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XX Ⅰ
XX Ⅰ-47
しおりを挟む夜の内に目を醒ました司は、頭痛を訴えたものの、体が不自由なく動くことを知ると、刄の言うこともそこそこに、やはり、じっとしてはいなかった。クリスの容体を自分の目で確認し、そのことに関してはもう何も問わず、桂のことを問うこともしなかった。
頭を打って意識を失ってからのことは、刄もその場にいた訳ではないので何も話せず、また、話す必要もなく、司は大凡のことを察していた。もちろん、体に残る痛みのせいで、自分の身に何があったのかは、すぐに知ることが出来ただろう。男たちの残留物は洗い落としてあったが、体の痛みはすぐには消えないはずなのだから。
今、司は、まだ昏睡状態で眠り続けるクリスの傍らに腰を下ろし、その眠りを見つめていた。
「……馬鹿だな、クリス。この傷は自分で撃ったんだって? おまけに意識不明の昏睡状態? なら、ぼくも、あなたを十六夜の諍いごとに巻き込んだことに責任を感じて、死ななきゃならないのかい? 落ち着いて考えれば、それくらいのことは判っただろうに……。ぼくの足手まといになりたくない、って? そうドクター.刄に言ったんだって? ぼくは、そんなにあなたのプライドを傷つけたのかい? ……馬鹿だな、あなたは」
ただ静かに言葉を綴り、閉じたままのクリスの瞼に口づける。ほんの刹那の、それでもゆっくりとした、優しいキスだった。
そんな二人の姿を傍らで黙って見ていた菁が、刄に一瞥を投げつける。
無論、刄は視線を逸らすことしか出来なかった。
桂だけが、司とクリスの暖かい姿を、屈託もなく眺めていた。
「――司、話が終わったのなら、一緒に来てくれないか。希が君に会いたがっている。この間、君が寝顔だけ見て帰った、と言ったら、何故起こしてくれなかったんだ、と酷く怒られた」
ポンと司の肩に手を置いて、菁はその日のことを簡単に告げた。
「へェ。希の心臓は怒れるほどに回復したのかい?」
司が皮肉な眼差しを持ち上がる。
「……フッ。もう……持ちそうに、ない」
「――」
「悪いな。病人の相手ばかりで」
「……いや」
声を震わせ、司は椅子の上から腰を上げた。途端、体がフラついて、バランスを崩す。まだ、司自身もさっき意識が戻ったばかりなのだ。
「司様――っ」
咄嗟に足を踏み出したのは、刄だった。
だが……。
「――大丈夫か、司?」
先に体を支えたのは、すぐ側にいた菁だった。
刄の足は、それを見て、止まった。踏み出した足の言い訳をするように、司に声をかけようとしたが、それも言葉としては出て来なかった。ただ、手のひらに爪が食い込んでいた……。
「肩に手を掛けて。部屋まで抱えて行こう。君も怪我人だ」
そう言って、菁が司の手を肩に掛けさせ、軽々と司を抱え上げる。
「相変わらず、子供みたいに軽いな」
どう見積もっても、四十数キロである。
「これ以上増えないんだ」
司が言った。
「まあ、ドクター.刄が健康管理をしているのなら、心配することもないだろうが――。この小さい体を抱くのは、随分、勇気が要りそうだ。――なァ、ドクター.刄?」
チラ、っと刄に一瞥を送り、菁は応えを聞くでもなく、部屋を出た。多分、訊いたところで、応えは何も返って来なかっただろう。
司が、コトンと菁の肩に、頭を預けた。
「……意地が悪いな、あなたは」
「あれくらいのことは言わせてくれ。私も随分、参っている……」
二人は、威厳高い中国装飾に包まれる廊下を、花窓から洩れ入る月灯かりを受けながら、ゆっくりと渡った。
ただでさえ静かな高級住宅街の中、ここは、また新なる別世界のように、静寂だけを漂わせている。
「ドクター.刄を愛しているんだろう、司? ――いや、もう自分が誰を愛しているか気づいただろう?」
静寂に相応しい問いかけだった。
「ああ……」
司は言った。
「なら、あのクリスという青年に同情するな。あの少年――桂という少年にもだ」
「それは、周りの反対を押し切って、希と結婚した、あなたの意見かい?」
「ああ。誰が見ても、君とドクター.刄が一緒にいるのが自然だ。自然過ぎて、当人同士の君たちでさえ、その関係が壊れるまで、自分の思いに気がつかなかったほどに――。あの青年……クリスには、君の世話は荷が重過ぎる」
「……。ドクからどこまでのことを聞いたんだ?」
「全てだ。君が〈XX〉であるということも」
「そう……」
問いかけも応えも、それ以上は何も、続かなかった。
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