欲情プール

よつば猫

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溺れる身体4

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 慧剛が奥へ、奥へと突き刺さって。

「っ、あああっっ!!」

 だけどまだ足りない様子で……
もっと、もっとと、私を奥深くまで支配する。

 それでももっと、溢れるほどに……
私の中に、その熱を注いで欲しい!

「っ、俺もっ……
もっと欲しくて堪らないっ」
苦しげな声音で、そんな事言われたら。

 止めどなく、果てしなく、堕ちていく。
このままその熱に、溶け込んでしまいたい……

 ねぇ、慧剛はどんな気持ちなのっ?
この瞬間は、私だけを求めてくれてるって思いたい。

 後ろから繋がれた身体は、私の中で暴れて。
首すじに絡みついた熱い舌は、そこを貪る。
ぎゅっと絡み合う指は、それだけで快感を後押しして。
ぐっと強く抱き締められては、お互いの痙攣を繰り返す。

 合間に。
切ない声音で何度も名前を呼び合ったり、激しく唇を欲したり……

「……ヤバい俺。
茉歩の身体ナシじゃ、いられないかもっ……」

「んっ、私もっ……」

 そして相手の気持ちを確かめるように、探るように……
また互いの身体に溺れ合う。


 そして後戯では。

「茉歩、っ……」
少し切なげで、とても愛しそうな眼差しで囁きながら。

 親指で頬を撫でて。
髪に絡んだ指が、そこを撫でて。
優しくて甘い、溶けそうなほど甘い、キスを繰り返す慧剛。

 この後戯が妙に官能的で、だけど情愛に満ちてて……
胸が切なく疼いて、どうしょうもなく苦しくなる。

 そう、きっと。
溺れてるから、息も出来ないくらい苦しいんだね。


「お互い、名前ばっかり呼んでるね」

 抱き合ってる時は特にそう。
どんなに激しく求め合っても、私達は愛の言葉なんて口にしない。

「……他には何も、言えないからな」

 それは、どういう意味?
愛が存在してないから、そんな言葉を口に出来ないって事?
それとも。
少しは存在してても、責任を取れない関係だから?

 答えはきっと、前者だ。

ー「俺達は別に、愛し合ってもなければ」ー
そう、私達の間に愛はない。

 だとしたらこれは、不倫なのだろうか?
幾度となく、自分に問いかけて来た疑問。

 その答えは……
この関係が人の道に外れてる以上、不倫と違わない。

 だからこそ。
不倫されて傷付いた私は、この感情を正当化するつもりはない。

 不倫は、愛じゃなく欲だ。

 だから慧剛への感情も、欲情に過ぎないんだと思う。
相手の身体や心、もしくはどっちも欲しいと思うただの欲。

 その証拠に、本来の不倫は……
自分の欲を満たす為に、相手を苦しみの中に留まらせてる。
愛してるなら、離れてあげるべきなのに。

 だいたい、誰かを傷付けといて……
悲恋だとか純愛だとか、聞いて呆れる。

 綺麗な愛だと思いたいんだろうけど、ほんとに愛してるなら……
お互いの気持ちを免罪符に。
ズルズル関係を続けるんじゃなく、奪うんじゃなく。
嫌われ者になってでも。
相手を踏み外した道から元に戻して、その苦しみから解き放してあげれる筈だ。

 こんなに想い合ってるのにって、被害者面して傷付くなんて以ての外。
未来を危惧するのなら、不倫する資格すらないと思う。

 それに、2人の愛が本物なら。
お互いが、運命的な存在なら。
例え離れても、繋がる未来があるんじゃないかな。
だから一度は縁を切って。、自分の身辺を綺麗にしてから向き合うべきだと思う。

 その気持ちが本物なら……
何の保証がなくても、相手を信じてその時を待てる筈だし。
例え裏切られても、愛する人が幸せならそれでいいと思える筈だ。

 何より。
愛し切った自分に誇りを持てて、後悔はしないと思う。

 なんて、綺麗事かもしれないけど。
結ばれない運命ならどんな道を選んでも、結局は同じ結末を辿るんだと思う。

 そして。
踏み外した道に慧剛を巻き込んで、離れる事も出来ない私の感情は……
紛れもなく、ただの欲で。
愛なんて呼べない。

 私はただ、慧剛を欲してる。
そんな欲情に塗れた醜い生き物でしかないし、それでいい。



 でも聡にとっては、それでいい訳なくて。
いくら不倫がバレてなくても、夫婦の溝が広がってるのは歴然で……

「……なぁ、茉歩。
仕事、辞める気はない?」

「っ、何言ってるの?
この前入社したばかりだし、やっと慣れた所なのに……
そんなの非常識だよ」

「けどちょっとハード過ぎないかっ?
せめて、勤務時間くらいは減らして貰えるように、交渉出来ないかな?」

「……今は社長が不在だし。
その分専務の負担が増えれば、秘書の私まで忙しくなるのは当然だし。
そんな時にそんな交渉、出来ないよ」

「っ、そんなに仕事が大事?
俺の頼みでも聞けないっ?
なぁ茉歩!
一度は俺の為に辞めてくれたんだろっ?
もう一度それを、考えてくれないかなぁっ?」

「その時とは状況が変わったでしょっ!?
第一、それを無駄にして今の状況を作ったのは聡じゃないっ」

「そうだけどっ……
でもこれじゃ、せっかく茉歩を選んだのにっ。
もう俺は必要ないんじゃないかって、不安なんだっ!」

 あれほどの過ちを差しおいて、自分の不安を主張する聡と。
こんなにも欲に溺れて、それを取り繕いながら続けようとしてる私。
私達夫婦は、もう終わりなのかもしれない。

 だいたい、せっかく茉歩を選んだのにって。
裏切りの上で選ばれた事に、何の価値があるの?
寧ろ妻を馬鹿にしてる。

 しかも、せっかくって何?
選んだ見返りを求めてるようで、反省が感じられないし。
自分で招いた状況を受け入れられないなんて、一生かけて償っていきたい"は口だけだった?

 人の傷なんて、所詮解らなくて。
簡単に修復出来ると思ってた?
クールな私なら、あっさり切り替えてくれるとでも思ってた?

 同じ過ちを犯してなければ、そう頭に来てただろう。
だけど……

「……不安にさせて、ごめんね。
せめて、早く帰れる日を作るね」

 ごめんね、聡……
今の私には、それが精いっぱい。
この欲情の渦から抜け出したい気持ちはあっても、どうすれば抜け出せるのか解らないから。



 そして、聡を不安にさせた報いは……
思ってもない形で訪れる。

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