続けないように、そう伝えるしかなかったのだ。

「あと、同じ理由(過去のケリ)で、アンタの遺産も、預かってる」

 それは、あの時組織に奪われたため。
仁希が立て替えたもので……
いつか適当な理由で返してほしいと頼まれていたのだ。

 倫太郎はそれを収めた金庫を指差し、暗証番号を伝えると。

「だからアンタは、仁希さんのケリに、報いるためにも、幸せんなれよ?」

 だんだん意識まで朦朧としながらも……
感覚が無くなってきた手で、必死に望の手首を掴む。

「嫌っ……
嫌よお願いっっ」
呼吸が浅くなってる状態に、激しい焦燥感で気が動転する望。

「だったらずっと側にいてよっ!」

「……アンタもはもう、だいじょぶだよ。
ちゃんと、立ち直って、新しい人生、向かってる。
それとも、俺の慰めじゃ、ダメだったか?」

「ううんっ、倫太郎のおかげよっ?
だからっ、」
「よかった」
望の言葉を遮ると。

「仁希さんとの、約束果たせて……
これでやっと、楽んなれる。
アンタの、お守りから」
そう突き放して、心で続ける。

 どんなに想っても、決して手に入らない苦しみから……
人の女に抱《いだ》く、この狂いそうな想いから……

 そう、倫太郎にとって望は……
一時的に鷹巨のものになったものの、ずっと仁希の女という位置づけで。

 仁希の気持ちを考えると。
望の気持ちを考えると。
さらには、仁希の生存の可能性を考えると……
どうしても、望を抱くわけにはいかなかったのだ。

 万が一、仁希と望が一緒に生きれる日が来た時。
もしくは、こんなふうに真実を知った時。
自分とそんな関係になった事を、望に後悔させたくなかったのだ。

 もちろん自分の気持ちも……
望の負担にならないように、伝える気などなかった。
いなくなるかもしれない状況なら、尚更。

「だったら今度は私が守るからっ!」

「泣くなよ」
俺なんかの事で……

「いつ死んでも、いい人生、つったろ?
やっと楽んなれて、せいせいするよ」
最後に、望が責任を感じないようにそう言うと。

「ほんと、クソみたいな、人生だったけど……」
望の顔に、震える手を伸ばしながら。

 アンタと過ごした時間は、幸せだったよ……
そう続く言葉を、微かな笑みで飲み込んで。

 親指が、拭おうとした涙に触れた瞬間。
その手がぼとりと床に落ちた。

「いやだ倫太郎……
ねぇ起きてよ倫太郎っ……
ねぇお願いっ、起きて倫太郎っ!
1人にしないで!!」


 マンションの外では、救急車のサイレンが鳴り響いていた。



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