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十六夜 五个愿望(いつつのねがい)の叶う夜

十六夜 五个愿望の叶う夜 4

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「空を飛ぶって、オレは……。おい、索冥、おまえなら――」
「ごめんだ。俺は誰も乗せない」
 舜の言葉に、再び索冥がそっぽを向く。
 あまり仲が良くないのだろうか。
 それともそれが、人外の存在たちの付き合い方なのだろうか。
 なら、その方が心地良いかも知れない。この世に蔓延る人間たちのように、慣れ合い、奇妙なほどにグループを作って、お互いの身を護り合っているような関係よりは、余程――。
 少なくとも、深緑にはそんな関係など縁がなかった。
 もちろん、羨ましくも……なかった。
「おまえ、チビの頃、飛んでたじゃないか。その分厚いコートを脱いで、さっさと彼女と飛んでやれ」
 また、コソコソと言い合っている。
「それが出来るなら、とっくにしてるさ。こっちは後八十年、黄帝に翼を封印されてて飛べないんだ。――知ってるだろ?」
「泣いて頼んで、解いてもらえよ」
「死んでもするかっ」
 どうやら、込み入った事情があるらしい。
 漆黒の悪魔の方は、あと八十年は飛べない、というのだから、それでは深緑の命が尽きてしまう。
 そこへ――。
「僕が支えたらいいんじゃないかな?」
 また、あの優しそうな不可視の悪魔の声が聞こえた。
『僕なら、舜と彼女が高いところから飛び降りても、彼女が怪我をしない程度には支えられるし』
 幸い、後の言葉は、深緑の鼓膜を震わせることなく、三人の間でのみ提案されていた。
「まあ、それしかないか。このドケチのせいで」
「……。俺は、おまえたちとは違って、霊獣なんだ――」
「さあ、行くぞ、デューイ」




 漆黒の悪魔、舜の力は、やはり人外のものらしく、人間の基準では考えられないほどの速さと跳躍力で街を駆け抜け、深緑を胸に抱えたまま、上海中心大厦シャンハイタワーを駆け上がった。
 高さ六三二メートルの高層ビルである。
 五年をかけて築かれたそのビルの最上部へと、ビルの外側から駆け上がる。
「ちょっと! 危ないじゃない!」
 余命いくばくもない身とはいえ、地面にたたきつけられて、ペチャンコになって死ぬのは勘弁してもらいたい。
 このビルの地盤沈下や、周辺土壌のひび割れが、自分のせいにでもされようものなら、親類縁者が何と言われることか。
 そこまで考え、深緑は、
「そっか……。そんなもん、いないんだっけ、あたしには」
 と、舜のダッフルコートに顔をうずめて、ぽつりと呟く。
「ん? なんか言ったか?」
 その舜の問いかけにも、
「別に。――っていうか、寒いんだけど。転落死の前に凍死するんじゃない?」
 と、白い息と、凍み込む寒さに身を縮める。
「おまえが空を飛びたいとか言うからだろ?」
「普通、地面から空に飛び上がるんじゃないの?」
「……」
 悪魔のクセに、傷つくらしい。
 触れられたくない傷もあるのだろう。
 深緑だって、そうなのだから。
 好きでこんな風に死にかけている訳ではなく、寒空の下で丸まっていた訳ではない。食べていくためには何でもしたし、盗みも、詐欺も、売春も……いや、やめよう。こんなことを思い出すために、願いを口にしたのではないのだから。
 捩れるような外観を持つタワーの外壁を駆け上り、その頂上へ到達すると、雪はいつの間にか小さくなり、ひらり、またひらり、と時折、舞い落ちる程度になっていた。


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