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番外編 Arabian Nights編
Arabian Nights 1
しおりを挟む乾期の最中にあるこの国は、地中海沿岸を除いて、ほとんど降雨のない砂漠気候で、居住可能な区域も、ナイル川流域と、地中海沿岸に限られる。
国土の五パーセントだけが人の地で、あとは人を拒む砂漠や不毛の地が広がるアラブの大国、エジプト――。
エジプト象形文字に『雨』という文字がないように、ここでは今日も、美しい星空が輝いている。
アフリカ最大の都市であり、エジプトの首都たるカイロの夜は、エキゾチックでミステリアスで、華やかな色が溢れていた。
イスラム圏でありながら、禁酒国ではないこの国では、ピラミッド通りのナイト・クラブやホテルで、毎晩のようにベリーダンスやカジノが賑やかな夜を演出している。
この夏に十八歳になったとはいえ司は、当然、法的にもお酒が飲める歳ではなく、パーティや晩餐の席などでアルコールを口にすることはあったのだが、今日はいつになく開放的な気分で飲み過ぎてしまい、少々顔が火照っていた。
夜になって下がった気温が、そんな熱を帯びた頬を、心地良い風で冷ましてくれる。
砂漠の砂は、太陽の熱を保てないために、夜、砂漠に吹く風は冷たく、気温も急激に下がるのだ。もちろん、冬でもない今は、寒いということもないのだが。
アルコールで火照った顔を、夜の風で冷ましていると、
「――占いは如何ですか?」
エキゾチックなアラビアン・ナイト風の衣装を身につけた美女――トルソーが、明らかに観光客目当てとしか思えない言葉を、口にした。
ここで安易に占いなどしてもらおうものなら、とんでもない見料を取られるのだろう。
もちろん、日本屈指の大財閥、十六夜グループの総帥、十六夜秀隆の息子である司には、どんな金額であろうと、驚くことはないのだが。
「いい。占いは信じないから」
司は、出来るだけ素っ気なく――しつこく付きまとわれないように、きっぱりと言った。
この国の夜は、トルソーと呼ばれる女の姿をした者たちを、多く見かける。
トルソー――。
一五〇年近く前、Y染色体を持たない女だけが新種の皮膚癌に侵され、地球上から絶滅した。
学者たちは、慌ててその癌の原因を探り、それが有害宇宙線と、人間の作り出した突然変異誘発物質によって引き起こされたDNA障害であることが判ると、女たちを有害宇宙線の届かない安全な場所に隔離した。
だが、その新種の癌は恐ろしい速さで転移し、遺伝子治療も追いつかないまま、女は地球上から絶滅した。一度浴びた有害宇宙線は、地下や屋内に潜ってからも、その進行スピードを落とさず、女の体を破壊したのだ。まだ一度も外へ出たことのない赤ん坊さえ、母親から受け継いだ異常遺伝子のために、癌を発症して、呆気なく死んだ。
そして、この世は、染色体〈XY〉の男だけの世界となり、染色体〈XX〉の女は存在しなくなった。
もちろん、女の姿形をした者は、いる。それは、女が絶滅したから、といって現れた特種な者ではなく、女がいた頃から存在していた性転換した男たちであった。彼らはトルソーと呼ばれ、上流階級では、未だ受け入れられてはいないが、中流階級以下では、そう珍しくもなく受け入れられている。――いや、問題はある。彼らは男としての生殖機能を捨ててしまうため、子供を造ることが出来ないのだ。
だから、女ではなく、トルソー――胴体だけのマネキン人形――という名で呼ばれている。
司はその中で、この地球上に存在する、唯一の〈XX〉であった。無論そのことは、本人たる司を含めて、傍についているドクター・刄と、父親である十六夜秀隆だけが知ることであったが……。
司が歩き出そうとすると、
「……お気をつけなさい。あなたの言葉が、身近な人間を死なせてしまう」
さっきの占い師が、後ろ向きの背中に呪詛を吐いた。
呪詛――。そう。この壮大な歴史の地に、古から伝えられる呪いのように、その占い師の言葉は放たれたのだ。
司は、占いを断った腹いせのようなその言葉に、踏み出す足を止めて振り返った――が、エキゾチックでミステリアスなアラビアン・ナイトの占い師は、すでに背中を向けて歩き始めていた。
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